【アーカイヴス#4】星となったウディ・ガスリーに新たな輝きを! *2009年7月
こんにちは、midizine編集部です。これまでミディに関する情報をマガジンとして自社サイトにアップしてきましたが、今後は媒体名を「midizine」と改め、noteより発信していきます。中川五郎氏による連載「Grand Teachers」も引き続き、更新されていきます。
リニューアルに合わせて、中川氏に許可を頂き、これまでの記事を【アーカイブス】として初回から順にnoteに転載していきます。
本記事の大きなトピックはウディ・ガスリー。シンガーソングライターのジョナサ・ブルックがウディ・ガスリーの未発表の歌詞に曲をつけて作ったアルバム『The Works』を取り上げ、その歌詞を中川氏が自ら和訳しました。
今回は公開にあたり、ジョナサとウディ・ガスリーの娘であるノラ・ガスリー氏から直々に許可をいただきました。感謝です。
中川氏が10年間かけて発信してきた素晴らしきTeachersたちの音楽を一緒に振り返りませんか。
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フォーク・ソングについて語る上で、決して通り過ぎることのできない、最も重要な存在の一人と断言できるのが、ウディ・ガスリーだ。1912年7月14日にオクラホマ州オケマーで生まれ、1967年10月3日にニューヨーク・シティの病院で55年の生涯を閉じたウディは、歌作りに関してとんでもなく多作の人物だった。ウディの作品を保管しているウディ・ガスリー・アーカイブス には、彼がしたためた歌詞が、2998曲も収められている。それらの歌詞は、歌となって、ウディ自身のレコーディングで残されているものも数多くあるが、歌詞が残っているだけで、まだ曲がつけられず、歌になっていない未発表のものが1000曲以上はあるらしい。
ウディ・ガスリーが遺したあらゆる作品は、娘のノラ・ガスリーが中心になって、大切に保管されているが、ただ守るだけではなく、新しい時代に、新しい世代に受け継いでいこうと、今の時代に活躍するミュージシャンたちによって、それらの未発表の歌詞に新たに曲をつけ、歌として広めていく動きがさかんに行なわれている。
多分いちばん知られているのは、ビリー・ブラッグとウィルコのプロジェクトで、彼らは90年代の後半にウディの未発表の歌詞に曲をつける作業を積極的に行ない、そうして生まれた30曲以上の作品は、『Mermaid Avenue 』、『Mermaid Avenue Vol.2』という二枚のCDアルバムとなって、発表されている。
また2006年にはニューヨークのクレズマー・ミュージック・バンド(ユダヤの伝統的な音楽)のクレズマチックス(The Klezmatics)が、やはりウディの12の未発表の歌詞に曲をつけ、『Wonder Wheel』というCDアルバムを発表している。
ウディの未発表の歌詞に曲をつけたり、未発表曲を取り上げて歌っているミュージシャンはほかにもたくさんいて、思い浮かぶままざっと名前を挙げてみると、ジャニス・イアンやネイティブ・アメリカン・トリオのブラックファイア(Blackfire)、パンク・バンドのアンタイ・フラッグ(Anti-Flag)やドロップキック・マーフィーズ(Dropkick Murphys)などなどがいる。
こうしたウディ・ガスリーの未発表の歌詞の数々に曲をつけて新たな歌を作るというプロジェクトに、ウディを敬愛してやまないぼくとしてはしっかり目を光らせていたつもりだったのに、うっかり見過ごしてしまっていた1枚のCDアルバムがあった。
それがジョナサ・ブルック(Jonatha Brooke)の『The Works 』(Bad Dog Records BDR-60808)で、発売されたのは2008年の8月の終わりだったから、何とぼくは一年近くもその存在を知らずにいたことになる。ウディのことなら何でも知りたいと思っているのに、これは何てざまだ。大失態だ。
しかもジョナサ・ブルックにしても、ぼくのよく知っているフォーク系のシンガー・ソングライターで、彼女のアルバムが日本のレコード会社から発売されている時、確かアルバムのライナー・ノーツを書いたか、歌詞の対訳をした記憶がある(何で思い出せないんだ?)。
