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髪。クリエイティブ・ディレクターの愛

去年、母親の癌が発覚した。

「電話なんかして悪いと思ってる。でも、一応…」
そう言いながら報告する母の、
掠れているくせにキンキンと耳障りな声を、私は十数年振りに聞いた。

【この女を二度と母とは思わぬ!】と、
固く決意した15歳のあの日の私が…
そう、私達セラピストが【インナーチャイルド】と呼ぶエネルギー体が、

『都合良く頼らないで!あんたなんか!あんたなんか!』
と暴れ出すのを自身のうちに認めた。

その年高のチャイルドの後ろに庇われるように隠れている小さなチャイルド達も泣いている。

右手の電話を右耳に当てたまま、
左手を胸に置き、「赦したいのでしょ?」とチャイルドに話しかけた。

私は知っている。チャイルド達は赦したいのだ。
しかしそれ以上に、「私自身」に赦されたいのだ。

「愛されて当然の母親に愛されなかったあなたを赦す。
あなたに落ち度はない。
そして、母が子を愛するのは当然ではないのよ。
それが出来ない人もいる。
こんなに時間が経ってもまだ憎い?それならあなたは母親を愛してる。
愛のないところに憎しみは生まれないのだから。
あなたはまだ、母親を愛する事が出来ているのよ」

「お母さん」
ふいに私を乗っ取ってしゃべり出すチャイルドに、それを許した。

ずっと「あの女」と呼びつづけた母の事を、
いまこのチャイルドは「お母さん」と呼んだ。
ならば、口を貸しても大丈夫。

「お母さん、私は今エネルギーヒーラーで・・・
んー、言っても分からないか。
お母さんの為に祈るよ。だからお母さんは大丈夫。明日帰るね」

・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…

私が小さい子供だった頃、美容師はただそのまま美容師だった。
色気づいた頃に【カリスマ美容師】なる言葉が生まれた。

片田舎で思春期を迎えた私は、
「いつかカリスマ美容師に髪をカットしてもらおう」と思い、
しかしその一瞬の後、
「でも。訛りが恥ずかしいし、身なりがダサい田舎者だから」と、
その想いを封じ込めた。

時が経ち、【カリスマ美容師】なんて言葉は滅多に聞かなくなった。
その代わり、ディレクターだの、スタイリストだの、
分かりやすいのか分かりづらいのか結局よく解からないランク付けを、
結局よく解からぬまま受け容れている私は、
その店では【クリエイティブ・ディレクター】なるランクだと言う美容師さんに数年お世話になっている。

確か色んなランクがあるらしいのだが、面倒くさがりの私は
そこが美容室であろうが、他のサービスを提供する店であろうが、
「一番上で!!」と言い放ってあとは委ねてしまうのだ。
どうせよく解からないし、委ねてみて嫌ならその時考える。

幸運な事に、担当してくれた美容師さんは素敵な人だった。
私以上に私の髪を気遣い、大切にしてくれる。

私はその美容師さんに、
十数年ぶりに見た【母の髪】について相談した。

「色は綺麗なのよ。昔から綺麗な栗色をしているの。
でも頭頂部が薄くって…。とても気にしていたのよ」

「ウィッグ、如何ですか」

「話が早い!見せて頂戴」

彼は熱心に協力してくれた。
有難く相談し、アドバイスを頂き、私は母に贈るウィッグを決めた。
母の髪色にそっくりな栗色。
軽くて、自然で、頭頂部を美しくカバーしてくれる。
確か8万円くらいだったと記憶しているが、
「この技術にはもっとお金を払いたい」と思った事も記憶している。

早速また田舎に戻って母の頭に乗せた。
久しぶりに触れる母の髪。肌。温もり。なんだか涙が込み上げる。
ブラシで母の自毛と馴染ませてみると…母は10歳も若返った様だった。

