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玄奘、バーミヤンを拝観

 「ねぇねぇ、何食べる?私、チャーハン!」
 一行がバーミヤンに到着すると、猿渡空が早速そう言った。
 玄奘が「ん?」と首を傾げると、ブタの💝様が言った。
 「……ここは中華レストランのチェーン店じゃねぇぞ。控えろ」
 河童型宇宙人も、やれやれと首を横に振っている。
 王城が見える。バーミヤンだ。桃のマークはない。
 だが猿渡空はスマホで、お店のメニューを検索している。
 「私、この税込396円、餃子・半チャーハンセットがいい!」
 「……はいはい」
 女の童も苦笑した。玄奘だけついていけない。置いてきぼりだ。
 一行は王城に案内された。遠方から来た唐僧という事で、大歓迎された。
 後に玄奘は、『大唐西域記』で、バーミヤンをこう記している。

 梵衍那(バーミヤン)国
 梵衍那国は東西二千余里、南北三百余里で、雪山の中にある。人は山や谷を利用し、その地勢のままに住居している。国の大都城は崖に拠り谷に跨っている。長さは六、七里あり、北は高い岩山を背にしている。宿麦(むぎ)はあるが、花・果は少ない。牧畜によく羊・馬が多い。気候は寒烈であり、風俗は剛獷(やばん)である。皮や褐(けおり)を着るものが多いのも、ちょうど合っている。文字・教化と貨幣の用法は覩貨邏国と同じである。言語は少しく異なるが、儀貌(しなかたち)はおおむね同じである。信仰に諄(あつ)い心はことに隣国より甚だしい。上は三宝より下は百神に至るまで真心をいたさないことはなく、心を尽くして敬っている。商人は往来するものにも、天神は徵祥(しるし)をあらわし、祟変(たたり)を示し、福徳を求めさせる。伽藍は数十カ所、僧徒は数千人で、小乗の説出世部を学習している。(注165)

 早速、お城でお斎が用意され、猪八戒が死ぬ程、ガツガツ食った。
 「猪八戒よ。食べ過ぎだ。貪瞋痴(とんじんち)の貪だ」
 玄奘に注意された。若い従者も驚いている。だが猪八戒は言い返した。
 「……そりゃあ、オレ様はトンよ。トンの中のトンだ」
 古いペルシア語の言い回しを使った。聖典『アヴェスター』に頻出する。
 孫悟空の前に、餃子とチャーハンらしきものが並んだ。だが食べない。
 「……どうした?喰わないのか?」
 「……うん。おサルさんになってから火を通したものが食べられないの」
 孫悟空は悲しそうに、お皿からフルーツだけ取って、食べた。
 「……じゃあ、オレが食おう」
 猪八戒が一瞬で平らげる。隣で沙悟浄は、箸を構えていた。
 「……白いご飯と菜漬けがありますね」
 女の童が言った。かなり日本的だ。お米が取れるらしい。
 「……イランの北部は、醤油・味噌がないだけで、ほぼ日本食だ」
 ここはアフガニスタンだが、地域的に近い。一行はお斎を頂いた。
 
 その後、一行は、仏像の拝観に出かけた。
 王城の東北の山の中に、岩をくりぬいた大石仏があった。
 俗に言うバーミヤンの大仏だ。高さは百五十尺(約45m)ある立石像だ。
 入口で、拝観担当者の説明を聞いた後、玄奘は跪拝した。
 「……オレたちの時代にはもうないものだな」
 猪八戒が、深紅の袈裟を纏った石像を見上げながら呟いた。見事だ。
 「……ダイナマイトで粉々に爆破されたからな」
 沙悟浄も目を細めた。2001年3月10日、回教徒による乱暴狼藉だ。
 なぜこんな事をしたのか?そしてなぜ回教は偶像を禁止したのか?
 それは教祖に、霊視能力がなく、霊聴能力のみだったからだ。
 天眼で霊の姿が見えていたら、偶像を否定しなかっただろう。
 これは教祖の霊能力不足だ。宗教は通常、崇拝の対象を形に表す。
 「そなたたちの時代にはもうないのか?」
 玄奘が尋ねると、女の童が解説した。
 「……中近東で新しい教えが生まれて、やがてここに来ます」
 まさに回教が勃興している。長安にも651年8月にカリフの使者が来る。
 「……400年後にお顔が削られます。1,400年後像全体が破壊されました」
 玄奘は沈痛な表情を見せた。どうにもならない。一行は立ち去った。
 
