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日本国全権大使とトマトとタマゴの中華炒め

 「……この売国奴め!西側を裏切り、東側に走ったな!一体幾ら受け取った!」
 その日本国全権大使は羽田空港で、トマトとタマゴを投げつけられた。赤と黄に染まる。
 「これはトマトとタマゴの中華炒めか?」
 日本国全権大使は、赤と黄に染まった自分のスーツを見て、そう言った。
 「……北方領土をただで売りやがって!あの男は独裁者で、侵略者だぞ!戦争犯罪人だぞ!」
 日本国全権大使のスーツの上で、トマトとタマゴの中華炒めを作った人は、警備の人に取り押さえられた。彼は手持ちの食材を全部投げ終わっている。ミッション・コンプリート?
 日本国全権大使は帰国早々、空港でトマトとタマゴの中華炒めをふるまわれたが、特に気にしなかった。実は周りも気にしていない。なぜか抗議者の発言は全て遮らず、全部言わせている。この国は言論の自由がある。よい事だ。ただし食材の投擲は感心しない。物は大切に。
 日本国全権大使がトマトの色鮮やかさと、鶏卵の粘りを、スーツ上でマスコミに見せつけながら、帰国した様子は、詳細に報道された。たちまち、日本知事会の東京都知事が発言した。
 「……日本知事会は引き続き、西側を支援します!侵略者と結託した日本政府を許さない!」
 これは厄介だった。外国から見て、日本が捻じれて見える。意見の統一がない。だが具体的に、どう西側を支援するのか不明だった。彼らも西側に、戦車を送る事は難色を示している。
 「……戦車は送らないとの事ですが、ジェットスキー大統領にどう説明するのですか?」
 マスコミの一人が、マイクを突き付けてきた。日本国全権大使は答えた。
 「大統領に伝えて下さい。北方の大国と即座に無条件で講和して下さい。危険です」
 この発言は、ちょうど、来日中だった東西干渉地帯の大統領を怒らせた。だが戦車を送る事は、日本国内でも、異論はあったので、この件に関して、意見は割れた。
 「……なぜこのタイミングで、平和条約締結なのですか?撤兵だけで良かったのでは?」
 また別のマスコミが、水平エスカレーターを逆走して、前から尋ねて来た。
 「平和条約を締結しないと、また侵攻されかねない。だから根本的解決を図った」
 戦車を送る事を決めたから、北海道を侵攻されたとも言える。日本政府はほっとくと、連発して悪手を打つ可能性があるので、北方の大国と平和条約を締結して、防波堤を立てる。
 「……合衆国には、何と説明されるのですか?日米安保は、終わりですか?」
 「それよりも、沖縄を返してもらわないと。施政権は日本にある。返還条約違反だ」
 もう台湾防衛戦は終わっている。沿岸部に大打撃を受けた大陸は、当面手が出せない。
 「……次は合衆国と交渉ですか?」
 「でも連邦政府は休業中なのだろう?」
 実際、どういうつもりなのか知らない。彼らは必要に応じて動く。省エネ潜行作戦か。
 「……北方領土は、どうされるのですか?未解決のまま、平和条約を締結するのですか?」
 日本国全権大使は、立ち止まって、振り返った。
 「大を取り、小を捨てた。あとは結果を待つだけだ」
 何事にも限度がある。総取りはできない。だから四島を捨てた。代わりに平和を得る。
 「……戦車を送らず、日米安保を切り、北方領土をただで渡して、北方の大国と平和条約締結は、譲歩し過ぎている。国益がないとの指摘がありますが、どうお考えですか?」
 だが旧敵国条項の適用は一つ外した。これで双方、新しい地図がひける。
 「日本の戦争は今、終わった。今、独立した。これが真の戦後だ」
 「……それはどういう意味ですか?」
 「日本は、合衆国とも、北方の大国とも、互いに敬意を持って接する。ゼロスタートだ」
 日本全権大使がそう言うと、随行員から、もう発言を止めるように助言があった。歩きながら、マスコミに答え過ぎていると言う。原稿もないのに、打ち合わせもなしに、発言する事は危険過ぎる。身を滅ぼすと警告された。与党幹事長からの指示か。余計なお世話だ。
 「それから私は、中華料理が好きだが、この国を中華炒めにしたくない」
 とりあえず、赤と黄に染まったスーツについて、感想を述べておく。それくらいいいだろう。日本国全権大使とトマトとタマゴの中華炒めだ。クリーニング代が代金か?
 「……大陸とも距離を取るのですか?日本はどこの国と手を組むのですか?EU?」
 日本国全権大使は、その質問に答えず、空港から立ち去った。誰もタオルを出さなかった。

