【掌編小説】シルバー
目の前の手すりに載せられた白い指先がかすかに宙でピアノを弾くような動きをして、やっとそれが沙羅だと気がついた。その左の薬指には、わたしの結婚指輪とそっくりのシルバーリングが光っていた。そんな指遊びの癖も、ボブカットの髪から覗く柔らかな耳たぶも、ちょっと退屈したように首をかしげる仕草も、ずっと忘れていたはずの彼女の輪郭がどんどん像を結んでいくのが怖くてわたしはそこから動けなかった。そうして彼女はエスカレーターの数段上にじっと立ったまましばらくわたしの心臓を凍らせておいて、ふい