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#1 どうしようもないくらい好きだった人が、

つい最近までいたのですが、つまり、つい最近ある人を好きでいることを諦めなければならなくなったのですが、なんでも話し合える友人や先輩たちに随分私のその片想いの終わりについて話してきたのですが、何度話しても話し足りないので、ついにここにも書きに来てしまいました。書きなぐるみたいな感じです。自己満足ですが、私はどうも、受け容れ難い出来事に出会った時、まずはとにかく心の中に溜まる気持ちを洗いざらい書き出して自分の頭を整理して、その整理した事実を少しは整った言葉にそして音声にするというのを何度も繰り返すことで、自分で自分に言い聞かせて、咀嚼して、理解・受容しようと努めるという流れにしなければ、具合が悪いみたいなのです。これはそういう、私が私を救うための手段としての文章です。

その人が好きでした。本当に、どうしようもないくらい好きでした。ずっとその人のことばかり考えていました。恋愛は何度か、そしてそれなりに経験もしてきましたが、こんなに好きになった人はいないと思えるくらい、私はその人に夢中でした。
それまでの私はどちらかといえば、お付き合いをしている男性が人間として好きというより、異性を愛したくて、「彼氏」という存在が欲しくて、恋人がいる自分に対してなら自信が持てたので、実態は自分のエゴで、空っぽな自分に蓋をして恋愛に逃げているだけだったのですが、でも当事者である時の私はそれには気付かずに、「恋愛をしている」ということにしてきましたが(その実態に気付いたのはそんなに昔の話ではありません、当事者の頃の私にそんな思考など無く、私は彼を愛していると思っていましたし私は所謂恋愛をしていると思っていました)、何度ゆっくり考えても、そういうこれまでの恋に恋するパターンではなく、今回はこれまでと違うと捉えられ、私は本当に彼のことが好きなんだと確信していました。それでも、彼を心底好きだと確信しかけてからも、ちゃんと自分を疑ったこともありました。これはただの性欲と承認欲を埋めたいだけの、いつものあれ、過去に私がやってきた“恋愛”なんじゃないかとか、人を好きになっている自分のその気持ちをやっぱり、これまでの経験上、すぐには信じられなくて、何度も考え直し、客観的にそして冷静になって考えました。それでも、私は彼のことが好きで仕方がありませんでした。今回は本気で彼のことが好きなんだということを自分で認めることになりました。
朝も昼も夜も彼のことを思う瞬間が何度もありました。そして普段のやり取りでも、メッセージにつける絵文字に違和感はないか、やり過ぎではないか、この言い回しは気持ち悪くないか、たったの数文字を送るだけの作業ですが、それが毎日のちょっとした楽しみになるくらいでした。彼とは職場が同じで隣の席であっただけでなく、私のトレーナーとしていつも仕事のサポートをして頂くような関係でしたので、仕事終わりに飲みに行ったり、みんなで飲んだあと2人で飲み直したり、たまに夜遅く、いや明け方まで、電話をしたり、2人で百貨店にある高級パフェを食べに行ったりもしました。
プライベートで会ったり電話したりするのに、いつも2人で真剣に仕事の話ばかりしていました。私はでもそんな時間がとても愛おしかったのです。この人とでしかこんな時間は過ごせないと思いました。そして彼のそんな、仕事に対する本気の姿勢が好きでした。彼と2人で話せばいつも、ずっとこんな時間が続けばいいのにと思いました。

それでも私たちは仕事の先輩と後輩という関係でしかありませんでした。職場から離れてやっていることは、とても仲の良い友人同士かもしくは恋人同士のように見えたはずでしたが、お互いに踏み込みすぎることはありませんでした。私も彼の保つ距離感を大切にしたかったですし、今の関係を壊したくないとその時は思っていたので、本当は、2人で並んで座っている時に彼に触れたいと思ったり、もっと素直に甘えたりしたくて、おかしくなりそうなくらい彼のことが好きで仕方なくても、彼の守る距離感を私も守りました、あの日までは。