でも、母は拒んだ。
「高いんでしょ。要らない」

想定内だ。
母はいつだって、自分自身にも、私と言う娘にも、
金を掛けてやろうと思う程の価値を感じてはいなかった。

頑なに拒む母と戦うつもりは無かったので、
私はそのウィッグを持ち帰り、大切に保管する事にした。
もし、生きているうちにこれを母が使う事がなかったとしても、
母の【死化粧】は私は施す。その時に乗せてやればいいと思った。

・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…

三ヶ月後のある日、
「かつら、まだある?」と電話を掛けて来た母を、
心の底から可愛いと思った。
歳を取っても、病気をしても、まだ女なのだ。とても可愛い。

「勿論よ。送ろうか?」

「でも、ダメかもしれない。かつらと長さが合わないんだよ。
髪が汚くなっちゃって、腹が立って、みじ~かく切っちゃったら
なんだか全然伸びてこないの。歳だからかな。もう何ヶ月も経つのに」

「大丈夫。それならウィッグをお母さんの髪に合わせて切ればいいのよ。
東京においで。一緒に美容室に行こう」

「お~~~~やだ!!東京!?やだ!行かない!
こんなババアがそんな所行ったら恥ずかしい!」

本当に耳障りなキンキン声で、母はわめき続けている。

嗚呼。これか。思春期の私に掛かっていた【呪い】
母から貰った【恥の呪い】

「そんなこと言わないで。綺麗にして貰おう」
「いい!私の髪なんかそこまでしなくてもいい!歳だし!」

「お母さん。貴女は60兆個の細胞と共に生きてるの。
60兆個の細胞は今も、貴女のことだけを愛し、貴女のことだけを想い、
必死に元気になろうと頑張ってるの」

「ふーん、で?」

「お母さんの髪も、その細胞達が一生懸命伸ばした髪なの。
髪が伸びてこないのは、細胞達に元気が無いから。
貴女の愛が足りないからなの」

「はー?愛?」

「そうよ。生命力、それは【愛】なの」

「はーん。愛?細胞?
そのうち霊感商法とか詐欺とかなんかで訴えられるんじゃないよ!?
そうなったら私が恥かくんだからね!」

んー!!
恐るべし【恥の呪い】!!

それでも、母にウィッグを送った。
母はいつもの美容室にウィッグを持って行き、
自分の髪の長さに合わせて切って貰ったと報告してきた。

見てやりたくて会いに行くと、
そこには【河童】みたいになった母が居た。

栗色だった自毛は黒く染められガサガサになり、
その上に、ザックリザックリと遠慮なしにカットされた栗色のウィッグが、
まるで河童の皿の様に乗って艶々と光っていた。

慌ててブラシで馴染ませてみたけれど、
何の配慮もなしにザクザク切られたウィッグは
どうやっても母の自毛になじんでくれることは無かった。

「何故真っ黒なの」
「白髪が増えたから染めた」
「何故色を合わせなかったの」
「ちゃんと美容師さんにかつら見せたよ」
「なんでこんなにザクザク切られたの」
「知らないよ」

なんという【愛の無い仕事】をする者がいるのだろう、この世には。

女性を美しくしたいと願い、ウィッグを作る会社の愛。
日々開発、改良に取り組むクリエイター達の愛。
それを必要な女性に届けようとしている人々の愛。
母にその愛を届けようとした私の愛。
その私の愛を応援してくれた美容師の愛。

その愛の全てが、【河童の皿】と化していた。

愛とは「与え、受け取る事」の循環なのに。
「受け取り下手」の人間が一人関わってしまうだけで、
その循環はすぐに断たれてしまうのだ。

神の愛と切り離されたものが邪となる。
河童にもきっと愛が足りないのだろう…。

・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…

河童の皿となっていたウィッグを母からひったくるようにして奪い、
クリエイティブ・ディレクターの彼のもとに走った。

事情を話し、スマホで撮った母の髪を見せた。

「新しいウィッグを買ったってそれはいいの。
でも、努力してあげなければ、このウィッグが可哀想で。
まずは一緒に選んでくれた貴方に相談したかった」

無残な姿になったウィッグを見て、
目を見開き、悲しそうに眉を下げ、困ったように眉間に皺を寄せた後、
彼の瞳の奥が一瞬光った様に見えた。

「数日お預かりしていいですか?」

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美容室に行く度に、
【クリエイティブ・ディレクター】と言う言葉に違和感を持っていた。
「美容師」と「クリエイティブ」、「ディレクター」という言葉の取り合わせに、すとん、と落ちないものを感じながらスルーしていた。

