見出し画像

鶴橋

 11月の初旬、一週間ほど大阪は鶴橋に滞在した。今回は高岡大祐くんとのデュオのライヴだが、私の音楽家人生でこのような遠征に於いて同じ宿に1~2泊以上長く滞在することは殆ど無く、街から街へと1日毎に移動していくのが、通常である。だが、全く無かった訳では無い。思い起こせば沖縄での大工哲弘さん、普久原常勇さん、津波恒徳さん等の録音の時はずいぶん長い間、那覇やコザの同じ宿を拠点にしたこともあったのだったが、それももうかれこれ20年以上は前の経験だ。ともあれこのコロナ禍での久しぶりの遠征。緊急事態宣言が解除され、それとなく日常が戻りつつあることを実感しながらも、大阪は東京より感染者数はまだ少し多く、油断禁物を心に留め旅に出た。今回はこの鶴橋を拠点に大阪市内と神戸、京都でのブッキングであった。

 鶴橋に来たのは初めてではないが、所謂、演奏後の接待で焼肉を食べさせてもらうことが殆どで、今回のような市井を感じたことはまず無かった。朝から夕方までよく知らない街で数日過ごすことは色々と面白い。
 まずは宿に着き荷物を下ろし、何となく散歩に出る。すぐ近くに昔ながらの喫茶店がある。表通りにも駅への道すがらにこれまた古そうな喫茶店が二軒。どの店も喫煙可能店であることを確認し、更に進む。西側から市場に入るわけだが、なるほど、この周辺は焼肉店ばかりだ。ただ市場に入ると、今度は韓国料理やその食材の店が並ぶ。何を売っているか、よりもこの路地の風情がやけに馴染み、どんどん奥まで入って行く。すると角に昆布問屋があった。何気なく見ていると、小売の汐ふき昆布があるではないか。これはもう子供の頃からの好物なのだが、最近は全く食べることが無かった一品だ。近所のスーパーマーケットによくある塩昆布とは全く別物で、関東では普通には売られていないのだ。おそらく私が子供の頃は常時家にあったものは、父が出張先の関西で買ってきたものだったのだろう。これをおやつ代わりにしゃぶることもあったくらいだった。早速、大阪名物汐ふき昆布一袋1,300円を購入。安くはないが、この一袋で二ヶ月は楽しめるであろう。この昆布にほうじ茶、そしてちょっと山椒の実でもあれば、これは最高のお茶漬けだ。

 ライヴ初日は靱公園ショヴィ・シュヴァ。いきなり驚いた。私の目の前にタカダアキコさんがいるではないか。高岡タカダ桜井で急遽上尾プラスイレブンでセッションをしたのはまだ緊急事態宣言が厳しい初夏だったか。そしてもちろん二部途中から共演。親しみやすくもどこにも無い変形した空気感を自然に発散させるタカダさんにやはり感激しつつ笑う。終演後、楽しくビールを酌み交わす。が、これが何かの予兆だったのか、翌日の神戸eauuuでは当初のゲスト山本信記さんに加え、瀬尾高志、板橋文夫、有本羅人、江崎將史(敬称略)という驚きの飛び入り陣の素晴らしい夜。そして十三レインコートでは浮さんの飛び入りもあった。この辺りのライヴの様子は高岡大祐くんのnote(記事①記事②)を参照されたし。
 このデュオはシンプルに曲を演奏する。ただ高岡も私も好き勝手だ。親しみやすいメロディもそこで薬缶が少し沸騰している音も何かしら私たちに作用する(又は作用しない)ということでは同じなのだ。だから阿波座の紗Bon堂では外を通る車の音も、京都エンゲルスガールでは街中の静寂も、どちらもその時にしかない音だ。