ある日彼は転勤になりました。私は信じられず受け容れられず、仕事が終わって自宅に帰ってからよく泣きました。それでもだんだん、いや彼も頑張っているんだからと、彼がいなくても仕事で成果を出せるようになって、よく彼に褒めて欲しくて小さな成果でもメッセージで報告したりしました。仕事はなんとかなりましたが、やはり物理的に彼と離れているという状況にはなかなか、プライベートの方において心がついていけませんでした。彼が恋しかったので私は自分からまた会いたい、また電話をしたいと時折メッセージを送りました。もちろん付き合ってはいませんし、そして実際に彼と会える機会なんてほとんどありませんでしたが、私が夜に電話したいとお願いした時には彼は調整していつも夜更けまで長電話をしてくれました。彼は長電話が苦ではないようで、むしろいつも話したいことがたくさんある人だったので、彼の声を聞きながら、大したことでもないことから深い話まで、ダラダラと話しながら、ベッドで横になる、眠りに落ちる前の時間がいつも至福でした。
彼が行ってしまってから少しして訪れた私の誕生日には、彼は素敵なケーキを送ってくれました。その私の誕生日の夜も、電話をして、終わりの切電時に私は、なんて素敵な誕生日なんだろう、と伝えて、彼は、それは良かった、と笑ってくれました。

そして不思議なもので、遠くに見える景色が美しいように、会えない時間が長くなればなるほど、どんどん私は彼のことを好きになっていきました。気付いた時には、沼に足の先から指の先まで全部浸かっていました。

だんだん私は苦しくなりました。原因はシンプルでした。私は彼が好きなのに、仲も良いと思うのに、付き合っていない。そして後に、その不協和を解消したくなりました。解消せずにはいられなくなりました。今のまま私はめちゃくちゃ彼のことが好きでいて、だけど、関係がはっきりしていないというのが、耐えられなくなりました。気付いた時にはいつの間にか、私は彼に会いに行くための飛行機のチケットを手にしていました。
私は彼に、ちゃんと、私はあなたのことが好きだと、直接伝えに行くことにしました。

彼に会いに行くには何時間も飛行機に乗る必要がありました。私は一人旅を学生時代からよくしていたので、移動やら宿泊やらについてはなんてことはなかったのですが、彼に電話で、今回の一人旅はそちらへ行くことになったので少し会ってくれませんかという言い方をして、ついでのように装いました。そして会う日の1日、2人で有給を取ることにして、その1日はどこに行くか2人で決めました。でもほとんど私が行きたいところを叶えてもらうプランでした。そして彼が、何処かに泊まるのかと聞いてくれて、ここに泊まるのだと場所を伝えると、会う時にはホテルの近くのコンビニまで車で迎えに行くから、と言ってくれました。

その旅行は素敵でした。なんてったって、会社の皆が働いている中、好きな人と2人で抜け出してデートしているような感覚でしたから、高揚感はこの上なく、朝はいつもよりだいぶゆとりを持って起きて、ドキドキしながら時間をかけてお化粧をして髪も巻いて、久しぶりに会う大好きな先輩と待ち合わせをして、行きたいところは随分と遠いところでしたが好きな人に運転して連れて行ってもらえて、その助手席に座ることができて、夢なんじゃないかと思いました。彼の住む街は本当に綺麗な街でした。
一通り行きたいところは全て行けて、先輩のお家の近くまで戻り車を駐めて、会社の他の先輩も一緒に、先輩の行きつけのお店を何軒か梯子して、現地ならではのご馳走を頂いて、夜深くまで、というより、明け方まで、飲みました。
いよいよ明るくもなり始めて、一緒に飲んで下さった別の先輩もお帰りになり、2人きりになれて、さて帰ろうかとなった時、私は彼に、好きと言いに来たのに言えていないことに焦り、このまま別れて帰るわけにはいかないと思いました。どうしても、彼に好きと言わずに帰るわけにはいきませんでした。旅行の前に、同期の友人に、一番ダメなのは何も言わずに帰ってくることだからね、と言われていたのが強く印象に残っていましたし、私もその通りだと思っていたので、言わないわけにはいきませんでした。本当に私は、実際には、彼に好きと伝えるため、そして2人の関係に結論を出しに行ったようなものでしたから、言わなければ一生後悔するしずっと悩み続けると思いました。