けれど今、
この美容師の彼が「クリエイティブ・ディレクター」であることに、
私は【当然】の尊敬と感謝を持ち、捧げている。

彼の助言通り、
その後しばらく母の真っ黒な白髪染めが退色するのを待った。

頃合いを見て、再びそのウィッグを母の頭に乗せてみた。

彼が自分の持てる技術とそれを培った経験と、
彼の才能である想像力と創造力と、
何より仕事への愛でカットを施してくれたウィッグは、
まるで魔法の様に母の髪に溶け込んだ。

その瞬間、母は別人に生まれ変わった様に素直になって喜んだ。
私から手鏡を奪って自分の姿に見惚れ続けるその頬には、
バラ色の血色が戻って来ていた。

うん、これは【魔法】だ。愛が齎した魔法。

母の60兆個の細胞達の喜びの声が聴こえたそのとき。
私の60兆個の細胞達が、その喜びの波動に共鳴するのを感じた。

そして「今、この波動は距離を越え、クリエイティブ・ディレクターの細胞達にも届いて居る筈」と確信するほど、
その喜びは大きく大きく広がり続けた。

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【美しい髪】が、必ずしも【自毛】である必要は無いと私は思う。
勿論自毛である事に越した事はないのだろうが、
加齢や病や遺伝的特徴によってそうもいかない事もある。

「若い時は綺麗だった」と嘆く前に、
【若さ】とは【生命力と言う愛のエネルギーにみなぎった状態】の事、
だと気付いて欲しい。

まずは自分に愛を与え、他者からの愛のサポートを受け取って欲しい。

その結果、
愛にみなぎった細胞達が美しい髪や肌を作ってくれるなら素直に喜び、
それでも美しさを失い続けていくときには、
やけにならず更に自分を愛して欲しい。

やみくもに【若さ】を求めず、
メディアの作る【美のイメージ】に踊らされず。
【愛】こそが健康を作り、健康こそが【美】であると気付いて欲しい。

そして健康が損なわれた時にこそ、
美が失われた時にこそ、
自分を愛するチャンスなのだと気付いて欲しい。

【こんな自分を愛せますか?】のチャレンジだ。

それが出来ている人たちほどに、美しい人たちはいないと感じる。

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母のウィッグは、
度々メンテナンスの為にクリエイティブ・ディレクターのもとに戻り、
彼によって丁寧に洗われ、ケアされ、
また母の髪の一部として母に愛され続けている。

「洗い替え用にもうひとつ買ってあげるよ」と言っても、
「ううん。ダメになるまでこれだけでいい。
かつらが東京にいる間、
このかつらがどんなに大切なのか思い知れるから嬉しい」

そう言って笑う電話越しの母の声からは、
小さい私が耳をふさぐほどに耳障りだった【キンキン】が消えている。

綺麗な声だな…。

そう思い目を閉じた瞬間。
瞼の裏に、
ウィッグを装着し、頬を上気させた母の笑顔が浮かんで見えた。

嗚呼。綺麗な髪だなぁ…

と思ったら、

【お前を生んでよかった】

と…
求めて、求めて、求めても得られなかった言葉が突然、降って来た。


それは、まるで【慈雨】のように…


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ヒーラー、セラピスト、その他スピリチュアル系何でも屋。 長年そうして生きて来た女がクリエイターとしても在ろうとするとどうなるか? 【問いを立てれば哲学者】、【生計を立てればクリエイター】? だなんて現実的なロジックよりも精神的在り方を求めたい、結局私はスピリチュアリストです