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疑う犬

それはいつも角度の問題だ。真っ直ぐこちらを向いている時は、アゴを斜め下へグッと引き、わざとまぶしいような細目を作る。後ろ向きから振り返る時も、二重アゴになるくらいしっかりとアゴを引く。首だけをギュッと曲げて肩から下は絶対に動かさずに、斜め下からグイッと目線を上げてくる。

とても不自然な姿勢、そして目つきが悪い。そう、そうやって疑心感をこちらへ伝えてくる。昭和のヤンキーと同じ手口。グレているのだ。

思い通りにいかない時や、気に食わない事があるとすぐにヤンキー化する。疑心感満載の目つきで睨んだ後は、すぐにプイっとそっぽを向く。そっぽを向くと、いくら声を掛けても振り向かない。ヤンキー語で言うところの「メンチ切ったった」状態。後頭部から肩にかけてのボディーラインがクッキリハッキリと拒絶の意志と反骨心を貫いている。

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最悪なシチュエーションはブラッシングと爪切り、どちらも不快で仕方がないらしい。だから嫌がる。でも人間と一緒に暮らしている以上、身だしなみには気を付けて欲しいから、嫌がっていても私はやる。嫌われたって、私はやる。すると、毎回嫌がっているのに性懲りもなくそんなことをするなんて信じられない!!と言わんばかりに全集中で疑いの目を向けてくる。


柴犬の換毛期は雪まつり。内側の白いアンダーコートがポンッポンッと軽快に抜け落ちる季節。ちょっとブラシをかけただけで人工降雪機の如く、白くてフワフワとした綿のような毛がエンドレスに降り散らかって、辺り一面が真っ白になる。そんな時期にこまめにブラッシングをしないと、抜け残った毛が皮膚の上で蓄積して、ドレッドっぽい質感になって大変レゲーなことになる。だからブラッシングをする。そこんとこ私は容赦しない。

そんな少し絡まっている箇所を軽くキュイッとブラシで引っ張ろうものなら、ギャワワワンッワンワワンと叫んで大袈裟に倒れ込み、斜め下から例のあの、疑いの目線を向けてくる。口はワワンの余韻でパクパクしたまま。親父にも殴られたことないのに、と言い放ったアムロの表情と重なる目つきが心に刺さる。でもそんなことで手を止めてしまったら、一生ブラッシングが出来ずにドレッド柴犬になってしまう。そんな柴犬は嫌だ。


爪切りはホラー映画の上映会。爪切りを持って近づいただけで、ウオォォォォ!!ギャンッ!と雄叫びを上げるウチの犬。悪の形相をした子供のおもちゃ、チャッキーが、私の後ろで包丁を振りかざしているんじゃないかと疑うほどだ。上手く気をそらして気づかれないようにそっと足を持って爪を切る寸前までいけたとしても、実際に切ろうとすると、ギャワンッ、ワワワワンッ。恐怖に怯えた顔で、信じられない!まさかあなたがそんなことをするなんて!!と言わんばかりに疑いの目を斜め下から向けてくる。まるで私が残虐無道の殺し屋のようじゃないか。

おかげで、週一もしくは二週間に一度の割合で爪切りチャレンジをしているのに、ウチの犬の爪はいつも立派に長い。歩く度にカチャカチャ音がする。

犬が飼い主を疑うって、主従関係が崩壊してるってことよね。確かに、ウチの犬は私のシモベではありません。種が違うので、親子という感じでもない。どちらかというと、仲間。人間社会で生活をしているという立場上、私が世話をしているけれど、お互いの気持ち的には同等な関係。

だからもちろん、私が気に食わない時は、躊躇なく疑いの目線を向ける。拒否柴発動でテコでも動かなくなったら、めっちゃメンチ切ったるよ。なんならアゴをクイッてして問い詰める。どういうつもりなん?って。

南仏の空の下、タイマンの如くにらみ合う犬と飼い主を見かけたら、それは私たち。

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