 議員一年生が、自宅に帰ると、玄関が燃えていた。火炎瓶攻撃だ。平和条約の抗議者たちが放ったらしい。とりあえず、離れた場所から、自宅が燃えている様子を見守った。
 「キャスター、風流だな」
 隣の仙人は、胡乱気(うろんげ)な様子で、議員一年生を見やった。
 「……お主の精神の方が、風流じゃよ」
 消防車を待ったが、消防車が来る様子がない。仕方がないのでスマホで119番したが、火山灰がどうとか言っている。要するに、来ないらしい。因みに今は降灰していない。
 止むを得ず、自宅に備え付けの消火器を持ち出して、鎮火する。幸いな事に、大した火ではなかったので、玄関先が燃えただけで済んだ。だが直後に、特警が来て、火災現場のため危険があるという理由で、自宅から立ち退きを命じられた。因みに燃えたのは玄関の扉だけだ。
 「……倒壊の恐れがあります。専門家が診断するまで、この住宅は立ち入り禁止です」
 「玄関が燃えただけだぞ。どう考えても、倒壊の恐れはない」
 「……素人判断は、極めて危険です。専門家の言う事を聞いて下さい。科学です」
 「私の家だ。倒壊しようが、どうしようが、私の勝手だが?」
 「……いけません!命の危険があります!警察の指示に従って下さい!最悪、危険回避のため、人道上の理由から、身柄を拘束させて頂きます!」
 「議員の不逮捕特権は、どうなっているんだか……」
 議員一年生は、隣の仙人と顔を見合わせた。ここで怪力乱心を使うのはやめておこう。
 こうして議員一年生は、自宅から追い出された。仕方ないので、東京大深度地下政府に行く事にした。都営大江戸線の秘密の駅から、ジオフロントまで降りる。第〇新東京市、いや、旧地球防衛〇本部は、今日も賑わっていた。総理大臣が辞任するらしい。理由は、北方の大国と平和条約を締結する事になったからだと言う。議員一年生は、記者会見の様子を眺めた。
 「……国際社会に顔向けできません。責任を取って、辞任します」
 総理は苦渋の決断をした。あの西側から来たカーキ色の道化師は、怒って帰ってしまった。
 「総理、本当に北方の大国と平和条約を締結するのですか?相手は戦争犯罪人ですよ?」
 マスコミの一人が質問した。え?何を言っている?今からなしとか、在り得なくね?
 「……交渉の結果、義務が発生している。国家として締結せざるを得ない」
 それはそうだ。締結してくれないと、こっちが困る。何のために行ったのか、分からない。
 「全権大使と、事前に打ち合わせしていたのではないのですか?」
 実はそんな事はやっていない。総理大臣の丸投げだ。これは国民の皆さんには内緒だ。
 「……国家の代表として、交渉は全て任せている。それは先方もそうだ」
 総理大臣はそう言って、立ち去って行った。議員一年生が葬った総理大臣は、これで二人目だと言われた。はて、一人目は誰だったか?よく思い出せないが、国連安全保障理事会で椅子を投げた時だったらしい。責任者は責任を取る。うん、組織として、正しい姿だ。
 与党総裁選が始まり、幹事長が立候補していた。これだけ短期間で総理大臣が次々代わると、やる人が段々いなくなり、誰もやりたがらない役職になりつつあった。日本知事会の東京都知事からも激しく「口撃」される。内閣総理大臣は、生贄を捧げる祭壇になりつつあった。
 「……君にも責任を取ってもらう」
 与党幹事長は、議員一年生に言った。どうやら内閣入りするらしい。異例の速度だ。
 「幹事長から、内閣に入るように言われましたが、何のポストを、振られるのでしょうか?」
 議員一年生が、官房長官に尋ねると、暫くの間、黙っていた。
 昼行燈は、官房長官を留任する事が、慣行になりつつあった。国民もこの人の顔だけは覚えている。どんなに総理大臣が代わっても、この人だけは変わらないので、妙な安心感があった。
 「……国家公安委員長兼偵察総局局長」
 それは願ってもない役職だ。偵察総局に正々堂々乗り込んで、ぶっ潰してやる。
 「……いや、私にも分からない。責任云々言うなら、外務大臣じゃないか?」
 それはもう嫌だ。またトマトとタマゴの中華炒めにされる。あるいは火炎瓶攻撃で風流か。
 
