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お幸様

※これは怖い話です。グロテスクな表現を含みます。
苦手な方は、このページを閉じてください。



あれは、私が十五になった年ですかねえ。おばば様に急に言われたんです。
村の氏神様の参道に行って厄払いして来いって。
季節は、そうですねえ。6月末くらいだったかな?

その厄払いがちょっと面倒で。
氏神様がある鳥居を潜って氏神様の参道の入り口まで歩くと、お宮さんの本殿まで上がる階段があるんですけど、その手前に木箱を置いてあるからそれを取って、拝殿まで上がるとお賽銭箱の横に、まんまるで綺麗に磨かれている白い石があるんですよ。

その石の綺麗なこと…思わず息を飲んでしまうほどツルツルしてて、透明感のある石でした。でも、その石がいくら綺麗だからって、素手で触っちゃいけないんですよ。布でそっと掴んで、さっきの木箱に綺麗に納めるんです。

この掟や作法を破って石に直に触れたり、ポッケに入れて盗んだりしちゃダメなんです。お幸様がお怒りになりますからねえ。

で、拝殿を抜けて本殿まで進んで、本殿の御扉を開けて中に入るんです。
本来は、本殿に入れるのは神主さんだけなんですけどね。この日だけは特別なんです。祭壇の真ん中に木箱を置いて奉納して平伏し、こう唱えるんです。
「お幸様、どうかどうか我が家に災いが起きませぬように!」って3回も祈らなきゃならないんです。

そうすると、白い装束を着た女性が現れるから平伏したまま、もう3回同じことを祈るんです。人の気配が消えたら漸く顔を上げることができて、1礼して帰ってくる。

暫くしてもなんの人の気配もしなかったらそのまま帰ってもいいが、鳥居の下を潜った後に、平伏してもう3回、同じことを祈ってから帰らなきゃならないんですよ。

私が行った時、どうなったかって?
もちろん、白い装束の人なんて出て来やしませんよ!
子供心にも、そんなもの、おばば様の迷い言だと思ってましたから。

でもね、今は違うんです。お幸様のことを迷い言なんて言ったらなんて畏れ多いことですよ!なんてことを思ってたんだって!だってね…

なぜならあの時、一歩間違ってたら私は、取り込まれてしまっていたかもしれないんです。お幸様に。

私が二十歳になった頃でしたかねえ。母に聞かれたんです。
「お前、お幸様を覚えているかい?」って。
(お幸さま?)ってなって記憶を辿っていくと
(ああ、そういえば亡くなったおばばがそんなこと言ってたな)って思い出しました。母は、やけに青白い顔をして「あのお幸様のことだけどね…」とゆっくりと語り始めました。

話は、もう何百年も昔に遡ります。この村一番の美女の幸子さんという方がいて、歳は、十五くらいだったかな?村中どころか、隣村の男どもから求婚されていたんです。その中でも彼女に一番入れ上げていた又吉という男が、これがまあしつこいくらい幸子さんに付き纏って何度もその気はないって幸子さんも断ってたんですけど、とにかく又吉は諦めない。
幸子さんもうんざりして、あんまり家の外にも出なくなってきたんです。それからしばらくして幸子さんの姿を見なくなりました。村人たちは、又吉から身を隠すために、そっと親戚の家にでも身を寄せたんじゃねえかって噂してました。

その年の夏頃から、又吉の家には、ろくなことが起きなかった。親父さんが病気になって急死したり、おっかさんが転落事故に遭って大怪我して体も不自由になっちまってね。それから又吉もげっそり痩せちまってね。不幸が続いたんで、さぞ憔悴してるんだと思って村人が声をかけたら、すごい形相で、
「毎晩、あの女が来てるんだ」って宣うんですよ。一体何のことだい?って又吉に問い詰めても「何度も追い払っても来やがる!」とか、「血まみれで汚らわしい!」とか訳のわからないことを喚くばかりでね。

とにかく埒が明かないから町医者を隣町から呼んできて診せたんですって。
そのお医者様が根気よく又吉と話をして下すって、それでとんでもないことがわかった。なんと、又吉のやつ幸子さんを殺したっていうじゃありませんか。
幸子さんは、相当うんざりしたのか、もう心に決めている人がいるからこれ以上はやめてくれって言うと、又吉は忽ち逆上して幸子さんを嬲り倒して強姦した挙句、八つ裂きにして山に埋めちまったっていうんですよ。
みんな驚愕して又吉がお幸様を埋めたって白状した場所の山に行ってみたら鼻がひん曲がるくらいの悪臭が立ち込めてましてね。蠅も凄い羽音で飛び回ってんですよ。で、そこを掘り起こしてみたら、もうすでに腐敗している女性のバラバラにされた死体が出てきてね。その死体に纏わりついていた着物を見たらお幸さんが着てたものと同じものだったから、ああ、又吉が言ってたのは本当だったんだな…ってなりまして。

その後、又吉は当然、村中から断罪されまして。皆に責め立てられた挙句、崖から身を投げて自死しちまったんです。

「なんとも酷い話!」って私が叫びましたら、母がそうだろう、そうだろうよと深々と頷いて大粒の涙をぽろりぽろりと落としまして、

「その又吉が我々のご先祖なのさ」と宣いました。

「え」

私は固まりました。
だから、うちの家は女の子が産まれたら、十五になった年にお幸様にある儀式をする。二十歳になったらこの話を受け継いで、娘が十五になるまで、毎日欠かさず、お幸様に捧げる石を磨いて娘に持たせ、お幸様に奉納するという儀式を行わねばならない。

その娘が、無事に帰ってくれば、災いは起こらないが、帰って来ないこともある。
そんな年は、うちの人間の誰かが、大事故に遭ったり病気で亡くなったりしてしまう。天災が起こる時もある。それもお幸様の気分次第さ。

帰ってこなかった娘がどうなったかは、わかりません。
だって帰ってこないんですから…

噂によると、亡くなった時のお幸様と同じ状態にされるとかされないとか。
だから、儀式に行く娘はお幸様への生贄みたいなもんなんです。

なので、私も今、石を磨いているんです。今年、娘が十五に成るんでね。
娘がどうなるかは、わかりません。
そんな儀式は、やめないのかって?娘を出せなかった代には、もう目も当てられないくらい酷い目に遭ってきたので、儀式を止めるなんて到底考えられません。

これもうちの運命なんですよ。だって、お幸様は被害者で、うちは加害者なんですから…。

娘が無事に帰ってこられるように、娘にはせめて作法だけはみっちり仕込んでいるつもりです……。

※このお話は、体験談ではなく創作です。


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