見出し画像

【短歌30首連作】渡河

縦書きで読みたい方は下記のPDFをダウンロードしてください。
2023年3月に出したネットプリントの再録です。


冬の陽を浴びる樹の影くっきりと遥かな幻肢痛うずきだす

積雪の鎖骨のような窪みにも指を這わせてみたが崩れて

かさぶたを爪で剥がすとブランコの鎖の匂いするのどうして

いつまでも旅の途中のように住む きみの知らない街はにぎやか

コップからこぼれてしまう 呼ぶ声の掠れも指の温度も青も

 *

ぼくが日なたをゆけば日かげを歩くきみ 向こう岸からずっと見ていた

七月の空 生協のビニールを破れば遠い耳鳴りがする

くちびるに真紅をさせば吐息さえ陽炎のよううらうら燃えて

キャンパスの反対側に住んどうねん 合い鍵みたい同じ訛りで

各々に背を向けたふるさとのこと口にもせずに石ころ拾う

「キライ」だと言ったその「キ」の下手くそな発音ほどに水路は濁る

銃口をくわえるように傾けるペットボトルは空っぽだった

渡河 やがてあらゆる水が光りだし目蓋の裏の怖い星々

きみ頬にふれ水面はふるえ きみ死んでも罪は償えないよ

夕映えに溢れた部屋で花火っていう髪型を教えてくれた

天井にときどきヘッドライト射してぼくらは青い深海魚だね

すべからく耳は失敗した螺旋 曲線えがく軟骨を噛む

月光を映すスミノフぶらさげてきみとジャングルジムに登った

この街の夜は弱いね 空き缶を蹴り飛ばしても乾いた音で

朝焼けに耳を光らせきみは告ぐ「身体のなかはずっと暗闇」

茜さすきみの目尻の鋭角が恐ろしいから見返せなくて

晩夏の風にそよいでるだけ いつからか火であることを忘れたカンナ

*

呼吸するように陽射しは移りゆきぼくらはしれっと季節を失くす

燃え落ちる花の輪郭ほど強いものはない きみ髪を揺らして

手のひらの皺から光もれだせば、剣呑だからもう見せるなと

青空も壊れてしまうものですね睫毛の震えほどの祈りで

夕まぐれゆびさきの影かさなって並行世界の追いかけっこ

耳たぶもつめたい 悪い満月がぼくらの影を湿らせていく

暗闇に煙のようなしろい頬ばかり浮かんで殴りたかった

対岸をゆけばいつしかきみ遠く それぞれの帆をあげて海へと

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?