見出し画像

☆本#60 好きなことできること 「眩くらら」朝井まかてを読んで

90歳まで生きた葛飾北斎の娘お栄の史実ベースの物語。

親がなにかに優れた専門家だと、子供が同業になるケースは多い。医者の子は医者になったり、教授の子は大学院まで行ってやはり教授になったり、役者の子は役者になったり。

お栄の父親は売れっ子の浮世絵師の北斎だったから、お栄も自然と絵筆をとる。

江戸時代の結婚は、政略結婚やお見合いが多い。当時人生50年だったから子孫を残すことが優先だった。それで、お栄も親の薦めで結婚するも、相手が同業の絵描きだったこともあってうまくいかず出戻る。

時代小説を読むと養子が多いことに気付く。朝井まかての小説だけじゃなく、山本周五郎の小説でも日常の出来事のごとく養子の話がでてくる。北斎も、ふたりの息子は養子に出した。それも、士族に。お栄だけ手元に残す。

お栄は結局父親の仕事を手伝いつづけ、弟子のひとり、善次郎と今でいうところのセフレ関係になる。とはいえ、お栄は家事全般に興味がなく、それより絵に打ち込みたいタイプで、相手には既に同棲相手がいた、関係を持つ前から。なので、そもそも結婚は想定外。

善次郎はストライクゾーンが広く、二股しても恨まれずに別れられるタイプだった。江戸時代は一夫多妻制だったから、浮気について現在より寛大だったかもしれない。

お栄と善次郎は、大火を境に一旦疎遠になり、お栄は絵描きに専念する。

お栄は一見強気だけど、何かあると弱い面がでて、父の言葉で立て直す。一方、桐野夏生の「顔に降りかかる雨」のミロは、一見弱く(流されやすく)実は柳のようにしなやかな強さがあって、正反対だなとふと思った。

北斎がいわゆる脳梗塞のような病状でいったん絵描きから離脱するも復活後、長野で大作を仕上げるまで回復する。

ただし、北斎の晩年の作品はお栄の力が少なくないようだ。

とはいえ、同じく長寿だった東山魁夷の絵と比較すると、北斎自身の画力も衰えてないのではという気もするけど。

小説の最後で50代後半のお栄は一旦懇願されて武士の弟の家に身を寄せるけど隠居生活が合わず、旅立ち絵を描き続けることが示唆されている。

お栄にとって、絵を描くことは人生だった。

好きなことは絵描きで、できること(得意なこと)も絵描きだった。

「今でしょ」で有名になった先生は、できることから始めたら、好きなことができるようになったと言っていた。

田辺聖子は、復刻版の小説についてのインタビューで「この話を書くために生まれてきた」というようなコメントを述べていた。好きなこともできることも同じだったに違いない。

お栄は絵を描くために生まれてきて、全うした。

好きなことできることを全うする人生を送りたい、と思わせる小説。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?