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『闇の底にて与えられん〜発達障害の陰陽』第4話「発達障害のクライアント」(note創作大賞ミステリー部門)

発達障害のクライアント

克己さんが席を外したことで、ビデオ通話は千佳さんとのマンツーマン形式となった。

赤賀は、伝えようと思っていたことを一気に説明した。
彼女に合わせて、ゆっくり話すよう心がける。

「先日のメッセージは、まぁまぁ認知のズレを感じましたよ。

あんな風に書くと、ビジネスライクでいいってことになりますよ。

コンサルも2時間契約で、延長は追加料金とか。

そういう感じじゃなくて、これまで家族ぐるみでお付き合いしてきたのに。

今年はクリスマス会とか集まれなくなってしまいますよ。

あのメッセージを読んで、普段からあなたは、人間関係が難しいだろうなぁと感じました。

やはり、通院して発達検査を受けてみるといいでしょう。

そして、ご自身と周りとのズレについて学ぶ必要があるでしょうね。」

「………」

「どう感じますか?」

「………」

どれくらい待っただろう?
ようやく千佳さんが口を開く。

「ん〜〜〜そうですね…、すぐには上手く言えないです。」

待った割りに、得るものが少ない。徒労に終わった感。

…さっきの説明を、千佳さんは、理解してくれたのだろうか?

以前からの印象=「知的な人物ではない」の通りだ。
発達検査を受ければ、知的能力も測れて、周りも配慮しやすくなるだろう。

もう少し待ってみる。その間、様々な考えが巡る。

…私はIQが130だ。

ネット上の有料テストを受けた結果で、その時にはSNSでテスト結果を投稿した。
コンサルタントとしては、より信頼を得られるためのアピール材料の一つ位にはなるかな、という程度だった。

実際には、この仕事にIQはさほど貢献していない。

綿密なリサーチと、ひらめきやアイデアなどの智恵の方が大切だ。
頭の回転の速さも役立っている。

それにより、ユーモアたっぷりの例えを使い、難しい話を分かりやすく伝えることができる自分の話術に自信を持っていた。

論理的整合性のある説明は得意とするところだが、彼女に対して発揮する必要はあまりなさそうだな。

…と、そこまで考えた時に、千佳さんが口を開いた。

「真未さんは、私が読んでも良いと思って、あのメッセージを書かれたんですか?それとも、私が読むはずは無いと思って、ミスしたんですか?」

千佳さんが「あのメッセージ」というのは、妻の真未が千佳さんのことを「発達障害」だろうと、ひろママさんに事前に紹介しておいた文面のことだ。

「後からグループに参加した人には、遡って読めないと思っていたようです。なので、千佳さんに見られることは無いと思っていたと言ってました。」

真未は千佳さんに紹介する片付けコンサルタントとして、ひろママさんを見つけていた。
まずは、ひろママさんと二人だけでSNSグループを作成して、一通り説明した後で、同じグループへ千佳さんを招待したと、妻は私に説明した。

