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『立花隆の最終講義』ノート

立花隆著
文春新書
 
 私たちの世代で一番有名な著作は、1974(昭和49)年10月発売の、『文藝春秋』11月号に掲載された『田中角栄研究~その金脈と人脈』(後に単行本・文庫本化)であろう。このあとも、立花隆はロッキード裁判を欠かさず傍聴して、朝日ジャーナルに傍聴記を連載していた。ちなみに、私は学生時代(昭和46~50年)、なけなしの金で朝日ジャーナルをほぼ毎号買っていた。
 あるインタビューで立花隆は、田中角栄の金脈問題は自分の主たるテーマではなく、もっと科学的なテーマを突き詰めたいというようなことを言っている。この田中金脈問題の追及は20名くらいでチームを組んで、会社や土地の登記簿謄本を徹底的に調べて書き上げた調査報道の先駆ともいえる作品で、後のルポルタージュの手法に大きな影響を与えたと思う。
 
 彼の著書だけをみても、政治や各種の組織論、医療や脳死問題、臨死体験、精神と物質、生命と人体、宇宙、天皇論、国家論、読書論など広範囲にわたり、著者の守備範囲の広さは、まさに現代の〝知の巨人〟といえるであろう。
 著者は、まだまだやり残したことがあると、この『立花隆の最終講義』にそのテーマや未発表の原稿のタイトルを載せている。
 
 私は一度だけ立花隆本人を見かけたことがある。東京市ヶ谷の出版社に勤務していた頃、ランチの場所を探して、日本テレビ通りを番町から麹町に向かって歩いているときに、ぼさぼさ頭の素足にサンダル履きの人とすれちがい、あれ、見たような人だと思い、すれ違ってから立花隆だと気付いて振り返ったら、飲み屋か喫茶店の地下への階段を降りていった。
 
 この本は、2010(平成22)年6月に文藝春秋本社で東京大学立花ゼミ生に行ったおよそ6時間に及ぶ講義録である。
 
 第一章[序]では、70歳を迎えた著者が20歳の学生たちに伝えたいという興味深い話がいくつも書かれている。
「今、六十歳、七十歳と一口に言ってしまいましたが、六十代と七十代は全然違うものだということが、自分が実際に七十歳になってみてはじめて分かりました」と書いている。そして、何が違うかというと、肉体的には大した変化はないが、心理的に大きく変わり、自分の死が見えてきたなという思いが急に出ていたという。最後の一山を越えたとまで言う。私もいま70歳ちょうどで、まさに同じような感慨を持っている。
 また、いままでの経験から学生たちに、「今からはっきり予言できることは、君たちの相当部分が、これから数年以内に、人生最大の失敗をいくつかするだろうということです」といいつつ、失敗には取り返しがつく失敗と、取り返しがつかない失敗があるので、君たちの失敗が後者でないことを祈るばかりといっている。そしてその失敗の原因で一番多いのは「思い込み」だという。
 
 第二章[死]では、臨死体験に関するテレビ番組を制作したり、『臨死体験』という本(上・下2冊)を書くために世界中を取材して回ったことに触れている。
その中で得た結論は、「そもそも人間の肉体と精神の基本構造は、死に対してそれほど超えがたいバリアを張っているわけではないんだ」と感じるようになったというものだ。それが死を目前にしている人々を直接取材することによってわかったという。そして、〝臨死体験〟を構成する諸現象を事前に体験するメカニズムが人間のもともとの心理・生理機構の一環として組み込まれているのではないかと考えるに至ったと書く。
 
 第三章[顧]、第四章[進]、第五章[考]、第六章[疑]でも、哲学、宗教、ジャーナリズム論、芸術論、政治分野、数学や科学分野から文明論、はては世界情勢まで興味深い話を若者たちに話している。これらを直接聞いた学生たちが羨ましい。
 その中で私が特に興味を持ったのは、フランシス・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』の解読・解説である。『解読「地獄の黙示録」』という本を出していることを初めて知った。いままで本屋で見つけた立花隆の著作のほとんどを購入していたはずなのに、寡聞にして知らなかった。
 
 立花隆の事務所は文京区にある。細長い土地に建てられた4、5階建て(外面からはわからない)で、黒い壁面にクロネコの絵が描かれてあるので、通称「猫ビル」という。週刊朝日だったか書籍だったかで、イラストレーターの妹尾河童が、この猫ビルの中を俯瞰して壁中本棚に囲まれた建物内部の精緻なイラストを描いていたのを昔興味深く眺めた覚えがある。また私の机の引き出しには、〈立花隆用箋〉と印刷された400字詰めの原稿用紙が数枚残っている。出版社時代に通信販売(古い!)で、戯れで購入したもので、モンブランのマイスターシュテュックで若い頃粋がってそれに書評を書いていた。ペンの走りがよく、滲まない紙質であった。
 
 立花隆は昨年の4月30日、80歳の生涯を閉じた。
 
 

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