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#47 大雪だ。                所在ない時間をありがとう。

雪です。大雪。すでに深夜の雪かきした。でもご覧の通りすぐ積もる。

学校勤務時代は朝早くから雪かき(これ同調圧力で勤務時間外)。学校の教師としていうより教員生活ではいつも外部と周辺にいましたね。おくれていったら、「なんでこんなはやくから学校これんの?ほかの先生」という気持ちがあって、ため息でた。

さて、雪ふって喜んでる子ども。雪だるま作れ。一方休校で休みの高校生。だらしなくすごそう。ネットもいいけど。こういう時間こそ大事なんよね。することない、蟄居してなんか考えて所在なく本見るとか音楽きくとか、だらしなくお昼ご飯にラーメンつくるとか、それが生活でしょ。

春休みになって春の日差しに時間を忘れるのとおんなじ感覚です。そう、感覚が喪失されてるんだ。雪の日の感覚です。夏もそう。感情や思い出。

毎日学校の授業、それってシステムに入り込んで自分を見失うことにもつながる(全部そうではないけどね)。だから、こういう雪で電車もバスもとなって動かないまま街が停止してるってすてきじゃないですか。あとで松任谷由実の歌入れときました。

こういう時、学校いくと「勤務を要する日」とかいって、ほぼ先生きてる。そしてこの3学期だと日頃の膨大な業務の打ち合わせとかやる。仕事。帰らないですよ。小中のはなし。

でも高校ってなんかいい加減かも。教師の通勤距離ありすぎだし。だから、閑散としているかもしれない。だらしないといこともある。

そういう時、準備室で近代経済学やら倫理の哲学、地理学やらに手が伸びる。なんでか。所在ないからです。暇ではない、所在ないから。だらしない時間でもある。時間を時計で計るなんて雪はしらない。

もてあました時間は雪のせい。雪さんありがとう。

で、最後に雪に関する音楽です。
一つは松任谷由実さん。
もうひとつは、チャイコフスキーさん「雪の精」
どっちが好き?



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