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『ちゃんぽん食べたかっ!』(上・下巻)ノート


さだまさし著
小学館文庫
 
 いまから7年ほど前、NHKで『ちゃんぽん食べたか』というドラマが放映されていた。番組表で「ちゃんぽん」の文字が目に入り、さだまさしの自伝的小説を元にしたドラマだったので興味があり、全9回の放映を録画して視聴した。
 この時、初めて主演の菅田将暉を見て、以後彼のファンになった。
 
 原作の小説『ちゃんぽん食べたかっ!』は、TVドラマのほんわかとした各場面からは想像出来ないほどのさだまさしの波瀾万丈の出来事が描かれている。
 幼いころからヴァイオリンの才能を見出されて高名な先生について練習に励み、中学進学を機に単身上京して、ヴァイオリンの大家に師事して練習に明け暮れる日々。しかし音楽大学を目指しながらも挫折し、音楽系高校の受験も失敗してしまう。
 ヴァイオリン一筋の人生と自分の才能に自信を失い、長崎の実家の困窮もあって、バイトに明け暮れ、自分の歩むべき道を失おうとした時も、学校の友人や、音楽仲間、バイト先の雇い主の人たちの温かさに触れ、助けられてきた若い頃のエピソードが多く描かれる。
 さだはバイトの昼夜掛け持ちの疲労でついに急性肝炎になり、療養のためやむなく実家に帰郷したが、そこに昔からの音楽仲間のギターの達人・吉田政美が失踪したという電話がバンド仲間からかかってきた。
 まさしは、吉田が東京から車で長崎に向かっているという予感が働く。彼は素早く計算して、今日の午後には長崎に着くと確信するのだ。はたして彼の予感通り、吉田からいま長崎に着いて近くにいるとの電話があった。
 その後、しばらく二人は暇を持て余しながらも、ギターを持ち出し、さだが東京にいた頃に作った曲を弾いたり、新しい曲を作ったりしていた。
 
 ある時、父親の知人で、さだまさしのヴァイオリンの才能を見抜き、東京留学を勧めた宮崎康平氏(『まぼろしの邪馬台国』の著者、「島原の子守歌」の作詞・作曲者として有名)に、まさしがヴァイオリンをやめたことと、友人と二人で毎日のように曲作りをしていると父親が報告をしたところ、その二人を自分のところに連れてこいと言われる。
 
 二人はさだの両親と一緒に島原の宮崎康平宅に向かい、不機嫌そうな表情の先生の前で緊張しながら二人で何曲か披露したところ、宮崎先生は、父親の方に向かって、「こりゃ面白かばい。この連中、少し遊ばせてみましょうや」と言われる。
 この一言から、さだまさしと吉田政美(グループ名:グレープ)の本格的な音楽人生が始まるのだ。
 
 それにしても、作者にはいろんな人との出会いがあり、決してよかった事ばかりではなかった筈だが、人を見る目が優しく愛情に満ちている。それは父親の幾度もの経済的挫折にもくじけず、息子の意向を尊重してくれる父親と、「お前を信頼しています」と必ず手紙の最後に書いてよこした母親など家族の愛情の賜物であろう。
 
 書名の『ちゃんぽん食べたかっ!』はドラマのタイトルとはちがうが、この言葉は、さだが故郷の長崎に帰りたいときにいつも叫ぶ言葉なのである。
 
 筆者は昭和40年代後半から長崎で大学生活を送っていて、学生時代はグループを組んで音楽に没頭していた。最初は海外ロックバンドのコピーをやっていたが、その後オリジナル曲を演奏し始め、ヤマハ音楽振興会主催のポピュラーソングコンテストに2年続けて出場した。その関係で偶然というか、グレープと同じ舞台を踏んだことがある。
 いまや恥ずかしい限りであるが、ほとんど同時代の青春の一コマをこの本に重ねて、身近な物語として読めたのは楽しく懐かしい読書体験であった。

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