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The end of the world 2, Californian story

 その日は、突然訪れた。Dooms day(終末の日)だ。
 いや、突然ではなかったかもしれない。予兆はあったのだ。
 だが多くの人は、それを読み取れず、そのまま最後の日を迎えた。
 ある者は、ベッドのまどろみの中で、ある者は、ダンスを興じている中で、またある者は為替取引をしている中で、そしてある者は、主への祈りの中で、最期を迎えた。
 
 サンフランシスコには、有名な坂の街がある。ロンバードストリートだ。ケーブルカーが急な坂を上って行く絵になる街だ。インスタグラムによく上がっている。日本でも旅行会社のパンフレットの表紙に飾られる事がある。坂の下から上に登って行く写真だ。
 だがそれも一瞬で、弾け飛んだ。ケーブルカーも、斜めビルも、一瞬宙に浮いて、落下して砕け散った。大地は裂け、人も車も建物も飲み込まれた。そして全てが上に下に、激しくシャッフルされる。大地は洗濯機の坩堝と化した。大地震、いや、超地震だ。
 
 そのオープンカーは、海岸線を走っていた。後ろから大津波が迫って来る。311を超える高さだ。ちょっと在り得ない。だが一体どこに逃げると言うのか。もう助からない。
 「……オンライン配信だ!全世界に知らせろ!」
 運転席のサングラス姿の若い黒人男性は叫んだ。助手席の若い白人女性も叫んだ。
 「こんなの配信してどうするのよ!」
 波は空に届かんという高さだ。だがスマホをかざして、動画を配信し続けた。
 
 その老夫婦は、ただ床に浸水する海水を黙って見詰めていた。テレビはとっくに映らなくなっている。キッチンのテーブルには、熱いコーヒーと焼きたてのトーストがある。
 「ばあさんや。ゆで卵がないよ」
 「……あら、嫌だ。忘れていたわ。世界の終わりくらいいつも通りで行きたいものね」
 
 その若いお母さんは、ハイランドの神話を語りながら、子供を二人、寝かしつけていた。ベッドの下には、もう海水が流れ込んでいる。家の外はどうなっているのか分からない。逃げる場所なんてどこにもない。だから最期くらい子供には夢を見て欲しい。
 
 その黒人女性の副大統領は、ロサンゼルスにいた。州知事が死んだと聞いて、地元に戻っていたのだ。上院議員時代からの付き合いがあった。葬儀に参列するために来ていたが、その民主党副大統領自身が、葬儀の対象となった。彼女は大地に飲み込まれた。

 前日、合衆国西海岸を中心に、多くの地震雲が出ていた。中がブラッド・オレンジで、縁は黒い。雲の中心に、異世界に通じる穴のようなものがある。見方によっては、女陰のようにも見える不気味な雲だ。識者は、地震雲なるものを否定したが、人々は騒いだ。
 F〇xのタッカ〇・カ〇ルソンが、トルコの大地震の前に、自分の番組で取り上げた例の雲だ。彼は自分で気が付いていないが、少し霊感はある方だと思う。だがあの雲を見て、特に何も感じないという人は、今は多いのかも知れない。理性主義だ。
 そういう人たちは、神秘とかオカルトを徹底して嫌う。宗教による救いとかも信じない。そもそも神様を信じていないのだから当然だ。宗教は邪悪・危険なものと見なす。確かに99%はおかしいかもしれない。だが1%の真実はある。だから宗教は存在する。
 だが彼らが認める宗教とは、カントが言う処の、単なる理性の限界内としての宗教に留まるだろう。そんな神秘もへったくれもないただの道徳が、一体何の役に立つのか?凶悪犯罪は若年年齢化している。だが伝統宗教でも、病気も治せない宗教は、もう死んでいる。
 もし宗教に、何らかの真実性があるとしたら、それは現代医学を超えた癒しの力で、一気に病気を治してしまうものだろう。病気治しは全てではないが、一つの指標にはなる。 
 この力は歴史の中で、時間の経過と共に消えてしまうものかもしれない。だが生きている時もある。歴史上、そういう時に、廻り合わせた人は幸いだ。救済がある。
 だが流れて行く歴史の中で、カントの理性主義が、現代人のモデルを作った。
 学校のカント、職場のカント、日曜日教会のカントだ。それぞれ郷に入れば、郷に従う。求められる高い社会性に基づいて、その場所のルールに従う。ある時は学問を語り、ある時は業務に従い、ある時は神に祈る。人間の世界では、何の問題もない。むしろ当然とされる。だが神仏の世界で、善悪の世界で、矛盾しているという事に気づかず生きている。
 これが理性的人間、そしてこれがアトランティス人でもあった。彼らは滅びた。なぜか?歴史は黙して語らない。科学は何の役にも立たない。神秘だけが道を照らしている。
 