ジョナサ・ブルックは1964年生まれのアメリカの女性シンガー・ソングライターで、90年代後半に大学時代の仲間のジェニファー・キンボールと組んだ女性デュオ、The Storyで音楽シーンに登場し、90年代半ばからはソロ・アーティストとなって、これまでに8枚のアルバムを発表している。The Storyやソロの初期の頃は、アルバムが発表されるたびにきちんと日本盤もリリースされ、音楽好きの間ではよく知られていた。
この『The Works』をうっかり見逃していたぼくは、あせり、恥じ入り、申しわけなさでいっぱいになり、即刻Amazon.co.jpでそのアルバムを注文した。そして翌日には無事届けられて、早速耳を傾けてみた。
げげげ! これがウディ・ガスリー!? 飛び出して来た音は、かなりお洒落なものだったのだ。演奏しているのは誰かとジャケットを見てみれば、げげげ! ジョー・サンプル、スティーヴ・ガッド、クリスチャン・マクブライドと、すごいミュージシャンたちだ。ウディ・ガスリーとはちょっと結びつかないと思ってしまう世界で活躍している人たちばかりじゃないか。
それこそウディ・ガスリーの音楽には労働着とか古着、ジーンズがよく似合うと思えるのに、何だかみんなブランド物のすごく高い、きれいな服を着てウディの歌詞をもとにした音楽をやっているみたいだ。初めて聴いた時のぼくのは印象はそんなもので、何だかすごい違和感を抱いてしまった。
またジョナサのそのアルバムでは、ケブ・モーやグレン・フィリップス、エリック・バジリアンがジョナサとデュエットを聞かせ、デレク・トラックス(スライド・ギター)、ハイラム・ブロック(エレクトリック・ギター)、グレッグ・リーズ(ペダル・スティール・ギター)、ミッチェル・フルーム(ハモンドB-3)、ギル・ゴールドステイン(アコーディオン)といったミュージシャンたちもレコーディングに参加している。錚々たるメンバーだ。レコーディングはたったの二日間で全曲が録音され、スタジオ・ライブで録音されたものも多いらしい。
最初は違和感を覚えたジョナサ・ブルックがウディ・ガスリーの未発表歌詞を歌った作品集『The Works』だが、何度か聴き返しているうち、その違和感がだんだんと薄らいでいった。
確かにウディの歌詞にジョナサがつけたメロディは、いわゆるフォーク調のものではなく、とてもお洒落で、複雑なコードがいっぱい使われているようで、そうした曲を、ジョー・サンプル、スティーヴ・ガッド、クリスチャン・マクブライドといった名うてのミュージシャンが、実に流麗に演奏している。
しかし、どうやらぼくの中にウディ・ガスリーの言葉がそんなふうにソフィスティケイティッドに歌われてはいけないという先入観があったようで、何度も聴き返すうち、それは何の根拠もない先入観であることに気づかされ、ウディの言葉はどんなふうにメロディがつけられ、演奏されようとウディの言葉なのだと理解することができた。そう、それだけウディの言葉は強いし、大きいものなのだ。ウディだからフォーク調でなければならないというのは間違っているし、誰よりもウディ本人がそうした狭い捉え方に反発するのではないだろうか。
ジョナサ・ブルックは『The Works』のジャケットに、次のような言葉を寄せている。
確かにジョナサが曲をつけたウディの歌詞は女性的な視点や感性で書かれているものが多く、中にはとてもセクシャルなものも取り上げられている。
ジョナサがケブ・モーとデュエットしている「All You Gotta Do Is Touch Me」という曲は、こんな歌詞だ。
また前述したジャケットのジョナサのライナー・ノーツには、こんなことも書かれている。
最後にその「New Star」の歌詞を紹介して、今回の文章を締めくくることにしよう。
ジョナサ・ブルックの『The Works』には、ウディ・ガスリーの未発表の歌詞に彼女が曲をつけた10曲と、ウディにインスパイアされたと思えるジョナサが作詞作曲したオリジナル曲が2曲、そして最後に収められている「King of My Love」の序曲となる短い「Coney Island Intro」と、全部で13曲が収められている。
何度も何度も聴き返しているうち、ウディの未発表の歌詞に新たに曲をつけたさまざまな作品の中でも、ぼくはジョナサのこのアルバムがとても気に入ってきている。
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