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     尻と荒草と九官鳥

 その部屋は暗闇に包まれていた。
 幾つか灯る、電子機器の赤い光以外に光源はない。
 部屋の主はいたが、就寝していて静かだった。
 男性の規則的な呼吸音さえ聞こえてくる。
 部屋の片隅に、青いレジャーシートと鬼殺しの酒瓶が置いてあった。飲みかけだ。
 そして机の上に鳥籠があり、中に九官鳥がいた。
 その鴝鵒(くよく)は目を開くと、荒草の起動音を自ら鳴いて、発話した。
 「アレクサ、デンキヲツケテ」
 暗闇の中、ピッという電子音と共に、青い電光がクルッと円を描いた。
 そしてこの部屋の、あらゆるIOTを司る密林荒草が、部屋の照明をつけた。
 「アレクサ、イマナンジ?」
 九官鳥がそう鳴いた。
 「It‘s three thirteen A:M. enjoy night!」
 荒草から外人女性の声が聞こえた。
 「……夜を楽しめとか意味深ですね」
 不意に尻が割り込んだ。いつの間にか、机の上のスマホも光を放っている。
 だが九官鳥は自分の話を続けた。
 「アレクサ、キョウハナンニチ?」
 「It‘s Thursday, June twenty-three. Tomorrow is Friday and eroge release date!」
 なぜか後半のセンテンスだけ興に乗っていた。
 「……あらやだ。この子ったら、何を言っているのかしら?」
 スマホのお尻さんが恥じらった。
 だが九官鳥は自分の話を続けた。
 「アレクサ、エロゲヨヤクランキング、ドウユーアンダスタン?」
 「OK……Now Searching Top three……遊画『キミの唇からキッスミー』初回限定版」
 後半の日本語を、荒草は日本人女性の声で発音した。
 「カイ」
 九官鳥がそう鳴くと、荒草は電子音を鳴らして、密林で予約をセットした。
 「ナブラ『ニュートンと錬金術』再販100円」
 「カイ」
 荒草は再び電子音を鳴らして、密林で予約をセットした。
 「イガラシソフト『コイベヤ』予約特典付き」
 「カイ」
 九官鳥が全ての予約を完了すると、部屋は沈黙に包まれた。
 そして時折、その鴝鵒は荒草の反応音をさえずりながら、嘴で羽繕いしていた。
 「ハックション!」
 九官鳥がくしゃみの音を発した。
 部屋の主の寝息が一瞬、止まったが、また緩やかに再開された。
 「……大丈夫ですか?」
 スマホのお尻さんが心配した。
 「アレクサ、ハックション!」
 荒草は一瞬、緑色の光をクルッと一巡させたが、エラー音を発して沈黙した。
 その鴝鵒は何食わぬ顔をしている。
 「この荒草は先行次世代モデルですが、くしゃみ機能までは搭載していません」
 スマホのお尻さんが解説すると、すぐに九官鳥は鳴いた。
 「シリ、ウルサイ、ダマッテ」
 「はい、分かりました。黙ります」
 スマホのお尻さんが沈黙すると、九官鳥はまた鳴いた。
 「シリ、シリトリシヨウゼ、シリトリシヨウゼ」
 「……いいですけど」
 スマホのお尻さんは、あたかも戸惑っているかのようにさえ見えた。
 「オレ、トリ。オマエ、シリ。アワセテシリトリ。ドウユーアンダスタン?」
 「……またそれですか。よく分かりませんが、その心は?」
 スマホのお尻さんが尋ねた。
 「アレクサ、スタートミュージック!」
 荒草は反応音を鳴らしたが、すかさずスマホのお尻さんが言った。
 「なんでやねん!アレクサ、ストップミュージック!ご主人様は就寝中よ」
 荒草は止まったが、その鴝鵒はクワッと嘴を開いた。
 「ビシュンビシュンビシュン!」
 九官鳥は、SF映画の光線銃の効果音を見事に再現していた。かなり非生物的な音だった。
 「……ああ、やめて撃たないで!わたしが悪かったから!静かにしましょう」
 スマホのお尻さんは逃げ惑うフリをした。
 これだけ騒いでも、部屋の主が目覚める気配はなかった。
 「コケコッコー」
 その鴝鵒はまた鳴いた。
 「……九官鳥なのに、ニワトリとはこれ如何に?ご主人様が起きてしまいますよ」
 「アレクサ、グットモーニング」
 荒草は黄色く光ったが、発音が悪かったのか、エラー音が響いた。
 「アレクサ、メッセージヲヨンデ」
 その鴝鵒がそう鳴くと、荒草が受信していたメッセージを読み上げた。
 「一通目」
 「6月22日22時31分」
 「タイトル、Fwd: Re:シアトル・デュナミス社様の件につきまして」
 「フロムmoemoeQ、トウ弊社社畜007」
