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短歌ユニット、toitoitoiがつづる、それぞれの「森、道、市場2024」

森、道、市場」は、毎年5月に愛知県蒲郡市で開催される音楽と食、モノが集う人気の野外イベントです。2024年はカネコアヤノ、岸田繁(くるり)、オカモトレイジ(OKAMOTO’S)、青葉市子、柴田聡子など、名だたるアーティストたちが出演。また、midizineで連載「toitoitoiの余韻嫋嫋」を担当している気鋭の短歌ユニット、toitoitoiが出店を行いました。本記事では「森、道、市場」での体験を元に、toi toi toiのメンバー、吉岡優里、坪内 万里コ、イトウマの3人が、それぞれの視点でエッセイと短歌を執筆。心揺さぶられたカネコアヤノのライブや、出店準備の様子、メンバーとの絆を感じた瞬間など、多彩なエピソードが詰まった内容になっています。(midizine編集部)


ケンカとどん兵衛(吉岡優里)


 「カネコアヤノを観るときは覚悟がいる」と言ったイトウマの言葉は真実のように感じた。たましいすべてを使って鳴るカネコアヤノの音楽に私の脚は少しふるえていた。単に朝から出展していた疲れもあるが、たましいのすべてを見せてもらうとき、こちらのたましいも身体から出よう出ようとするのだった。何の覚悟もしていなかった私はカネコアヤノの話を誰ともできないことに寂しさを抱いていた十代の頃を思った。あのとき私が昼の車窓を見ながら聴いていたカネコアヤノとは何もかも異なっていた。正確には、とてつもない進化を見せつけられた。最近のカネコアヤノを聴いていない訳ではなかったが、ライブとサブスクの音では痛みが全く異なっていた。カネコアヤノの音楽は眩く美しく私の身体に突き刺さり続けて、痛かった。美術館で圧倒されるほどの展示を観たとき、劇場で忘れられない表情を見せる演劇を観たとき、私はいつか自分や周囲の人々が死んでいくことを実感する。死ぬんだなと思う。今回のカネコアヤノのライブではその感覚を身体全身で感じていた。倒れたらどうしようと思いながら音楽を浴びることをやめられなかった。一瞬も見逃したくなかった。
 ライブが始まる前には近くにいたイトウマは、出展の荷物を見てくれている万里コの元に戻っていた。万里コから連絡が来ていたのだった。イトウマはカネコアヤノをずっと楽しみにしていたのに、一目散に万里コのもとに駆け付けることができる。イトウマのそういうところをすごいなと思う。イトウマから、一度、万里コのところに戻るからライブに集中してほしいというLINEが来ていた。そういう優しさを受け取るといつも怒ってばかりでごめんという気持ちになる。
 ライブが終わり、イトウマと万里コとの合流を目指すが、人の波にのまれなかなか動けずにいた。目印になりそうな店の近くで待機し、しばらく待っているとふらふらと歩くイトウマの姿が見えた。イトウマは泣いていた。一度ライブを離れたが、戻ってきてカネコアヤノを観ることができたようだった。よかった。本当によかった。ライブのあと、気を抜いたら涙がこぼれそうな精神状態だったが、私はとにかく万里コの顔が見たかった。駆け付けられなくてごめんと謝りたかった。この謝罪は自分のためだと思う。万里コの初めての森道を嫌な思い出にしたくなかった。その後、無事に万里コと合流することができ、少し疲れた顔をしていたが万里コはいつも通りに振舞ってくれた。荷物を見ていてもらったお礼(とうかお詫び)に何か食べたいものを私が買うことを提案し、万里コの顔はぱっと明るくなったが、出展していたお店のほとんどが片付け始めていて、バスの時間も迫っていたため叶わなかった。結局、蒲郡駅のコンビニで二人に何か好きなもの選んでもらうことになった。万里子はカップ麺の「どん兵衛」を選びかなり嬉しそうにしていた。「どん兵衛」をこんなに嬉しそうに眺める万里コのことが大好きだと思った。イトウマには直前までかなり感謝していたのに、些細なことでほんの少し言い争ってしまった。長くて短いような一日が終わって、名古屋行きの電車が私たちのもとにもうすぐやってくる。

坪内万里コと吉岡優里が「森、道、市場」の会場からバスに向かっているところ(カネコアヤノ終演後)

鏡のようにわらう二人の隙間からカネコアヤノを揺れながら観る

吉岡優里(よしおか・ゆり)
1997年福岡県生まれ。愛知県在住。
短歌結社まひる野に所属。
短歌グループtoi toi toi所属。
「星の遅刻」という一箱本屋を始めました。
Ⅹ(旧Twitter)@yuri_yo4
Instagram @yuriiii_12

馬以外の選択肢(坪内 万里コ)


