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澱んだ心のフィルターに、目を向ける。

私は、停滞していた。
大学3年目になってアトピーが突然登場し、自分自身の存在に価値がないと思う小さい私はときに顔を出し、ときに暴走した。

価値がないから自分が消えてしまえばいいと信じ込み、そこに浸っていたのです。

些細な対人関係すら築くことが困難になった。眼の前に見える人すべてが敵に見えてくるほどに、人間を疑っていたのである。
ひとと話すごとに、自分を疑っている、評価していると思いこんでいた。
思い込みは話す体を縛り付け、緊張させ、相手の評価にとって良い言葉や態度を表現するよう仕向けていく。心のうちから湧き出る声は、徐々に枯れていく。

人が嫌いになったので、満員の電車に無理やり体当たりして乗り込んだり、電車の車端部のドアを乱暴にあけることで反抗をし、同時に自分自身に価値がないと信じて疑わない気持ちをどんどん強めていった。

過去に縛られる見るも無惨な人間と化していた。
自分が傷つくことを恐れ、対人関係の悪化の原因は自分にあると決めつけて自分を罰する。

人の評価が絶対的な尺度に昇華していき、周りの人がかける言葉を、自分に対して悪い評価をしているか否かでしか推し量ることができなくなっていた。

哀れな姿になった私は、全身に痛々しいアトピーが広がり、ぜんぶなくなればよいと思ってLINEを消し、果には首をつるためのロープをつくって全身を預けるまでに至った。

首をロープに預けた瞬間、意識は驚くほどにすぐになくなっていった。
しかし、身体は黙っていなく、

「このままではいけない」

体は自分からロープをほどいてくれた。



再起のための下地つくりがはじまった。


下地つくり① ヨーロッパを旅する
偶然、東北での活動でお世話になっていた方からデンマークに視察に一緒にいくお誘いがあったので、

ウィーンに降り立ち

ポーランド カトヴィツェ

デンマーク コペンハーゲン 

ドイツ ハンブルク

フランス パリ 

を旅した。
旅の途中で、改札機のエラーで改札に入れなかったり

「人を疑ってきたけど、それでも人に助けられながら生きている」

ことを心から感じ尽くした。



旅をする中で、これまでひととの関係性の中で傷ついてきた気持ちを「引き起こしてきた要素が絞られてきた。

それは「人に見られたい、愛されたい」と願うインナーチャイルドだったのだ。


「もっとひとに見られたい」という気持ちが満たされないと感じるからこそ、自分は存在する価値がないと自分を蔑んできたのである。

他人にみられたいと願う気持ちに向き合うことで、眼の前のひとへよい音波を出すことができる。自分を受け入れてほしい、と願う気持ちでその人自身をまっさらな目で見ることを妨げるからである。


次回は、この「自分が愛されたい」と願うモンスターとどう向き合っていったのか、書き記していこうと思う。




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