【短歌30首連作】渡河
冬の陽を浴びる樹の影くっきりと遥かな幻肢痛うずきだす
積雪の鎖骨のような窪みにも指を這わせてみたが崩れて
かさぶたを爪で剥がすとブランコの鎖の匂いするのどうして
いつまでも旅の途中のように住む きみの知らない街はにぎやか
コップからこぼれてしまう 呼ぶ声の掠れも指の温度も青も
*
ぼくが日なたをゆけば日かげを歩くきみ 向こう岸からずっと見ていた
七月の空 生協のビニールを破れば遠い耳鳴りがする
くちびるに真紅をさせば吐息さえ陽炎のよううらうら燃えて
キャンパスの反対側に住んどうねん 合い鍵みたい同じ訛りで
各々に背を向けたふるさとのこと口にもせずに石ころ拾う
「キライ」だと言ったその「キ」の下手くそな発音ほどに水路は濁る
銃口をくわえるように傾けるペットボトルは空っぽだった
渡河 やがてあらゆる水が光りだし目蓋の裏の怖い星々
きみ頬にふれ水面はふるえ きみ死んでも罪は償えないよ
夕映えに溢れた部屋で花火っていう髪型を教えてくれた
天井にときどきヘッドライト射してぼくらは青い深海魚だね
すべからく耳は失敗した螺旋 曲線えがく軟骨を噛む
月光を映すスミノフぶらさげてきみとジャングルジムに登った
この街の夜は弱いね 空き缶を蹴り飛ばしても乾いた音で
朝焼けに耳を光らせきみは告ぐ「身体のなかはずっと暗闇」
茜さすきみの目尻の鋭角が恐ろしいから見返せなくて
晩夏の風にそよいでるだけ いつからか火であることを忘れたカンナ
*
呼吸するように陽射しは移りゆきぼくらはしれっと季節を失くす
燃え落ちる花の輪郭ほど強いものはない きみ髪を揺らして
手のひらの皺から光もれだせば、剣呑だからもう見せるなと
青空も壊れてしまうものですね睫毛の震えほどの祈りで
夕まぐれゆびさきの影かさなって並行世界の追いかけっこ
耳たぶもつめたい 悪い満月がぼくらの影を湿らせていく
暗闇に煙のようなしろい頬ばかり浮かんで殴りたかった
対岸をゆけばいつしかきみ遠く それぞれの帆をあげて海へと
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