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『闇の底にて与えられん〜発達障害の陰陽』第5話「防衛」(note創作大賞ミステリー部門)

防衛

千佳さんは、私の妻、真未との関わりについても困っていたと話し始めた。

「豊美母さんの形見の桐箪笥について、ビデオ通話で相談したことがありました。」

豊美さん…克己さんのお母様は、10年前に亡くなっている。
お葬式にも参列させて頂いた。

「義理のお母様の遺品の、和ダンスですね。」

「はい。私の部屋は、元はお義母さんのお部屋だったところを使うように、真未さんに指示されました。
その時に、和ダンスを部屋から出したいですか?と聞かれたので、はい、と答えました。

そのことで後日、真未さんから非難されました。」

「真未は、何て言いましたか?」

「独断で処分を決めた、夫の弟に相談もなく、と。」

千佳さんは続けた。
「はい、と答えた後、処分という言葉がでたとき、私は驚いて夫の顔を見ました。いいの?と思って。

そして、私は何も知らされていなくて、判断材料は不足していたんです。

自分の部屋には、他にどんな家具や物を置く予定なのか、大きな和ダンスを置けるのかどうかも、分からない状況でした。

それで、使わない和ダンスを置いておきたい訳ではないので、心苦しく思いながらも、出したいです、と答えました。

元々、私の独断で何かが決まるような家庭ではないのです。
そもそも私に決定権はありません。

夫は自分の弟とは時々連絡を取って居ますので、私が弟さんに相談する立場でもありません。
なぜ、責められたのか、分かりませんでした。」

「それはですね、、、

部屋から出したい、と答えた時点で、すなわち処分される、という先のイメージが全く出来ていなかったと。
ただ、出したいかどうかだけ、答えた、と。そういうことですね。

だけど、あなた以外の人は、あなたが出したいと答えた時点で、じゃあ処分だな、と想定していた訳です。

夫の克己さんは、母親の形見を手放すのはしのびないが、女性のあなたが不要ならば、処分するしかない、と感じられたのでしょう。

だから、あなたの言葉で、結論が出てしまった。

先のことを、あなただけがイメージできてなかった、と。そういう訳です。」

「そうですか…私のイメージ不足、認知の違いがあったということでしょうか?」

「まぁ、そうでしょうね…」

「真未さんとは、他にも困ったことがありました。

私が運転する車に乗っていただいたことがあったんですが…

私は運転が得意では無いので、特に慎重に運転しています。
あ、20年以上、無事故なのでご安心ください。

それで、スマホのマップアプリ画面を出した私に、真未さんが、画面を見てないで私の声の案内だけで運転して、と仰ったんです。

私は、真未さんは、なんて危険なことを仰るのだろう?と思いました。

私がVAKタイプのKタイプということは真未さんもご存知だと思うのですが…」

千佳さんが言うVAKタイプというのは、私が以前に教えたNLP(神経言語プログラミング)のVAKモデルのことだ。

人間を優位な感覚によって分類するもので、VがVisual=視覚、AがAuditory=聴覚、KがKinesthetic身体感覚だ。

そして千佳さんはKタイプ。真未はAタイプだから、自分のやりやすい感覚で指示してしまったのかもしれないが…

千佳さんに一般的なことを説明する。

「我が家の近くは細い道が入り組んでいて、マップアプリによっては車幅ギリギリの細い道や、袋小路に入ってしまって困ることがあるんですよ。だから、特定のマップを使わないで欲しかったんでしょうね。」

「私もマップアプリの経路は参考にしていません。でも、マップの周辺地図で、空間把握して…それに方位も把握できないと…不安だったり…危険だったりするんです。」

おそらく千佳さんには、情報処理にも何らかの偏りが見られるのだろう。

「………まさか、真未さんは、私がKタイプで、さらにVは使えるけれどAは相当苦手ということ、分かっていらっしゃらないのですか?」

「そこまでは分かっていないでしょう。Kタイプとは知っていたでしょうが。」

「え………そんなことも分からずに、あんな風にご指導されてたんですか…?

以前、真未さんは、私は分かるから!って強く仰っていたから、分かって下さってると思っていました。

……………私は自分が感じ取れることは真未さんも当然分かると、勘違いしていました。」

そこからは千佳さんは、小声になり、独り言のように言った。

そっか………だから……私が苦手な早口で口頭指示をした上で、
会話が成立しない、勝手な解釈をする、と私を判断して、
遅い!違う!と私を叱責していたということですね…」

壁にかけた時計をチラリと見た。そろそろ締める頃合いだが、千佳さんは続けた。

「先日も、これからはNOを表明するとお伝えしました。」

そうだ、彼女はそう言っていた。
これまで、何か不満に思いながらも我慢していたことがあったのだろう、そんな様子が見えた。

「真未さんは、私を発達障害だからと半人前扱いをしていると私は感じています。

お家環境プロジェクトで、家具や家電を選ぶように言われたときにも、予算さえ知らされませんでした。
結局は、夫と真未さんが中心となって、私がお料理をするためのキッチンに並ぶ家具や家電を選んだんです。

