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会社行けない、お家帰れない

 どこにも行けやしない!!!!!と心の中で静かに叫びながら、冷静に虚無を数える時間がある。心臓のどこかにずっと重たい石が乗っかっていて、気持ちの一部にずっともやがかかっていて、気を抜くと涙が溢れてしまいそうな時は、だいたいお腹が減っているか、睡眠時間が足りていない。物事がうまくいかないのは、物事がうまくいかないと感じてしまう自分の思考の問題で、運が悪いと嘆くよりもきっぱりと切り替えて歩く方が良いに決まっている。

 わかってはいるつもり。でも、わかっていても、納得できないときはある。

 湿度が、肩に、両足に、心に、どしんと乗っかって動かない。雨だから。湿度が高いから。こんなにも上手くいかないのは、雨のせい。きっと。

 家に帰り着いて、無意味に車の中でスマホをいじる。音楽をかけてみる。ぼんやり画面を見つめる。そして思う、どうしてすんなり家に帰れないんだろうって。どうして帰り着いているのに車から降りるのがこんなにも億劫なのだろうって。フロントガラスに雨がへばりつく。あーあ、車から玄関までのたった数メートルが面倒だな。雨に濡れるの嫌だな。家に帰るの嫌だな。がらんとしてるし、誰もいないし、薄暗くて寒いし、ご飯なんもないし。仕事に行く前から帰りたくて、家に着く前から帰りたくない。とんだ天邪鬼。


 今日の私は、会社にも行くことができたし、家にも帰ることができた。でも、明日はわからない。だって、毎日わからない、数分後がどうなるかすらわからないのだ。こんなに危ういことはない。ある日突然、会社に行けなくなるかもしれないし、ある日突然、お家に帰れなくなるかもしれない。

 今は、限界だ〜って口に出すことができる。何かが起こってもまだヘラヘラ笑うことができる。もう無理だよ〜って軽い口調で愚痴を吐くことができる。でも、一時間後にはもう何も言えなくなっているかもしれない。人は簡単に壊れないけれど、簡単に狂う。今だってわからない、立ち止まって考えてしまえば、急に無理になるであろうことばかりだし、思考を巡らせてしまえば望みがないことなんてたくさんある。

 第一、毎朝起きてから仕事に行くまでに「なぜ働くのか、なぜ会社に行くのか」などと考え始めてしまったらきっともう永遠に出社できない。私には守るものもない。自分の代わりなんてたくさんいるし、会社を飛んで咎められたとしてもクビにされたとしても、責任は自分にだけあって、他に守るべき人はいない。働かなくても慎ましく生活すれば一年や二年は生きられると思う。会社に行く確固たる理由がない。

 毎日もがくばかりで苦しい。睫毛はこんなにバサバサにして、涙袋はこんなにぷっくりラメがキラキラしてすごく可愛いのに、どうしてその可愛さが歪んでしまうくらい苦労しなければならないのだろう。明るく可愛くいたいのに、全く気持ちに余裕が持てない。元気と元気じゃないが、頑張るともうダメだが、交互にやって来る。爆笑した後に、大泣きしたくなる。一列に並んだ苦しみ、整頓された痛み。私って普通なのかな。狂ってるのかな。ちゃんと笑えているのかな。

 雨が降ると気が滅入る。だけど、雨が降ると安心する。上手く言えないけれど、いつも優しい人がちゃんと怒っているとどこかほっとするのと似ている。今は雨降りでもきっと晴れる。明けない夜はないし、止まない雨はない。でも、誰も傘をくれないことはある。土砂降りで、世界中が敵に見えていますか?たまに非人道的な冷たさが垣間見えるところ、割と人間味があって好きだった。それなりに孤独なんだろうな、自分を守るための手立てなのだと思っていたよ。弱いところなのかもしれないと思っていたよ。ぜんぜん私は嫌いじゃなかった。人の弱さを集めて集めて集めて、緩い流れの川でもつくるか。そこに笹舟でも浮かべて眺める神様の役割がしたいよ。いつもずっと誰の痛みにも他人事で。



ゆっくりしていってね