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大人は涙の理由を知りたがるけれど

変化との対峙は、いつも戸惑う。正解のない答えばかり探している。


5歳の長男が一人で泣くようになった。

繊細で癇癪持ち、こだわり屋さんの彼は、赤ちゃんの頃からそれはそれはよく泣く男の子である。母になって5年以上「目の前で泣いている子をなんとか落ち着かせる」は、私にとって主務の一つだ。


変化のはじまりは、2ヶ月ぐらい前だった。

おもちゃの取り合いが発展して、長男が次男を突き飛ばした。いかなる場合も暴力反対。長男をきつめに叱ると、彼の目はみるみるうちに赤くなり、水分をたっぷり含んだ。大泣きがくるぞ。瞬時に身構える。
ところが、彼はくちびるをぎゅっと結んで立ち上がり、ドシドシ大股歩きでどこかへ行ってしまった。

あれ……?

こっそり様子を伺うと、息子はソファでクッションを抱えてうずくまっていた。初めて見る姿にどきりとする。この子、一人で泣きたいんだ…。スンスンと静かな泣き声が漏れ聞こえる。

胸の奥がきゅうっと痛む。たまらず声をかけてみたけれど、彼は叱られたことに腹を立てているようで「NO!!!」と手を払いのけられてしまった。

この日をきっかけに、息子はときどき一人で泣くようになった。どうやら自尊心を傷つけられたと感じると、こうなるらしい。弟との喧嘩にも彼なりの正義や言い分があるのだろう。その度に私は話し合いを試みた。しかし、拒否の一点張り。

どうしたらいいんだろう。この分野にとりわけ自信も適性もない私は、つい項垂れてしまう。

一人で泣いている、幼い子ども。その姿にいつかの自分が重なる。

あのとき、私も一人で泣いていた。今の長男と同じぐらいの年齢だろうか。

幼少期にたびたび訪問した、亡き父の実家。九州の山に囲まれた田舎で、古い一軒家には囲炉裏の掘り炬燵があった。父の姉にあたる叔母さん、夫で義兄の叔父さん、3人の従兄弟、そして祖母。

訪れるのは、一年に1、2回の頻度だったと思う。引っ込み思案の私は、いつも母や兄のそばにいた。そんな中、3番目の同い年の従兄弟が、よく私にちょっかいをかけてきた。いま思えば、彼なりに仲良くしようと頑張ってくれていたのに、うまく応じられなかった。


ある日、私はついに泣き出してしまった。幼い心なりに「こんなことで泣いてしまった」と恥ずかしくなるぐらい些細なからかいだったと記憶している。その場にいられず、居間を離れて一人になろうとした。仏壇が置かれた静かな畳の部屋に入った。

母がやって来た。兄がやって来た。それでも私は部屋から動こうとしなかった。頑に拒否する私に呆れた二人は、それぞれ元いた居間へ戻っていった。

しばらくしてやって来たのは、叔父さんだった。目線が同じ高さだったから、しゃがんでくれていたのだろう。一言、二言を話しただけで、どうしたわけか私の心は落ち着き、差し出された叔父さんの手を素直に取った。そのまま二人でお散歩に行き、近所のスーパーで好きなおやつを買ってもらった。

母でも兄でもだめだったのに、叔父さんに手を引かれて出てきた私を、みんなが「あら、まぁ」と驚きつつにこやかに見ていたのを覚えている。

どうして叔父さんに対しては素直になれたのか。息子の一人で泣く姿を見て、突然に蘇ったワンシーン。

当時の私と答え合わせのしようはないけれど、一つ理由付けするならば、叔父さんは私に対して何も訊かずに、ただ「お外へ行こう」と連れ出してくれたことだ。

母や兄は、近しい関係性がゆえに問うたり諭したりしたのだと思う。何で泣いてるの、早く戻っておいで、と。今の私が息子に対してするように。自分でもなぜ泣いているのかよくわからない。だから言われたくなかったのかもしれない。

幼い子どもの涙は、案外と単純なものではなく、複雑に生み出されている。本人も困惑するほどに。そう考えると、親が率先してやる対応は、代弁でも解消でもない気がする。


先日、また同じような場面が起こった。息子はソファどころか階上にある子ども部屋に篭ってしまった。なだめに行こうとして、ふと思い直した。しばらく一人にさせよう。

放っておくんじゃない。信じてみようと思ったのだ。わずか5歳だけれど、息子の内省する力を。

信じて、ただ待つ。

涙の理由を一緒に紐解いたほうがいいときもあると思う。でも、一人で考える時間も人生には大切だ。彼はその入り口に立っている。

しばらくしたら迎えに行こう。手癖のようになだめるのはやめて、その間は私も息子がどうして腹を立てたのか、自分の言動をちゃんと省みる。タイミングがきたら、しっかり話を聞く。


ずいぶん長く籠っていた。そろそろ様子を…と階段を登ろうとしたとき、視線の先に息子の姿があった。腕にはぬいぐるみを抱えて、泣き腫らした目で。私の姿を確認すると、彼は照れ臭そうにニコッと笑った。

一人で落ち着いて、出てきたんだ。すごい。またもや胸の奥がきゅうっと痛む。あれ、今度は私が泣いてしまいそう。堪えて、笑って、よしよしと羽交い締めにする。

叔父さんに手を引かれたあの日の私より、息子の方が大人の階段を登っていた。

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