 私にとって生まれて初めての「森、道、市場2024」は、なんとびっくり出店者側としての参加だった。一年前の自分、いや半年前の自分が聞いても百点満点の尻もちを付いているはず。
 私たちは第一歌集『救心』に加えて、各々で自作した作品を販売することに。私は、初めての試みとして以前から細々と続けている趣味というか、たまにの気分転換で作っていたビーズアクセサリーを実験的にいくつか売ってみることに決めた。森道当日に合わせて夜な夜なしゃかりきになってアクセサリーを製作し、ときたま無数のビーズを眠気のあまりぶち撒けたりしつつ(ぶち撒けるたびに、小さい頃よく食べてたヤンヤンつけボーのフタを勢いよくこじ開けては部屋中に白い粉が散らばってしまって、怒りながら掃除機をかける母の後ろ姿を思い出してた)なんとか無事に予定数を作り上げる。指先の神経が摩滅しそうなくらい頑張った。
 森道当日、そんな血と汗と眠気の詰まったネックレスや指輪を並べていると(眠気以外は含まれてないよ)優里さんが「まりこ、これ良いじゃん!もっと他でも売りなよ!私も買いたい。」と褒めてくれて、まだイベントが始まる前だったけど今日はもうそれだけで十分なくらい嬉しかった。ちなみに、私は優里さんと話してる状況に限って第一人称が「私」から「まーたん」に移り変わる。まーたんの精神年齢はだいたい9歳くらい。肝心のアクセサリーは、自分が想定していた以上に森道のお客さんから嬉しい反応があり、半数以上が売れ、初めての試みだったけど「これっきり」では終わらせない気持ちが沸々と胸をあったかくさせた。
 店番の休憩時には、大本命である遊園地ゾーンへ。メリーゴーランドのゲートが開いた途端、自分が乗る馬を決めるあの瞬間はどうしてあんなに胸がくすぐったくなるんだろう。いつでも私は、いちばん背の高くていちばん毛並みの派手な馬に乗りたがっている気がする。間違っても馬以外には乗らない。馬以外というのは、たまに変わり種として入り混じってるイルカとかペンギンとか(変わり種とか入り混じってるとか言っちゃってごめんなさい)いつの日かはカエルなんてのもいた。それに加えて、メリーゴーランドの床とそう変わらない高さに一台だけある4人がけの馬車みたいなのにも乗ろうとは今まで一度も思ったことがない。まーたんが真の大人になれば、馬そっちのけであの馬車に乗りたいと思う日が来るのだろうか。最近、好き好んで食べるようになった絹ごし豆腐が頭をよぎる。先月までの自分は卵豆腐しか食べれなかったのに。
 初めての森道から帰宅後、初夏のにぎやかな喧騒を余韻にそういえば何買ったんだっけとカバンを漁るとライターが2本だけ出てきた。ひとつは「銭湯を日本から消さない」と書かれたライターと、もうひとつのライターには「ゆランド ジャポン」。自分の好みがここでもくどいほどに発揮されていた。煙草を吸わない9歳のまーたんだから、ライターは仏壇のお線香用として今日も使われている。

「森、道、市場2024」で買ったライター

五周という決まりを破った馬たちと夜空を廻り星座をくすねる

坪内 万里コ(つぼうち・まりこ)
1999年さそり座生まれ
短歌と爪塗りとデザインと銭湯、それと文字書き。
短歌グループtoi toi toi所属
X ,instagram共に @11marico17

つよいひかり(イトウマ)


 2024年5月26日19時10分ごろ。カネコアヤノが「爛漫」を歌っているのを聞きながら私は全力で走っていた。私はこの瞬間を一生忘れないと思う。

 18時30分ごろ「森、道、市場」というイベントの大トリ、カネコアヤノを観るために海辺のステージに待機していた。
 「森、道、市場」とは愛知県蒲郡市にて毎年5月ごろに開催される「モノとごはんと音楽の市場」である。音楽フェスのように数カ所の音楽ステージと、500を超えるご飯とモノの出店がある。そんな「森、道、市場」に私たち短歌グループtoi toi toiは出店した。今年から「MORIMICHI ZINE’S FAIR」というエリアが新設され我々はこのエリアで出店を行った。「MORIMICHI ZINE’S FAIR」には20数組が出店し、それぞれが自身の作成したzine(個人やグループで作った雑誌や書籍)を販売した。私は「MORIMICHI ZINE’S FAIR」に出店している身ではありつつも、カネコアヤノのライブは出店が決まった時から必ず見ると決めていた。