しかし私は、全然彼に好きだと言い出せませんでした。たったの2文字なのに、面白いほど言うことができませんでした。暗いけれども明け方に極めて近い深夜の空の下で、街を2人で歩きながら、結局いつもみたいに仕事の話をしていた気がしますが、彼にどんなことを聞かれても、私は上の空で、そうですね、とか、適当な返事をすることしかできていなかったように記憶しています。私にとっては仕事の話なんてしている場合ではなかったからです。いつ切り出せば言えるのか、そんなことばかり考えていたので、せっかくの彼からの質問もよく覚えていません。
そのまましばらく歩き、途中でベンチに座ろうと言ってくれて、先輩も少しは察してくれていたのかなとは思いますが、ベンチに座って2人で話していても、私は全然言えなくて、もう明るくなり始めているねと、流石にお別れになりそうだというタイミングで、まずいと思ったのでやっと切り出しました。私は、本当はちゃんと、こんなふうにお酒飲む前にちゃんと言いたかったんですけど、と、まずは言って、先輩が転勤なさってから寂しくて仕方なかったしよく泣いたけど、先輩も頑張ってるからなと奮い立たせて頑張れるようになった、と言って、そんなよく分からない文脈で、その後、そのまま20歩くらい黙って歩き続けた後で、多分、小さい声でしたが、私先輩のことが好きなの、と言いました。
夜明け前で誰もいない観光地の歩道の真ん中に、2人で立ち止まって、彼の顔を見つめました。

彼と同じ気持ちにはなれませんでした。彼は私をやはり“可愛い”後輩として見て下さっていて、そして私を人間として尊重して下さっていましたが、それ以上でもそれ以外でもなく、彼の希望はやはり、会社の先輩と後輩という関係でいることのようでした。数分間の間に私が伝えたたったの2文字で、私たちの関係は壊れることになりました。そして、それならば烏滸がましいかもしれないけれど、と、私は「今までの関係でいたい」と言葉上伝え、ありがたいことに彼もそれを希望してくれました。しかし、私にはわかっていました。私にはそんなことできる訳がない、と。今までと全く同じなんて無理だとわかっていました。終わってしまったんだな、と思いました。色々彼は私を傷つけないように言葉を選びながら、私のことを人としてとても大切に思っているし尊敬しているけれども要するにその気持ちには応えられないのだというようなことを遠回しに言って、ごめんね、と彼が言ったので、いいえ、それを聞きに来ました、と私は笑顔で言いました。ただでさえ薄暗くてよく見えない目の前の景色が、少し滲んで見えました。

結果的には2人のこれまでの、居心地がよくて曖昧で楽しくて不明確で私を良くも悪くもドキドキさせる関係を壊すことになりましたが、私のために、壊さなければなりませんでした。
彼に丁寧に説明された後で、要するに、振られた後で、私はもうなんでもいいやと思って、彼に、私があなたのどんなところが好きだとか、どれだけあなたのことが好きで仕方なかったのかとか、そういう彼が返事に窮するようなことばかりを、話したいだけ話しました。彼と2人でちゃんと話すのはもうこれきりになりそうだと、これきりになってもいいかなと思って、言いたい放題、往生際悪くこれまでの気持ちとか未練のある自分の心中とかについて言いました。そして、ずっとあなたのことを尊敬してる、と、真っ直ぐに目を見て伝えました。

立ち止まって、こんな時間ですね、帰ります、と言いました。空はさっきよりももっと明るくなり始めていました。色々と彼はフォローしてくれて、私のことを否定しているわけではないということをあらゆる角度から伝えてくれました。一通りお互いに話しきって、私が、言い残したことはないかなあ、とつぶやいだ後で、大丈夫そうです、と言い、その後すぐに来たタクシーを止めるために手を挙げて、そのタクシーの扉が開く前に、私は笑顔で、会えて嬉しかった、ありがとうございました、と言って私から手を差し出して握手をしました。そこには、爪痕を残したい気持ちがありました。手を握ったとき、私の手がとても冷たくて、彼の手はとても温かかったので、彼は、つめたい、と言いました。私は笑って、そしたら、と言って手をほどいて、会釈をして、タクシーに乗りました。私はそのまま何も言わずに、振り返らずに、ホテルに戻りました。
タクシーの中では運転手さんが何か話してくれてたので、ぼんやりと揺られていただけでしたが、ホテルに戻ってから声をあげて泣きました。久しぶりにこんなに構わずに泣きました。まるで、怪我をしてできた傷口から傷ついた瞬間には出血しないけれど少ししてから血が止まらなくなるのとちょうど同じでした。たくさん泣きました。少しまだよくわかっていなくて、状況が理解できていなくて、つい十数分前までの、彼を好きでいて淡い期待をしていた自分も、彼との恋を諦めるしかなくなった今の自分も、間違いなく変わらず同一の私であるということが、受け入れられなくて、混乱して、その時の私が羨ましくて仕方なくて、私は泣くしかありませんでした。