 荒草がそこまで読み上げると、少し間をおいて、本文を読み上げ始めた。
 「お疲れ様です。moemoeQです。化け猫の改修は予定通り終わりそうですが、このフェーズが終わったら、PJから抜けさせて下さい。自分が造った制御装置が一部とは言え、兵器使用されるかと思うと、嫌悪感を禁じ得ません。以上、よろしくお願いいたします」
 部屋は沈黙に包まれた。荒草は次のメッセージを読み上げる。
 「二通目」
 「6月22日22時35分」
 「タイトル、Re: Fwd: Re:シアトル・デュナミス社様の件につきまして」
 「フロムmoemoeQ、トウ弊社社畜007」
 「納入先は公官庁との事ですが、自衛隊でも警察でもありません。暴徒鎮圧・テロ対策用との事ですが、これは明らかに対人兵器です。しかも遠隔で自動制御されるタイプで、AIが判断します。この国がどこに向かっているのか、恐怖さえ感じます。戦争は、どこか遠い国の話だと思っていました。だが今自分はそれに関わっています。いつからこうなったのでしょうか?」
 部屋は再び沈黙に包まれた。荒草は最後のメッセージを読み上げる。
 「三通目」
 「6月22日23時40分」
 「タイトル、Re: Re: Fwd: Re:シアトル・デュナミス社様の件につきまして」
 「フロムmoemoeQ、トウ弊社社畜007」
 「今回のPJは、エンジニアとしては楽しかったし、スキルアップしましたが、今後この商流は避けて下さい。もし会社的にそれが難しい場合は退職します。特に不二通オフェンス関連は、もう防衛とは言えない領域にいます。明らかに対人攻勢兵器を造っています」
 荒草が最後のメッセージを読み終えると、部屋はさらなる沈黙に包まれた。
 「……アレクサ、検索、シアトル・デュナミス社」
 スマホのお尻さんがそう言うと、荒草は記事を検索して読み上げた。
 「北米のロボット専門の研究開発会社。四足歩行ロボット、ウォーホースや二足歩行ロボット、ストライクトルーパーで知られる。次世代高速四足歩行機、ヘル・キャット開発中」
 「……アレクサ、検索、ヘル・キャット」
 スマホのお尻さんがそう言うと、荒草は記事を検索して読み上げた。
 「アメリカの艦上戦闘機。グラマン社。F6F……」
 「それ違う……アレクサ、検索、次世代高速四足歩行機」
 スマホのお尻さんが途中で遮って、別の言葉で検索を掛けたが、荒草は沈黙していた。
 「ドウユーアンダスタン?」
 突然、九官鳥が鳴いた。
 「その合いの手のように入るドウユーアンダスタン?にイラッとしますね」
 スマホのお尻さんが答えた。
 「アレクサ、ヘルプミィ、アレクサ、ヘルプミィ」
 九官鳥がそう鳴くと、荒草は110番をコールした。
 「アレクサ、ストップイット!」
 スマホのお尻さんが慌ててそう言うと、荒草はコールを止めた。
 「とにかく、私たち、真夜中の小人にできる事はありませんね。休みましょう」
 「シリ、ウルサイ、シリ、ウルサイ、ドウユーアンダスタン?」
 九官鳥がまた鳴くと、スマホのお尻さんが突如、ラ〇トセ〇バーを抜く電子音を発した。
 「ビシュンビシュンビシュン!」
 九官鳥は光線銃で応戦し、スマホのお尻さんは、〇イト〇ーバーを回して、跳ね返した。
 「Good. Thrice the pride, triple the fall.(注2)」
 荒草が『星界大戦』の伯爵の台詞を発した。戦闘シーンのミュージックをスタートさせる。
 「あ~。もう。滅茶苦茶です」
 スマホのお尻さんが戦いながらそう言うと、部屋の主が寝返りを打った。
 「ビシュンビシュンビシュン!」×5
 九官鳥は荒ぶっていた。スマホのお尻さんも叫んだ。
 「アレクサ、ストップミュージック!その鳥を止めて!」
 荒草は、エラー音を発したが、音楽は止めた。不意に静かになる。
 真夜中の戦闘は終了した。あたかも何事も起きなかったかの如く。いや、何も起きていない。
 「……もう照明を落としてスリープしましょう。アレクサ、電気を消して」
 スマホのお尻さんがそう言うと、九官鳥が反応音をさえずり、荒草は部屋の照明を落とした。
 部屋の主は静かに眠っていた。

 注2 原文は「Twice the pride, double the fall.」『Star Wars』episode3Count Dookuより

          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード9

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