 そのキャンプ場は人で一杯だった。車で山まで逃れて来た人がいる。船が一隻あった。小型のクルーザーだ。いま男手を集めて、何とか使えるようにしている。
 「女と子供と信仰のない男は船に乗れ!」
 レオンは叫んでいた。無神論者たち、不可知論者たちは、船に殺到した。山の頂上に残った男は少数だった。彼らに救いはある。死ぬ覚悟はできている。だがそれ以外の者は、船に乗るべきだ。それがキリスト教文明だからだ。無論、アリスも船に乗せられた。
 「……レオン、私も残る」
 「いいから行くんだ。君は生き残らないといけない」
 二人は船縁で両手を掴んで、見つめ合った。水しぶきが激しくぶつかる。
 すでにキャンプ場の下は海だ。山頂まで流れて来たこの船があり、今はそちらに乗り移っている。最後の希望だ。恐らくこのキャンプ場も浸水する。後は山頂の山小屋くらいしかない。だがさっきの激しい地震で、山体が崩れている。この山ももたないと思われた。
 「自分なら大丈夫だ。別の船を探す。また流れ着く船もあるさ」
 レオンはどこまでもポジティブだった。笑顔も忘れない。アリスは首を振った。
 「……私も残る」
 「いや、君は一足先に行ってくれ。後から必ず追い付く」
 船が離れ始める。二人の手が離れる。視線だけが互いを追う。アリスは叫んだ。
 「……私も残る!」
 「いいから行け!自分は諦めない!」
 アリスは、レオンが山頂に向かって駆け上がって行くのを見た。手を振っている。彼女も力一杯、手を振った。小型のクルーザーは漂流している。海水は恐ろしく冷たい。
 アリスは、船縁から身を乗り出して、山頂に残った人々を見た。
 
 その管弦楽団は、いつものように、クラシックを演奏していた。キャンプ場だ。車で逃げてきた。だが下まで海が迫っている。とりあえず、解散した。だが座長は残って、演奏を続ける。他のメンバーは驚いて、振り返ると、互いに顔を見合わせて、また戻った。

 カトリックの神父がいて、海面に沈みゆく山頂で、人々に最後の説教をしていた。彼の両手には、数人の男たちが手を繋いでいる。聖書の一節を唱えている。そして言った。
 「今も死の時も、アーメン」
 
 そのパン屋の職人は、山小屋を漁っていた。船には乗らない。どうせ人数制限がある。他の人が乗ればいい。別に助かりたいとか考えている訳でもない。とにかく酒だ。こういう時は酒を呑むに限る。あった。結構、色々ある。何から呑もうか?
 
 レオンがクルーザーの救命胴衣を、配っている様子が見えた。人々を励ましている。
 ――ダメだ。行かないと。レオンが死んでしまう!
 アリスは靴を脱ぐと、海面に飛び込んだ。レオンの処まで行く。彼も彼女が海に落ちた処は見ていたので、海面に飛び込んで、泳いだ。恐ろしく冷たい。水温が低過ぎる。
 「……何で戻って来たんだ!この馬鹿!」
 「レオン!最後まで一緒よ」
 二人は激しく求め合うと、危うく沈みそうになったが、何とか山頂まで辿り着いた。
 「……ここももうダメだ。山小屋に行こう」
 レオンはアリスの手を引いた。嵐の中、アマデウスの音楽が聞こえた。
 「ああ、船が……」
 アリスが降りたクルーザーが転覆していた。人々が投げ出されている。
 「レオン、あの人たち、助けないと」
 「……いや、無理だ。飲み込まれる」
 不意に、山小屋から赤ら顔の男が出て来た。酒瓶を持ってよろめいている。
 「よう!お二人さん!一杯どうだい?世界の終わりに乾杯だ!」
 そのパン職人は、完璧に出来上がっていた。二人は互いの顔を見合わせた。
 
 合衆国西海岸の大地震は、想定を遥かに超えていた。超地震、大陸陥没だ。
 地球全土が揺れた、マグニチュード9.1の2004年12月26日のスマトラ島沖大地震を遥かに上回っていた。後からの推定で、マグニチュード10を超えていた。これまでの地震学の理論値では、マグニチュード10が限界とされていたが、簡単に覆された。
 揺れそのものは30分以上続き、1時間を超えた地域もある。当然、大地は裂けて、陥没していった。合衆国西海岸は海中に没した。シアトルからロサンゼルスまでだ。北米大陸の途中から崖みたいに切れて、完全になくなってしまった。街も人も何もかもだ。
 西部七州が消えた。合衆国はパニックに陥った。大都市から人々が逃げ始めて、ニューヨークはゴーストタウンとなった。無人のビルが虚しく建っている。次は東海岸がやられると言われた。理由はよく分からない。だがこの時期、人々はある噂をしていた。
 伝説のアトランティス大陸だ。
 北大西洋にあったと言われるこの大陸も、西部から沈み、その次に東部が沈んで、そして最後の中央部が、大きな島として残ったが、それも沈んでいる。そういう伝説だ。
 今回も、同じ流れ、同じ事が起きると言われていた。正確にいつの時代か分からない伝説に過ぎないのに、合衆国の人々はまことしやかに語り合った。急に思い出した訳でもないだろうが、集合的な意識としては、どこかで覚えていたのかもしれない。
 大津波が世界各地を襲い、大変な事になっていた。二次被害も大きかった。地球の人口は、1346年の黒死病以来、初めて明確に減少に傾いた。世界の終わり、文明の終わりが始まっていた。地球の文明をリードしていたアングロサクソン系は、激しく動揺した。
 なお日本は、またもやあの地震学者が獄中で、予言を発し、総理大臣に掛け合って、神回避した。富士山噴火に続く、二度目の予言的中だった。だが津波は凄まじく、死者ゼロとはいかなかった。シミュレーションも完璧ではなかった。獄中だったからだ。
 The end of the world 2, Californian storyだ。数え切れない人たちが死んで、迷った。

         『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード112

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