それから、空港までの道も、飛行機に乗っている間も、空港に到着して家まで帰るまでの道も、涙が出ました。好きだった分だけ、現実が受け容れ難くて悲しくて、でも一方で、自分は傲慢だとも思っていました。これで良かったんだろうか、と何度も考え直しました。だけど、何度考えても答えは同じでした。いつかはこうするしかなかった、と。自分に言い聞かせ続けました。

家に帰ってきて、この旅行がずいぶん長いものだったように感じましたが、それでも時間はいつもみたいに正確に同じリズムで流れていて、いつも通りに会社へ電車に乗って仕事に行く毎日がまた再開しました。あと彼の住む街と私の住む街は異国のように違う雰囲気でしたから、そういった環境たちのおかげで、私はなんとかまた社会人の形を取り戻して通勤路を歩くことができました。私に仕事があってよかったと思いました。
仕事にはこれまで以上に熱心に取り組みました。見返したい、何も気にしてないかのような姿を見せつけたいという気持ちが強かったのは事実ですが、つまり結局それはものすごく彼に執着していることになりますが、それでもそんな自分も認めることにして、思い切り引きずりまくったまま、彼への想いは消えないまま、今は過ごしていいやと思って、がむしゃらに仕事に打ち込みました。

それ以降も、今も、彼と私は同じ業務に取り組む社員同士である以上、オフィスが違っていても関わることがどうしてもあり、やりとりせざるを得ないことがありました。私は私のために、彼と必要最低限しか関わることができなくて、でも本音では、ものすごく彼のことを気にしてばかりで、彼への恋愛的な情は消えないままで、心の中では大泣きしながら、でも、それでも、私たちは、出会い直さなければいけないから、一旦、リセットしたいと思ったので、私はそうしなければなりませんでした。そして今もそうです。本当はつらいです。

だけど一旦、これまでのものを全部完全に切ってしまって、まっさらな状態にしてしまいたいのです。これまでの続きの関係でいるのは私には違うと感じられるし、そうしたくないのです。ちぎれそうになった紐をなんとか繋ぎ直そうとチクチク縫って、後で縫い目ができるよなと分かりながらも頑張って直そうとするではなく、もう、えいやと引っ張ってブチンと断裂させてしまって、それはもう古いからと手放してしまいたい。それでまたもしなんらかの機会に出会うことがあってもし結び直したくなったら、もしそうなるようなことがあればその時に改めて結び直すかどうか考える、ということにしたくて、去るもの追わずを徹底させたくて、本当はつらいけど私のプライドが許さないから、今必死に留めようとはしたくない、いや、出来ないのです。
そして同時にこれは、私が、彼に対して素直になれずに、これまでとは一変して淡々と接している自分について、私自身がやはり違和感を覚えているけれど、それをなんとか肯定したくて、こんな風に考えて書いた結果なんだということも、自分でよく分かっています。でも私はそうしないと後ろを振り返ってばかりになってしまうし、前に進めないんです。
そうしないと、彼を好きでいられた頃の私に、嫉妬してしまうんです。

あなたとは、また会うとしても、ゼロから出会い直したい。でもそれはつまり、それくらい私はずっとあなたのことが心底好きなままだということです。多分私だけが、こんなふうに勝手に非常にドラマチックに捉えているだけで、あなたにとっては全然大したことないことで、ただ後輩に告白されてちょっと気まずくなっただけの、小さな出来事かもしれないけど、私が初めて経験した、本気の片想いだったから、勝手にだとしても1人で、そんなふうに考えています。
これまでの経験上、失恋の最適薬は時間であるということと、この完治には平均して7ヶ月必要であることは私にはわかっているし、多分将来全然大したことないと笑えるくらいに軽く感じられるだろうし、上に書いた文章も全て、その将来には恥ずかしくて仕方のない代物になるのは目に見えていますが、今は正直に全部吐き出したらこんな感じなんだと、その将来の私のために、今の私についてありのまま書いておいた、そんな次第です。

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