 その東に、大きな伽藍があり、中に入ると、釈迦の涅槃像があった。
 大涅槃像と言われるもので、長さ一千尺(約300m)もある。世界最大だ。
 寝っ転がっている像だから、この大きさで作れたと言える。
 立像や座像では、この大きさは無理だろう。荘厳だ。跪拝する。
 「……デカッ!」
 「……こいつはスゲェ!世界最大だな!戦艦なみの大きさだ」
 孫悟空と猪八戒がはしゃいだ。沙悟浄はゆっくりと回る。
 「この大涅槃像はどうなる?」
 玄奘が女の童に尋ねると、静かに首を横に振った。
 「……現存していません。伽藍ごと跡形もなく、消失しています」
 一行は信じられないという顔をした。奈良の大仏を遥かに上回るのに。
 「……お顔だけ見つかったという説もありますが、詳細は不明です」
 石像の一部が見つかり、大涅槃像の頭部ではないかと言われている。
 「御仏の教えが形となって残る事が望ましい」
 玄奘はそう言うと、一行も黙って、黄金に輝く大涅槃像を見上げた。
 
 「……ん?」
 最初に気が付いたのは、孫悟空だった。
 「……何か焦げ臭くない?」
 伽藍の外で、ふんふんふん!と鼻を動かす。
 「……そうか?分からないが……」
 沙悟浄がそう答えると、猪八戒も反応した。
 「……確かに臭うな。何か燃えている?」
 「アレを見て下さい!」
 女の童が指差すと、伽藍の一部が燃えていた。
 「……何であんな高い処から出火しているんだ?」
 猪八戒が手をかざして、つま先立ちした。
 「放火かもしれません」
 女の童がそう言うと、玄奘が錫杖をシャリーンと鳴らした。
 「……この伽藍と大涅槃像がなくなるのはいつだ?」
 「分かりません。ですが、今ではない事は確かです」
 女の童がそう答えると、玄奘が命じた。
 「……孫悟空!伽藍の周りを調べるんだ」
 「うん!分かった!」
 孫悟空は、髪の小束を取り出すと、息をふっと吹いた。
 「……増えろ!そして探せ!」
 小さな孫悟空が沢山出て来て、伽藍の周囲を走り回った。
 「……あ、見つけた!妖怪BBA!」
 画皮妖怪がいた。黒い油を蒔いて、火を点けている。
 「……もう遅い!全部燃えてしまえ!」
 どうやら、この地の仏法を滅ぼすつもりらしい。
 猪八戒がまぐさで突こうとすると、銀角が現われて、邪魔をした。
 孫悟空も打ち掛かるが、金角が支える。撃ち合いが始まった。
 「……不味いですね。燃え広がります」
 若い従者が言った。沙悟浄は水場を探した。
 「……井戸から水を汲んで来ても……」
 女の童もそう言った。高い処まで水が届かない。
 「……この油、ただの油じゃない。石油か」
 沙悟浄が蒔かれた黒い汚泥を指で触って、そう言った。
 「そうだよ!ペルシアの火さ!よく燃えるよ!」
 妖怪BBAがそう答えた。金角銀角と共に後退する。
 「……逃がすかよ!」
 猪八戒と孫悟空がなおも追いすがるが、逃げられた。
 「急ぎ祭壇を組む。木材を用意してくれ」
 玄奘が皆に命じた。何をするのか分からないが、皆は従った。
 大伽藍は燃えている。もう手が付けられない。人々は茫然とした。
 やがて簡素な祭壇が出来上がると、玄奘は登壇し、祈祷を始めた。
 「……一体何をするの?」
 「しっ!黙って見てな!」
 猿渡空が尋ねると、ブタの💝様が人差し指を立てた。
 「この地を住まう諸善天神よ。仏法を外護せし神々よ。我、汝らに祈りて、この地に仏法を弘めん!この地の仏法を守らん!外道の炎から、仏法を外護せよ!」
 玄奘はそこで、錫杖をシャリーンと数回鳴らした。
 すると、晴れていた空が、みるみるうちに曇り出した。
 雷雲が集まって来て、稲光が天を奔った。雷鳴が轟く。
 「雨よ!降れ!風神!雷神!集い来たりて、雨を降らせ!」
 天からポツポツと水の雫が落ちて来た。雨が降る。間違いない。
 「……マジで?コントロール・ウェザー!第〇位階魔法!」
 猿渡空は驚いた。雨が降っている。豪雨だ。さっきまで晴れていたのに。
 炎は消えた。それが玄奘、バーミヤンで拝観だった。天竺はもう近い。
 
 注165 『大唐西域記1』玄奘著 水谷真成訳 平凡社 東洋文庫 p121~122

            『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺046

『玄奘、ガンダーラに到着』 玄奘の旅 12/20話 以下リンク

『玄奘、西天取経の旅に出る』 玄奘の旅 1/20話 以下リンク


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