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冬の足音が聞こえてくる

ガソリン補給を促すランプが点灯し、スタンドへ立ち寄った。羽織りカーディガンの隙間から冷たい風が入ってくる。

忙しなく行き交う車をぼんやり見つめながら、身を縮めて給油の終了を待つ。携帯のお天気アプリには一桁の最低気温が並び、いよいよ本格的に訪れそうな冬の気配に構えた。

近頃、息子が描く絵の木々は、赤や黄色の葉っぱで彩られている。年中温暖なカリフォルニアで生まれた彼にとって、今年は初めて四季を濃く感じる日々になりそう。


「話に聞いていた通り、大きな空港だね」

日曜日。車の窓から見えるいくつもの飛行機を眺めつつ、出張支度に身を包んだ夫と会話をする。

シカゴ郊外にある巨大な国際空港。乗客、貨物と様々なトランジットを有するハブ空港であり、見渡せないぐらいに広い。引っ越しの移動日は別の空港を利用したので、今回が初訪問。搭乗予定の航空会社があるターミナルを目指して車を走らせる。

「ジャパンにいくエアプレインもある?」

間近に見える飛行機に目をキラキラさせた後部座席の長男が問う。

あるよ、赤いやつと青いやつ。じいじとばあばのとこにいく?うん、それに乗ったらね。いつう?はやくいこうよ。もうちょっと先かなぁ。

帰ろうと思えば帰れるんだけど、と言ったところで、子どもには難解な話だ。移動時間はもちろん、到着後の手間や負担、体力低下、検査に追跡、身動き取れないストレス。そういう消化不良の類をあらかじめ想定できるのは大人だけ。最もらしい理由で自らを諦めさせるのはつまらないけれど、それが現実を生きることでもある。

お互い怪我なく健康で、とそれぞれの任務につくチームメンバーのような言葉を交わして夫の背中にさよならをする。私のミッションは、子どもたちの安全を守りながら日常生活を滞りなく送ること。
出張が多いパートナーとの暮らし。ウイルスが猛威を振るう前までは、ずっとこんな生活だったな、と感覚を手繰り寄せる。前回からちょうど2年が経っていた。


週末の一日はまだ長い。車のナビに、メモしておいた公園の名前を入れた。空港からは30分。助手席から運転席に移り、送迎車でごちゃごちゃした道路を出ようとハンドルを切る。見上げた空が青くて、何とかやっていけそうな気がする。

ディズニーソングをBGMにドライブしながら到着した公園。ここに来たのは2ヶ月弱ぶりだろうか。カリフォルニアから引っ越してすぐ、右も左もわからない土地でホテル生活をしていた頃に、一人で子どもたちを連れてきた場所。

あっというまに駆けて行った息子二人の現在地を遠目で確認しながら、ベンチへ荷物を降ろした。まだ数十日しか経っていないのに、すでに懐かしい。

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あの日、手探りするように過ごした公園は、びっくりするほど蒸し暑くて、ミンミンと鳴く蝉の声に故郷を思った。カリフォルニアのドライな気候とはずいぶん違う。「この夏、知ってる」そう思えることがなんだか嬉しく、湿気さえも心が歓迎していた。

8月、9月、10月、どんなふうに過ごしたんだっけ。慣れ親しんだ街や友人と離れる心細さをどう乗り越えたんだっけ。もう忘れかけている。無我夢中で走り続けたら、季節が二つほど移ろいでいた。
枯れた葉っぱの音が鳴り、視線を向けると土の中にどんぐりを隠しているリスと目が合う。冬を迎える準備中らしい。

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相変わらず緑が豊かな公園だった。あのときと同じように見えるけれど、木々の葉っぱがほんのり暖色に染まっている。「変わっていない」と思うことの中には「気付いていない」もたくさん含まれている。

日々は忙しく、目まぐるしい。すべて感じ取るのはとても難しくて。だから、せめて季節の移ろいぐらいは、めいっぱい吸い込もう。たとえすぐに記憶から消えてしまっても。

そう深呼吸したら、肩の力が少しだけ抜けた。ミッション完遂日は一週間後。ご機嫌に過ごしたい。

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