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怖さに憧れている

怖さに憧れている。怖さと言っても、お化け屋敷の幽霊役になりたいとか、久しく会っていない友達に高額の美顔器を売りつけたいなどということではない。私の憧れる怖さは、岡林風穂の「スライス・オブ・ライフ」という曲の中にある怖さだ。

岐阜県多治見市のアーティスト、岡林風穂の「スライス・オブ・ライフ」という曲を初めて聴いたのは音楽イベントでの弾き語りだった。

二〇二二年一月下旬。この日は、音楽に詳しい知人に岡林風穂の曲をおすすめされて、サブスクで聞き始めてから三日目くらいだった。曲に魅力を感じてライブに来たわけだが、岡林風穂についてほとんど知らない状態で会場の壁際からその姿を見つめていた。

岡林風穂は凛とした目をしている。そして、鳴り続けるギターは、やわらかくて力強い歌声は、言葉は、表情は私の心に真っ直ぐに歩いてくる。自分でも届かない心の奥深くに、岡林風穂の歌声がたどり着くのが分かる。歌われていることが現実か虚構かということは関係なく、直感的に、本当のことを歌っていると思った。私だけが知っていると思っていた感覚と、私の知らない感覚が、飾らない言葉でリズムよくギターの音に乗っている。そこには、得体の知れない心地よさがあった。

日常を切り取ったような表現方法のことを「スライス・オブ・ライフ」と言うらしい。はにかみながら話す彼女の口元と紺色のつめさきが印象的だった。

ここで、「スライス・オブ・ライフ」の歌詞を引用する。

2番と3番の曲の隙間に長めの間奏があるから
ここでは踊らなければいけません
そんな風に言われてる気がする
小気味好いギターソロが始まって
見たことない自分の姿を見せつけられる
そんな私のことを怖いと言った友達が大好きなの
そんな私のことを怖いと言った友達が大好きなの

この歌詞は、友達でさえ、自分でさえ知らない自分自身の未知の部分に、音楽によって出会わされる瞬間が表現されているように思う。そんな未知の部分が音楽によって露わになるというところに、音楽のもつ計り知れない力を感じる。外側から見ても内側から見ても、見つけられない未知の部分が人間にはあると思うとドキドキする。とにかく、一度この曲を聴いて欲しい。

そして、〈そんな私のことを怖いと言った友達が大好きなの〉というフレーズに衝撃を覚えた。〈友達〉がどんな声のトーンで怖いと言ったのかは分からない。しかし、私はどうしようもなくこの歌詞に引き寄せられる。〈私〉は〈友達〉に怖いと言われて、どうして大好きだと思ったのだろう。このフレーズが頭から離れず、想像ばかりが広がっていった。

私は、〈見たことない自分の姿を見せつけられる〉というフレーズから、音楽によって心が解放されて、心の躍動のままに踊りだす〈私〉の姿を想像した。それは〈友達〉にとって見たことのない〈私〉の姿だった。そして、その姿に〈友達〉は怖いと言う。しかし、〈私〉は〈友達〉の怖いという言葉に動じることはなく、むしろ喜びを感じている。〈私〉は、自分の姿が人の目に怖く映っても、自分の姿と人の目に映る自分の姿を両方とも肯定する。他人に怖いと思われることを怖れていない人は、自分の視線からも、他人の視線からも自由だ。その自由な姿には畏怖のような怖さがある。そしてその怖さに私は憧れている。

初めて観た岡林風穂のライブは、忘れられない音楽体験になった。ライブが終わったあと、すぐにCDとzineを購入し、次のライブの予定を確認した。絶対にもう一度、岡林風穂の音楽を聴きたいと思った。ライブ会場を出ると、外は真っ暗で冷たい風が吹いていたけれど、私の心はほかほかとしていた。何かを表現したいという想いが湧きあがり、大学を卒業してからは、実作から少し離れつつあった短歌を作りたくなっていた。

それから二カ月後、東海地方の同世代で歌集制作を行うためのメンバー募集の投稿がSNSで流れてきた。その投稿者の坪内万里コにすぐに連絡をした。

それから約一年が経ち、私は、toi toi toi という三人組の短歌グループの一員となり、『救心』という歌集を制作した。そして、これから三人で連載するこのエッセイの第一回目を書いている。

薄闇にジントニックが踊ってる いま誰よりもこわくなりたい

吉岡優里(よしおか・ゆり)
1997年福岡県生まれ。愛知県在住。
大学時代に短歌に出会い、短歌結社まひる野に所属。
短歌グループtoi toi toi所属。
山戸結希監督と小鳥がすき。小袋の入浴剤を栞にしたことがあります。
https://toitoitanka.base.shop/

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