 さて鶴橋。この街では朝、まず喫茶店に入る。モーニングサービスが安く、煙草が吸える。椅子もゆったりしていて落ち着くにはこの上ない。酸味のあるコーヒーにトーストとゆで卵、パンの厚みは店それぞれだが、まあ構わない。時折コーヒーをお代わりして、煙草を巻く。ケースに入る十数本が一日分だが、酒が多かった夜の翌日はケースは空になることもあり、テレビのニュースを聞きながら煙草を巻く。衆議院議員選挙の直後だったので、テレビからもそこに居る他のテーブルの方からも、”維新”という言葉が漏れ聞こえる。
 とある昼、高岡くんに連れられて、寿司屋に行く。市場表のいり船寿司。最高としか言いようがない。鰆の炙りや普段はあまり食べない鮪赤身、何より白子軍艦巻きに赤貝、赤貝は手の加え方が一貫づつ違っていて、これがまた良い。私は味覚に関してはかなり大雑把できちんと食べられればそれでほぼ満足だが、本当に美味しいと言葉は出ない。そして数日経って思うのだ。ああ、またあの赤貝が食べたい、と。

 阿波座の紗Bon堂では大分飲んだ。ここは私の大学時代のサークルの後輩の竹中さんの店。アコースティック小編成には申し分ない音で響く良い空間だ。古いビルの二階だが、他の階にもギャラリーがあったりと面白い。そして竹中、高岡両氏が意気投合しているのがとても嬉しい。昼のライヴ終了で結局4~5時間は飲んだのか、大分酔い、知らない土地で無事に帰る事が出来たが、帰路のことはあまり覚えていない。

 京都エンゲルスガールと十三レインコートはエンゲルスガール下司さんの計らいである。マルクスボーイに対してのエンゲルスガール、なるほど。レコード店でもあるエンゲルスガール、ついつい箱を漁り、やはり買う。ジミー・ジェフリー3のアナログやヴァレリー・カーター1stのオリジナル等。他にも色々あったが、ギャランティを超えてしまうのでは、という自制心あり。

 最終日、十三レインコート。早めの時間に駅で待ち合わせ、下司さんの案内で二軒ほどハシゴ。まずは十三屋。

写真1

写真2

 極上の居酒屋だ。何も言うことはない。ただそこに座って、少し何かつまんで飲めばいいのだ。ただあえて書くが、個人の理想とは異なる。美味すぎるのだ。鰆の刺身は初めてだったが、形容できないほどの美味。もはやこう美味いと落ち着かなくなるほどで、次に何を飲むかも迷ってしまう。貧乏性なのか、そこそこの方が落ち着くのだな、と自分の情けなさを感じる。だが、大衆居酒屋風情なのでしばし飲んでいると、まあそれなりにいつものペースに戻ってくる。しかし、下司さんが「次行きましょ」となんだか江戸っ子っぽい案内だが、我々も本番前ではある。

写真3

写真4

 次は角打ち(大阪ではそう言わないらしいが)のイマナカ酒店。良いよここは。本番前にぴったりだ。ただ軽く飲むだけでいい。立っているのに落ち着くのだ。つまみは無くてもいいし、乾き物で十分だ。少しのアルコールが欲しいだけなのに何故わざわざ店で飲むのか、と言う問いには、こういう場所があるからだ、と答えよう。缶チューハイも何故かうまく感じる場だが、この日はスタウトにした。

 さて、本番。この日は三木康次郎さんと対バン。もう歌いっぷりに惚れ惚れし、またまた酒も進む。そして前述の浮さんの飛び入りで念願の共演が叶う。彼女の一声は本当に場が綺麗になる。今回の旅の最終日にふさわしい夜だった。そして終演後も気持ちよく盃を交わす。鈴木常吉さんの縁で知り合った橋本さんも来られ、久しぶりに話が弾み、お土産までいただく。それがなんと京都の山椒ではないか。これで完璧なお茶漬けが楽しめる。

 もちろん、高岡大祐に大感謝 !

 そして、書き忘れの物販告知。このデュオのCDRを販売しております。ライヴでも扱っておりますし、以下からもご注文いただけます。よろしくお願いします。

https://note.com/blowbass/n/n761e1efe1bf6

桜井芳樹(さくらい よしき)
音楽家/ギタリスト、アレンジやプロデュース。ロンサム・ストリングス、ホープ&マッカラーズ主宰。他にいろいろ。
official website: http://skri.blog01.linkclub.jp/
twitter: https://twitter.com/sakuraiyoshiki

midizineは限られたリソースの中で、記事の制作を続けています。よろしければサポートいただけると幸いです。