《連載小説》4度死を選んだ女が勧める簡単な生き方①

《第1章》あの女が抱えていたもの
━ 人生には衝動が大切になる瞬間がある ━
だれかが言っていた。

あれから15~20年経った。四六時中働き必死に生きている女がいる。
それがあのころ生きていた女で、同じ人間であるかはまだはっきりしない。
その女は昔から感覚的なものが他より優れていたような気もする。

今はのうのうと生きている訳じゃない。1日1日を大切にいきているつもりだ。
これからその女に私という一人称を当てはめてみる。

私を知る親友Aは『この子、今はこんなに明るいけどかなり波乱万丈な生き方してるからね』と紹介した。
そのときは、『そんな波乱万丈な方なんて他にもっといる』と内心おもっていた。
端からみれば至って何も不自由ない家庭に生まれ親も2人いる。借金とりに追われたこともなければ、電気や水道がとまったこともない。誕生日には母がケーキを焼いてくれて、クリスマスには父がサンタクロースになってくれていた。
共働きで育ててもらったため、親と接する時間はかなり少ない方で
小学生の頃友人とで遊んでいて大怪我した時も、泣かずに一人で病院にいっていた。

礼儀作法・言葉遣いには厳しく、教育熱心な親であったと記憶している。


辛かったなんて言葉じゃ済まされないほど悩みもがき死を選んだ。
なのに、4回も生き延びてしまった。

いまでは『ありがとう、生きててよかった。あの時は本当に命を粗末に扱ってごめんなさい』こんな思いのもと【罪(ごう)】を背負って生きているつもりだ。

市内のお金持ちや権力者がエスカレーター式に入る中学に入りたいと親に懇願、みつゆびをついて土下座し中学受験をさせてもらった。
田舎ならではの小学校でそれなりのいじめや仲間外れがアホらしく感じていたからだ。
入学から2年経ち中3になった。

リ○カと摂食障害は中3、14歳から始まった。
摂食障害は当時、ドラマで女優さんがストレスのやり場を【嘔吐】に向けていた。
リ○カは14~16歳の3年くらいで辞めることができた。
これに関しては、本当に生きているか血が流れるのかの確認作業でしかなかった。
後から思うと、受験のプレッシャーや親の愛情が欲しかったのだ。
だが、至って感情はフラット。
小学生が蟻を踏むくらいの感覚でしかなく、自分の影がかかったところに気付いてすらいなかった。


この傷をみた幼なじみから『わたしのお父さんがそういうことをするのは精神の病気だから関わったらいけないよって言われたんだよね』と子どもながらに牽制をかけてきた。
この幼なじみのお父様は消防官だ。なので『それだけ場数を踏んできたのだろう。』14歳ながらに悟った。何も悲しくも虚しくもなかった。
喜びの感情こそ感じなかったが、何か哀れに思えてきて【この子が困ったとき私は黙って手を差しのべたい】と素直に思った。
憎しみはなかったが、カットする場所がお腹になった。
見られたから言われるのなら自分しか見えない場所にしようとおもっていた。

昔から物欲はあまりなかったしアイドルやキャラクターにはまることもなかった。勉強は努力したので出来るほうだった。天才型では決してない。

唯一美味しいものを食べることが嬉しいし、好きだった。

核家族ではなかった為、共働きの分
祖母や叔母(育ての母)に育ててもらった。


【嘔吐】は実母より先に叔母が気付いた。

『トイレ何したの?食べ物粗末にしたら目つぶれるって昔から言われてるんだからやめなさい』
更にエスカレートした。
こういう場合、止めるのは相手の心に触れ一緒に治すつもりでなきゃ逆効果になる。
心に氷柱のような冷たいものが刺さったかのような疎外感、孤独感。
叔母だけは『どうしたの?なにか学校だとかで嫌な事があったの?』と近寄って私を見てくれるような気がしていた。

そんな気持ちは的外れでしかなかったが、当時40歳位の独身の叔母にも人生があったのだろう。
言われた言葉に納得はしなかったが『そうだよね、ごめんなさい。』と応えた。
お手洗いでばれてしまうならばと
夕食後すぐさまお風呂に入り、入浴中にタライに戻しそれをお手洗いに流した。気付かれず叱られず、自由を味わった。嬉しかった。
母は気付いていたようだが触れていいのか迷ったようだったが、何も言ってこなかった。

3月になり、高校受験が終わった。
ほぼ確実に受かると言われた市内でもレベルの高い高校受験に落ちた。
当時の塾長から実家に『合格したら連絡してといっていたはずですよ』と確認の電話がかかってきた程、受からなかったことに周りも仰天していた。
手を抜いた訳でもなく、39度の高熱を隠して受験した。
全く後悔はなかったが、中学浪人して再受験すると心に決めた。
だが、担任と両親が猛反対したため、滑り止めの高校に無理矢理入ることとなった。
ショックななのは自分なはずなのに、親に良いところを見せれなくて申し訳ない気持ちでいた。


女子高に入り、担任の教師が女子高を誇り高いものだとホームルームではなしており、それをキラキラした目で聞いている生徒達がいた。

『皆志望校落ちたからここにいるのに何で楽しそうなんだろう』そんな思いと
気取った感じが合わなかった。
お金持ちが集まる中学で上品さをみせていただいた経験からなのか。
きな臭い偽物のかおりがして自分は気取らずに親切に等身大で生きようと思っていた。
手首は見られないように、とにかく気を付けた。

それと共にアルバイトを始めた。
バイトで稼いだお金で好きなものを夕食に選んで買って食べて出した。
母や叔母にはダイエットしているから夕食はいらないと嘘をついた。
何とも言えない果てのない自由と秘密。
【食べて出すため】だけに働いた。

このアルバイト先で最初に書いた一歳年上の親友Aと出会った。
私は学級委員タイプ、親友はギャルだけど弱いものいじめが嫌いなタイプ
同じ学校だったら挨拶しか触れあうところがないほど真逆のキャラだった。

そこから毎日のように遊んだ。
『私の手首みえるよね?気持ち悪いかな…』
どんな言葉がきてもいいように心に完全にバリアを張りふとそんな言葉を投げ掛けてみた。
親友は『んーぶっちゃけ痛そうだけど気持ち悪いなんて思わないよ!』と言ってくれた。
次に『勿体ないって言わないで聞いてほしいんだけど私【過食嘔吐】してしまうんだ。でも、Aといたら楽しいから食べたままでいれてるんだ。ありがとう』
親友A『ありがとう言われるよーなことしてないしー大丈夫だって!』

ここから、家族以外に話したことのない【感覚】の話も打ち明けられるようになった。【感覚】の話は次の次にでも綴ってみるが、夢のような話だ。

高校に入学して初めての夏休みがきた。
親友Aは夏休みだけ金髪に染めていた。私も染めてみたいななんて思春期らしい感情が生まれた。
プラスの感情。何色が親にばれないか考えるのが楽しみだった。


このあと、人生がかわる出来事を起こした。


《第2章》へ続く




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