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『アリスのままで』 リサ・ジェノヴァ


 これは、自分を自分足らしめていたものを失っていきながら、若年性アルツハイマー病と共に生きる心理学の博士、言語学の専門家アリスのお話。


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 アルツハイマー病の診断を受けることは、緋文字のA(註・姦通を犯した者が胸に付けさせられた緋色の文字、Adulteryの頭文字)の烙印を押されることに似ています。これがいまのわたしの正体、認知症患者なのです。これが当面は、わたしを決めているものであり、他の人たちがわたしを見るときの決め手となります。でも、わたしの話すことや行動することや記憶することがわたしなのではありません。わたしは根本的にはそれ以上の存在です。

 ―― 本文より――

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この後に続くアリスの言葉に、ぼくは、ようやくわかった気がした。
心の奥底にしまい込んでいた痛みの正体に。
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人は、相手の見た目でしか判断できない。
人は、そのふるまいでジャッジしてしまう。


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「親御さんのために施設を探しているんですか?」

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通りの向かいの家を、自分の家だと思い込んで中へ入ってしまったアリス。
そんなアリスに向けられる、通りの向かいの家に住んでいる女性の目つき。


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いまここで「わたしはアルツハイマー病です」と言わなければならないの?

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自分を、常に見ることができるのは自分だけ。
自分を、どう理解し納得させれば安らげるの?


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病が静まっている日には、心身共に健康な自分、理解し信頼に足る自分になっている。そんな日には、デイヴィス医師と遺伝子カウンセラーは間違っていたに違いない、――中略―― と自分を納得させることができた。

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 例え、同じ色調であったとしても、世界の全てはグラデーション。
 少しずつ異なる存在を、何を基準にどこから区切るのが正しいの?


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アリスはベンチに女性と座って、そばを歩いて通り過ぎる子どもたちを見ていた。本当は子どもとは言えない。歩いていく子どもたちは、家で母親と暮らしている小さな子どもとは違うタイプの人間だった。彼らはどういう人たちだろう。大人こども。

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 人は言葉によって対象がどんなものか理解する。
 だから、言葉を話せる人は物事がわかっていて、
 話せない人はわかっていないと思い込んでいる。

 本当は、逆かもしれないのに…

 『知っている』と『わかっている』は違うこと。
 言葉は表面。知識。『知っている』の積み重ね。

 必要なのは、言葉を言葉ではかることじゃない。
 大切なのは、言葉に込もる本意、相手そのもの。

 自分と相手とを分け、判断を間に挟まないこと。
 言葉を超えたものに向き合い、分かち合うこと。
 分かち合ったものを、そのまま受け入れること。

 素直な思いを、互いに示し合っていけたなら、
 同じ思いを心の中に描いている瞬間に気づく。

 そんな人と人の間のつながりが、信頼を生む。


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「わたし、ちゃんとわかっていた?」とアリスは訊いた。
「ええ、お母さん。間違いなくちゃんとわかっていたわ」

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 認知症になったとしても、『その人らしさ』は失われない。


 その人の見た目、ふるまいから勝手に判断しない社会ならば、
 名付けられたラベル通りらしくあるべきを押し付けなければ、


 自分らしさ(Identity)を見失うことなく、生きることができる。
 他者と共に、自分という者を発揮して精一杯生きることができる。


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Toward a society where everyone can come out of the closet with peace of mind.

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