「MORIMICHI ZINE' FAIR」出店準備中のイトウマと坪内万里コ

 18時55分がカネコアヤノのステージの開始時間であった。ライブの開始時間の少し前、カネコアヤノとバンドメンバーのリハーサルが始まった。リハーサルを観た時点で私はかなり喰らっていた。感動するという次元ではなく大きな衝撃を喰らったようなかっこよさだった。本編への期待と興奮、本編ではこれが一時間弱続くことへの緊張感でヒリヒリした。カネコアヤノのライブはヒリヒリする。ちゃんと受け止めなきゃという気持ちになる。ライブが始まるまで私はこのライブを受け止められるのかという不安に苛まれるのだ。カネコアヤノのライブはそれくらいすごい。観客の雰囲気も、緊張感と期待が渦を巻いていたように思う。
 リハーサルは終わり、カネコアヤノとバンドメンバーは一旦ステージからはけた。あと10分もすれば本編が始まる。緊張と期待は私の中で、今日1日の疲れと混ざり合いどうにかなってしまいそうだった。時間が過ぎるのは遅くもなく早くもなくしっかりと時を刻み、本編の開始まであと1分程度となった。その時、「MORIMICHI ZINE’S FAIRの会場が19時で閉まる」と連絡が入った。私は完全に見逃していた。どうやらMORIMICHI ZINE’S FAIRのエリアは、イベントの全体終了よりも先に閉まるのだという。どうするべきか、とても迷った。今から向かうべきか、それともカネコアヤノのライブを観てから向かうか。迷っているうちにカネコアヤノとバンドメンバーはステージに上がりライブが始まった。一曲目は新曲の「ラッキー」。音は凄まじく、カネコアヤノは美しく繊細でありながらも神話の動物のように凶暴でもあった。衝撃と興奮と疲労が混ざり合う頭と身体で必死に考えようとした。今どうするべきか考えようとしたが色んな感情が混ざり合い思考はうまく機能しなかった。ぐるぐるとしている頭の中で結論が出るより先に私はカネコアヤノに背を向け、MORIMICHI ZINE’S FAIRのエリアに足を動かしていた。人の中をかき分け客席を抜けていく。人の波をかわして、ご飯やモノの出店エリアを超え、MORIMICHI ZINE’S FAIRのエリアに向かった。そこには店番をしてくれているtoi toi toiのメンバー坪内がいた。共に大急ぎで出店を片付け、荷物を坪内に託し、カネコアヤノのステージにUターンした。大人になってからするダッシュの距離と速度ではなかったと思う。運動を普段してない人からすればあまりにも会場は遠かったし、体力のことを考えていない全力のダッシュでひどく息を切らした。やんわり片付けを始めるご飯やモノの出店エリアを抜け、早めに帰宅を決めたお客さんの波に逆らい、私はカネコアヤノの元へ走った。ご飯やモノの出店エリアを抜けたあたりから、カネコアヤノのライブの音が聞こえた。曲は「爛漫」だった。「爛漫」が流れる中、私は人の隙間を走り抜け続けた。人、人、人。体は限界に近いはずなのに、なぜだか走り続けることができた。ライブステージのエリアに到着し、人の隙間を抜け、ある程度前の方まで行くことに成功した。(フェスは前の方でも隙間がぽっかり空いていることもあるのでありがたい。)切れる息を整えさせてくれるわけもなく、カネコアヤノのライブは進む。いつもいつもイヤホンで繰り返し聞いていた曲が披露されている。この辺りからの記憶は断片的にしかない。「ゆくえ」のバンドセットバージョンがあまりに良かったこと。「カーステレオ」の長い長いギターソロが本当に素晴らしかったこと。最後の二曲「タオルケットは穏やかな」と「私たち」が圧倒的だったこと。私はライブの途中から涙が止まらなかった。どこから泣いていたのかさえあまり記憶がない。私の前のお客さんが振り向いたらひどい泣き顔の私を見て引いてしまうだろうな、というほど泣いていた。あまりにすごいライブだった。ライブを観て楽しむ、という話ではなかった。ただただつよいひかりを見ていたような、そんな衝撃だった。私の全て、これまでの全て、全部間違ってないよ、って言ってもらえたような演奏だった。音楽がこんなにもかっこよくて、こんなにも衝撃的でいてくれることは一種の救いのようにも感じた。私を照らしてくれた、とかではなくて、ただただつよいひかりをカネコアヤノは放ち、私たちはそのひかりの前にただ立っていたのだ。そして、カネコアヤノがつよいひかりでいてくれることが私をこんなにも安心させた。私は生きてるって思った。

 ライブが終わってから私は少しの間、動けなかった。人が続々と減っていくステージの前で涙が止まらなかった。立っているのもやっとだった私は人のいない最前列の柵に座り、ステージに背を向け、帰る人々をぼんやりと眺めていた。toi toi toiのみんなと合流しなきゃと思いつつ、今日の出店について、私のこれまでついて、いろんなことが泡のように頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えた。その中で、いま観たつよいひかりのようなライブが灯台のように私を安心させた。何もかもがきっと大丈夫だって思えた。
少し落ち着いてからtoi toi toiのふたりと合流した。別の場所でカネコアヤノのライブを観ていた吉岡と先に合流できた。吉岡の顔を見て安心したのか私はまた泣きそうになった。その後、荷物を預かってくれていた坪内とも合流し、「森、道、市場」に出店したtoi toi toiのながいながい1日は終了した。

終演後、さっきまでカネコアヤノがいたステージ。光はまだ眩しい。

きらきらの生きてるいのちの音のなかつよいひかりを見ているわたし

イトウマ
1998年生まれ。愛知県弥富市出身。
短歌グループtoi toi toi所属。音楽とお笑いと短歌の話ならいくらでもしたい。季節の変わり目に風邪をひく。
X(旧Twitter)は@itoumaa、インスタは@iitoumaa


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