AIによる映画制作、著作権や肖像権の問題、そして翻訳のこと

今朝のNHKニュースで気になった項目。生成AIを使って3カ月でつくられた映画の映像がすこし流れた。既成作品を多数学習させて組み立てられたものらしい。人物は映っているが、話すときの口もとの動きはぎこちない。個人的には、違和感ばかりが気になって、その映画を観たいと思わなかった。

報じられたなかで特に問題となっているのが俳優の肖像権だ。あるベテラン俳優は、ゲームのキャラクターを演じるなかでCG作成のためにデータ化された自身の動きや顔の映像を、別のキャラクターに無断で転用されていたらしい。
「顔を奪われたら俳優はおしまい」であり、こんなことはやめるべきだと訴えていた。

その予防策のひとつとして、人物の顔や動きを撮影してデータ化したら暗号化して、被撮影者の権利を守るという動きがでているそうだ。二次利用するときには許可が必要になる。

また、アメリカの脚本家組合が、AI生成の脚本を使うなというストライキを起こしたらしい。あるプロデューサーは、AIは学習した結果を出すので斬新なものはできない。新たな生成ではなく盗作の一種だ、と言う。

わたし自身も生成AIを使ってイラスト作成をためしたり、情報収集の一助にしてみることはあるが、盗作だよな、と思うことはある。特にイラストは、これを載せたら学習されたオリジナル作品の作者はいやかもしれないと思って、使うのをためらうことがある。一応、日本の著作権では「AI学習のための著作物利用は認められている」としても。

実はわたしが長年生業としてきた英語の実務翻訳でも似たようなことは起きている。ざっくり説明すると、世界中の英日、日英の対訳データを学習した機械またはAI翻訳のシステムが、上流側(ソースクライアント=翻訳したい文書を保有する企業など)に普及しはじめたので、中流(エージェント=企業から翻訳を受注し、翻訳者に発注)や下流(翻訳者=エージェントから翻訳を受注)の仕事量が減りつつある。
その機械(MT)またはAI翻訳のシステムが学習した対訳データには、過去に翻訳者が翻訳してきた成果が含まれる。

それで万事うまくいくのなら、時代の流れだと諦めがつくかもしれないが、たちの悪い問題が生じている。MTやAIによる翻訳は、文書全体の用語統一をしない、文脈を理解していない、誤訳や訳漏れがある、など不完全なものが多い。人間の翻訳者が作業するときは時間をかけて、まず内容を理解し、訳語を決め、言語間の構文や特徴の違いに配慮して表現を工夫しているのに、MTやAIによる翻訳では「こんなのでいいんかい?」というレベルで終わっているものにしばしば遭遇する。

それゆえ、エージェントが翻訳の代わりに、MT/AI翻訳の手直しをするポストエディット(PE)という仕事を、翻訳者に低価格で発注するようになった。しかし、これがまたひどい。専門用語のバラバラな訳語の統一、誤訳や訳漏れ箇所の再翻訳、修正にともなう文書全体の調整、などで相当な手間がかかる。会社で雑な仕事をした同僚の後始末をするようなものだ。なのに報酬は安価。やってられないから報酬に見合う程度で軽く終わらせて納品、などとということは、長年責任をもって実績を積んできた翻訳者にはできない。
最近よく見かける「英語力なくても副業で」という宣伝につられた新規参入者ならそうするのだろうか。MT/AI翻訳の間違いに気付かなければ作業量は少ないだろう。
というわけで、PEもあまりしたくない。

すっかり長くなってしまった。
すでに翻訳業界ではひととおり議論された内容であり、同業者には新鮮味のない記事だろうが、一般の人に向けて自分なりにまとめてみた。
明日もこのテーマに関連したことを書いてみよう。


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