それで10万円もする最高級の炊飯器を購入することになりました。
内釜がとても重くて、肩を痛めている私には扱うのが大変でした。

そしてオーブンを選ぶ時には5万円台の予算の商品リストを提示されました。

ですが私は普段、オーブンをメインで使ってお料理しますので、提示されたリストの商品は全て、うちの5人家族の献立には、サイズ不足でした。
なので、サイズと機能をしっかり調べて、できる限り安価の前年モデルを探しました。

そして、オーブンの希望を伝えた私に真未さんは、あなたは優先度が分かっていない、エゴを出して、と叱られたのです。

それで、その後は黙っていたら、最後には予算不足でカーテンを購入できなくなりました。

今から思えば、炊飯器は3万〜5万円でも良いものが選べたと思っています。

私は知らなくて良い、という態度で、必要な情報や判断材料を与えずに、批判して叱って黙らせておいて、
夫と真未さんの二人で決めた結果、予算管理に失敗したんです。」

千佳さんは、普段から言葉選びが慎重ではなく、表現が婉曲ではない。
大人になって、ソーシャルスキルを身につけてはいるが、やはり発達障害の傾向もあるのだろう。

「うちの家庭でも僕が家電を選んでいるから、真未は慣れていなかったと思います。
知らなかったとはいえ、真未の言動については申し訳ないと思っています。

あなたに予算を知らせなかったことについては、私も真未に指摘しました。
千佳さんは一体、どうやって判断するんだと。」

普段の千佳さんは、堂々とした人目を引く美人だが、いざ付き合ってみると、ちょっと変わってはいるが、子どものような、明るく可愛い人だ。

優しくお人好しで、残念なことに、お子さんに甘すぎることが原因で、子育てや家庭に良くない影響が出ている。

「真未さんにとっては、夫はクライアントでしたが、私は作業員という位置付けだったと感じています。」

これまで子育てコンサルタントとして10年以上、お付き合いさせていただいてきた。
お互いの子どもたちも仲が良い。

発達障害の傾向のある千佳さんは、そういうことまで考えが至らずに発言してしまうのだろう。

窓の外が暗い。もう18時だった。
今日のコンサルは長時間になってしまった。

「今から真未さんとのSNSメッセージのやり取りのスクショを送りますので、後でご確認ください。」

人に甘い千佳さんを、ここまで怒らせている。
私が参加していなかったSNSグループのやり取りで、妻はどんな発言を投稿していたのだろうか。

「スクショ画面には、送信を取り消しました、というメッセージが何行も並んでいます。
真未さんが、私に対する発言を後から消去されたからです。

他の方にお見せできないような不適切な内容でしたので、
後で消去するという判断力を、送信前に使っていただけたら、もっと良かったかなと思っています。」

真未は自分の投稿を既に消しているのか…後でしっかりと話すとして…

だが今は、この話だけは、しておきたい。
「…千佳さん、分かっているかな。最後にもう一度、確認したいのですが。」

最後に、彼女の理解度を見たい。

「私が父親のアスペルガーを皆さんにお話したことについて。
千佳さんは、こちらの気持ちがイメージできていますか?」

「…他の方の気づきを促すため、ということですね。
それで、とても救われた気持ちになられた方がいらした…

その方にとっては、とても必要な大切なお話だった、と。」

千佳さんの言葉で聞けたことで、今日の目的をイメージ通り達成できたことが明確に見えた。

「それでも、マイノリティへの配慮はありませんでした。

真未さんが私を発達障害だと、ひろママさんに伝えてしまったのも、
赤賀さんがお父様をアスペルガーと皆さんに言ってしまったのも、止めていただきたかったです。

セクハラの場合や、LGBTのアウティングが、参考になると思います。」

「今回、セクハラやLGBTは関係ないでしょう。」

「………………そうですか。」

「一つ、言っておきたいのですが。

私には差別の心はありません。」

「……………そうですか。」

「え?」

千佳さんからは、何か反論などは無いのだろうか?
今度はまた、こちらの言いたいことが伝わっているという様子が見えてこない。

説得はうまく行ったのか?

「千佳さん、良いですか?」

「はい。わかりました。今日はこれで、失礼します。

真未さんからの謝罪を要求します。
口頭ではなく、文章でください。」

今日のビデオ通話は、とても疲れた。
そのまますぐに、ベッドに転がった。

翌日、とりあえず千佳さんには私から個別メッセージを送った。

「真未からの連絡は、内容がまとまるまで、もう少し時間がかかりそうです。
しばらくお待ちください。」

今回、発達障害を暴露したというプライバシー侵害の件を、我々は認めなかった。

では、何をどう謝罪するか…

私の出身は法学部なのだ。
オーケー、この状況を見極めて、対応するだけだ。

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