 数日後、自宅に帰ると、専門家の診断とやらが終わって、玄関から家に入る事が禁じられた。仕方ないので、裏の勝手口に回って、自宅に入る。ふと、二階に人の気配を感じた。娘でも帰っているのだろうか?猫の鳴き声もする。書斎に入ると、官吏が姿を現した。
 「直諫の魏徴か」
 その官吏は進み出て、慇懃に拱手礼をした。
 「……おめでとうございます。これでまた一歩前進です」
 「国家公安委員長にでもなって、国内の大陸派を一掃したいのだがな」
 議員一年生は、椅子に座ると、もう一人気配を感じた。仙人か。
 「……しかし与党の大半は、大陸派なんじゃろう?」
 仙人は書斎の片隅で、白酒をちびちびやっている。
 「ああ、政府与党は大陸派で、日本知事会はグローバリストたちの群れだ」
 外国からの勢力が、国内に根強く蔓延っている。真の独立にはまだ遠い。
 「……どちらも同時に相手する事はなりません。よく順番をお考え下さい」
 魏徴は指摘した。議員一年生は頷いた。
 「ああ、偵察総局を解体して、大陸派をこの国から一掃するのが、政治目標だ」
 「……世界政府系の西側のグローバリストたちとは、戦わないのか?」
 「いや、いずれあの都知事とは、戦う事になるだろう。いつか化けの皮を剥がす」
 仙人が白酒をやりながら、パソコンの画面を見て、微笑んでいた。
 「……それにしても、お主の人気のなさと、あ奴の人気の高さは、泣けてくるのぉ」
 動画が再生されていた。都知事は、新しい暗号資産の発行を宣言していた。政府が導入した3種の新紙幣が、ハイパーインフレを引き起こしたと批判している。対策として、東京都が中心になって、仮想通貨を流通させるのだと言う。批判もあったが、期待も高かった。
 「……今のところ、あ奴が打つ手は悉く当たっているが、何か秘密がありそうじゃな?」
 仙人は、パソコンの画面を見ながら、そう言った。東京都知事は精力的に話している。
 「都知事を支援している外部組織がある。FTSだ。入知恵はそこからだ」
 Follow the science. NGOだ。だが裏ではとんでもない実態がある事は、すでに掴んでいる。
 「向こうも怪力乱心が使える。能力者たちだよ。淫魔サキュバスとやらを使うそうだが」
 議員一年生は、西麻布で、悪魔営業、地獄ホストと対話した事がある。異能の集団だ。
 「……でも世間から見たら、あ奴が正義の味方で、わしらは悪の一味じゃのう」
 それはそうだ。ちょっと怪しげな仙人から支援を受けている。向こうが天狗系の旭日昇天派なら、こちらは仙人系の低徊技巧派だ。妖怪大戦か?シン・帝都物語か?だが自分に闇の気配が漂っている事は、自覚している。立花神社をくぐれば分かる。光の戦士ではない。
 「自分が何者であれ、悪を倒し、正義を実現する。それが善行だ」
 業腹ものだが、聖徳太子が描いたデザインを実現するしか、生き残る道はないのだ。

          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード91

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