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金曜日の梵音

木曜日PM 17:00
初めまして。短歌グループtoi toi toi 所属の坪内万里コです。普段は大学院で経営学を専攻する傍ら、短歌を書いています。見知らぬ人との文通と、銭湯から出た後の夜風が生きがい。

私は、週に一度か二週に一度ほどのペースで家から電車で20分の場所にあるお寺に早朝通っている。お寺は私の日常であり、今では自分を形成する一部と言っても過言ではないほど。決して先祖代々の慣習だとか、幼い頃から親についていく形で通っていた...という訳ではなく、純粋に神社や日本の古き良きものだったり伝統文化が好きで、大学の先生に教えてもらったこのお寺に大体3年前から通っている。大体、金曜日に。

金曜日AM 05:00 起床
寝起きが人一倍良くて、アラームは1コール以内に止めるという謎ルールがいつのまにか自分の中で生まれてしまった。(私がアラームを切る時の素早い手捌きを誰か見てほしい。)布団から腕を伸ばしてラジオを付けると、寝ぼけた頭にちょうどいい女性ラジオDJの声が夜間配送ドライバーのリスナーから寄せられたラジオメールを読み上げる。「〜今日も安全運転お疲れ様です。」朝にも夜にも区別されない空気感のラジオを耳に、身支度を進めるのが金曜日の習慣だった。しかし、4月の番組改編期を迎えたと同時に、なんとAIのラジオDJが人間と入れ替わりでその時間帯に新たな番組を持ち始めたのだ。(AIが人間の仕事を奪う、って実際にはもう少し先の未来の、誇張混じりの話かと思っていたけど… )本来感じていた空気感のラジオは、もはや空気さえ感じなかった。女性の無機質な合成音声による血液型占いが流れる。「A型のあなた、今日は集中力に欠ける一日になりそう。」AIに言われると完全に皮肉そのものだ。ラジオを消して読経の本をバッグに入れて、静かに家の鍵を締める。

AM 06:30 ラジオ体操
お寺に到着すると、お寺の近所に住む方達も続々と境内に集まってくる。挨拶をしてお話をしているうちに時刻は6時半になり、ラジカセからラジオ体操第一の掛け声が境内に明るく響き渡った。間隔を空けつつ身体を動かしながらも世間話は続く。いつもお話する仲の良いおばちゃんは、社交ダンスと編み物と美空ひばりが大好き。私がお寺にやって来るたび両手を握って凄く喜んでくれるのも、私がお寺に通い続けられている理由のひとつだと思う。

AM 06:40 読経
ラジオ体操を第二まで終えると、帰宅する人とお寺の中に上がって読経する人とで二手に分かれる。大体20分弱の読経、3年も通えば般若心経とほとんどのお経は暗唱できるようになった。しかし、3年経ってもまだできないことがある。それは「何も考えない」ということ。読経中は余計なことを考えずじっと目を瞑ることが大切だと和尚さんは口酸っぱく言うが、それがまだ自分には到底できない。今日も、口ではお経を口ずさみながら頭では午後からの歯医者の予約時間を必死に思い出そうとしていた。

AM 07:10 一息
読経を終えると、和尚さんの奥さんに「時間あったらお茶でも飲んでいってね」と、お決まりのセリフを言われ、大きな庭園が見える奥の和室へと移る。庭池を泳ぐ錦鯉たちの紅白を眺めていると、ふとその隣を思わずギョッとするくらい巨大で、肉厚で、金色で、蛇模様の何かが泳いでいるのを目にした。横で抹茶を立てる奥さんにあれは何かと尋ねると、いつもの朗らかな笑みで「雷魚」と言う。水に反射する魚体は伝説みたいな色で、妙に日本庭園とマッチして、まるで庭池を守る魚の神様みたいだった。魚の妖怪(いわな坊主)は聞いたことあるけど、魚の神様も実はいるかもしれない。そんなことをひとりでに想像した金曜日の早朝、金色の雷魚が泳ぐこのお寺のことがより好きになった音がした。

説法を説いてる和尚の右手からApple Watch「よくわかりません。」

坪内 万里コ(つぼうち・まりこ)
1999年愛知県名古屋市生まれ。
X(旧Twitter),instagram共に @11marico17

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