「そうですね…もしかしたらSNSアプリの方が仕様変更したかもしれません。」

「そうですか。」彼女は元プログラマーだ。
電話応対や来客接遇など含む一般事務職だった頃に、自分には向いていないと気付いて転職したということだった。

「……………」
彼女が何かを考えているのか、何かを言おうと準備しているのか、分からない。

予定していた件について話す。

「パートナーの克己さんが、あなたとの関係で苦しんでいらっしゃいますが、千佳さんご自身はご自分の特性によって、他にお困りのことはありませんか?」

「はい。夫とのスケジュール調整に困っています。

学校からのプリントを全て俺に見せるように、と言うようになったのですが、共通の場所に返してくれません。重要な提出書類を紛失してしまうので、困っています。

また、提出期限ギリギリに行動を始めるので合わせるのが大変です。

余裕のあるタイミングで準備したくて声かけしても、スルーされてしまいます。

10日前、1週間前、3日前、1日前、当日、、、スケジューラに通知設定して、克己さんに何度も声かけしています。

自分で管理するのを嫌がるので、サポートしていますが、だからといって、私から何度も声かけするのも彼は嫌がります。

私はどうしたら克己さんが満足して、適切にスケジュール管理ができるのか、分からない状態です。」

「あなたに管理は難しいでしょう。克己さんに自分で管理するよう言います。

あなたに何度も声かけしてもらうより、自分でカレンダーアプリに登録した方が本人もずっと楽なはずなんです。

初めのうちは何度か失敗するでしょうけれど、その失敗は学びですので、千佳さんはだいたい放置していいです。…他に困り事は?」

「毎日の献立に困っています。」

ああ、そうか。千佳さんのその言葉から、一瞬のうちにイメージが浮かんだ。

料理は、複雑だ。

冷蔵庫の在庫を確認して買い物に行き、値段を比較検討して、総合的に判断して献立を決定し、複数日数分を予算内で購入し、冷蔵庫へそれぞれ片付ける。

調味料のたぐいも切らすと困る。

メニュー毎にかかる調理時間を見積もり、いただきますの時間から逆算して作業を進める。同時進行で複数のメニューを調理する。

そこへ野菜を切ってから肉・魚を切るなど、細かいルールも組み込んで手順を考える。

子どもが手伝う場合は、意欲を削がないよう注意しながら、本人の力量を見極めて、温かく成長を見守るが、後始末など普段より手間がかかり、安全面では失敗が許されない気分で見守る。

要は、発達障害の千佳さんには、相当に難しい段取りと作業なのだということが見えてくる。

克己さんが普段、イライラする姿も明確にイメージ出来た。
色々なことを満足にこなせないのだろう。

さらに彼女は、今回の真未のメッセージに傷ついてしまってから8ヶ月間、そのことを言えないままに苦しんでいた。
家事など、必要なことに集中するのが難しかっただろう。

だが、彼女の話は違う方向へ。

「夫がおかずが少ない、と言うんです。それで、おかずを増やすと、お金を遣い過ぎと言うんです。

それで、じゃあどうしたら良かったのか聞いても、教えてくれなくて分からなくて。

真未さんからも克己さんの夕食、一品増やして差し上げて〜と何度もメッセージいただいて。

だけど、分からなくて。

それで毎日、試行錯誤していました。」

「…それは」

話そうとすると、さえぎられ、

「あ、大丈夫です。結果、もう分かりましたので。

少し野菜を増やして、ワンプレートに彩り鮮やかに盛り付けると、文句が無いんです。

見た目が一番の希望だったようです。

多分、夫本人も、どうして欲しいのか、自分でも分からなかったのかもしれません。」

発達障害者は常識にうとい。

「一品増やす、というのはですね、、、
一般的には、芋煮やひじき煮、なます等、ちょっとした野菜料理を指すことが多いんです。

刺身を増やしたり、炒め肉を増やしたりするのは、違うんですよね。」

「はい。食事の度に、ため息をつかれるだけだったから、私には最初は分かりませんでした。

結局、半年間かけて試行錯誤して、やっと解決できたんです。」

小さなことにつまづいて、半年もかかるとは。
発達障害があると、予想外な場面で大変な苦労をしているのだな…

「…他に困っていることは?
今、未解決のことはありますか?」

「はい。スケジュールも献立も、結局は夫とのコミュニケーションの問題じゃないかと思うんです。

声をかけると、疲れているのにうるさい、後にしろと言われるし、
だからといって、メッセージにするとスルーされてしまいます。

メールでまとめても、読まれない。
メール送信してメッセージで送りました、と連絡してもダメ。

夫婦で協力して何かを進める時に、夫の克己さんと話し合いが難しくて。

今は、SNSメッセージに【返信不要】とか【重要】とか見出しをつけて送っています。
後は、できるだけ夫の休日に返事をもらうようにしています。

様々な締切日に間に合うように、夫の定休毎に何を済ませておくか、TODOメモにしています。

聞いても答えてはくれなくて、私は察するの苦手ですし、夫の希望がよく分からないままに色々と進めてしまっています。」

「学校のプリント問題と同じ対応でオーケーです。克己さんに私から言いましょう。
おそらく、あなたは手伝い過ぎです。

克己さんも失敗すれば、自分で改善するでしょう。」

「はい。ありがとうございます。助かります。」

「…他に、困った経験はありますか?」

「はい。夫ではありませんが、真未さんとのメッセージのやり取りにも困ったことがありました。」

真未は、片付け専門の、ひろママさんと協力して、克己さんと千佳さん夫妻のご自宅のリフォーム、片付けのコンサルティングを請け負っていた。

この件に、私は関わっていなかったが、今後はこのまま続ける訳にはいかないだろう。


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