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【ゆっくり解説】「オイディプス王」を漫才にしてみた

霊夢と魔理沙のゆっくり動画編集ソフトを使って、「オイディプス王」を漫才にしてみました。30分の動画を見るだけで、ギリシア悲劇「オイディプス王」のすべてが理解できます(誇張)。

私は原作の初読時、「なぜオイディプスは自らの犯罪を忘れていたのか」について理解に苦しみました。
その意味について、本動画では私なりの解釈を与えたつもりです。答えは一つではないと思うので、ぜひ自由に考察して頂けると幸いです。



以下はテキスト版です。内容は動画版と同じです。さしずめ「読むゆっくり動画」と言ったところでしょうか。合計13000文字、動画にして30分なので、結構な長文記事となりました。

テキスト版「オイディプス王」を漫才にしてみた

①冒頭

「こんにちは。霊夢です」
「魔理沙です。今回はあの超有名なギリシア悲劇、『オイディプス王の物語』について解説してみようと思います」

※画像:
オイディプス王の物語とは
紀元前5世紀、古代ギリシアの劇作家であるソフォクレスが作った作品。

「オイディプス王の物語!紀元前5世紀、古代ギリシアの劇作家であるソフォクレスが作った作品ですね」
「そうですね。でも厳密にいえば、オイディプス王の物語は、もともとギリシャ人の間で古くから伝わっていた神話だそうです。ソフォクレスが1から創作したわけではないらしい」
「なんとなく皆の間で語り伝えられていたお話なんですね。日本でいう桃太郎と同じですね」
「ええ。ソフォクレス以外にも、アイスキュロス、エウリピデスもオイディプス劇を作っていたそうです。

※画像:
三大悲劇詩人
アイスキュロス・ソフォクレス・エウリピデス
3人が3通りのオイディプス劇を作っていた。
ただし現存するのはソフォクレス版のみ。

「もっとも完全な形で現存しているのはソフォクレス版のみですが…。もしかすると、他にも数多くの劇作家がオイディプス王の翻案にチャレンジしていたのかもしれませんね。古代ギリシア人の誰もが知ってるこのお話を自分なりに組み立てなおして、再構成した劇をお客さんの前で上演するっていう」
「翻案。つまりジャズでいうスタンダードナンバーみたいなものですね。数多くのミュージシャンによって繰り返し演奏され続けたお馴染みの曲は、もはや誰の作品なのかわからない。強いていえば、みんなのものだよねっていう…。私の勝手な想像だけど、当時、ギリシアの劇作家は、オイディプス王の翻案に挑戦してこそ1人前だ、って感覚があったのかもしれない。それで上演を見に来た目の肥えた観客たちは、『どれどれ。今回出てきた新人は、あのオイディプス王の物語をどのように料理したのだろう』とか言って舌なめずりしつつ観客席から論評していたのかも」
「…(スルー)…」
「偉そうに。まるで現代の日本のお笑い、M1グランプリと同じじゃないですか。視聴者が安全圏から勝手に他人の漫才に点数付けて、何某の漫才は今回はネタ選びにミスっただの、長尺で見たいけど大会向きのネタではなかったからマイナス5点だの…。そのくせ自分は一切顔出ししないし傷つかない。なんと身勝手な視聴者でしょう。評論家気取りも大概にしてほしい」
「まあ…そんなわけで、ソフォクレスという人のつくった『オイディプス王』がとても出来が良かったので、『オイディプス王』ソフォクレスバージョンが、現在に至るまで伝わっているのですね」
「たまたま運が良くて現存しているのかもしれないね」

※現在のテーベの地図

「さて、物語の舞台となるのは、古代ギリシアの都市国家テーベです」「『オイディプス王』と呼ばれるくらいなので、彼は当然、テーベ国の王様だったんだろうね」
「そうですね。オイディプスは王様なので階級の頂点に位置します。ところが、彼は物語を通じて自らの出自を探るうちに、『もしかすると俺って山賊出身だったのでは?今は王様だけど、実は底辺出身だったのでは?』という疑惑が生じます。しかしラストシーンで王家の生まれだったことが判明するのです」
「じゃあ、めでたしめでたしですね」
「いいえ。『ギリシア悲劇』っていうくらいだから、ハッピーエンドなわけないでしょう。彼は王家の生まれだったことが判明したおかげで、地獄のどん底に突き落とされるのですね。……以上でざっくり解説を終わります」「ざっくりすぎね?」
「いや、ふつうにダラダラ解説しても面白くないので、どうせなら私たちで演じてみませんか?」
「オイディプス王の物語を?」
「オイディプス王の物語を。ちょっと私がオイディプス王をやるので、あなたは大臣役をやってくれへんかな」
「なんで漫才コントの入り方やねん。ていうか、これじゃゆっくり解説じゃなくて、ゆっくり漫才(元ネタ:オイディプス王)やないかーい」

「じゃあ先代の王ライオスを殺した犯人はまだ見つかってないの?」
「え、なに、もう始まってるの?」
「 じゃあ先代の王ライオスを殺した犯人はまだ見つかってないのかな~?(チラ)」
「分かったわ、やりますよ。やれば良いんでしょ。ええと、私が大臣役をやればいいのね」

※人物:
オイディプス…古代ギリシアの都市国家テーベの国王
ライオス………テーベ国の先代の王。すでに死亡している

※霊夢、別表情に

②誰が先王ライオスを殺した?

「はい、オイディプス様、今の国王はあなた、オイディプス様です。が、先代の王であるライオスを殺した犯人はまだ見つかっていません」
「なぜ犯人を捜索しないの?」
「事件当時は国に災いが降りかかっていたので、捜索どころじゃなかったのですよ。いわゆるスフィンクスの呪いで国がピンチに陥っていたところ、さっそうとあなたが国に現れ、呪いを解いて国難を救ってくれた。『スフィンクスの呪い』という表現はいささかロマンチックに過ぎましたが、具体的には飢饉で食料が不足したとか、さらに追い打ちをかけるように疫病が流行したとか、まあそんなところです。このようにわが国が苦しんでいたとき、あなたはすい星のごとく現れました。そして見事な交渉力と経済のかじ取り、リーダーシップを発揮して、国のピンチを救ってくれた。その功績が認められてあなたは国王に推薦されたのですよね。一応、わが国は民主主義なので、王の身分ではなくとも、また地元出身ではなくとも、あなたのように実力と実績があれば王になれるという」

※画像:オイディプスが国王に就任した経緯
「スフィンクスの呪い」と呼ばれる国難が発生
→オイディプスが登場。国のピンチを救う
→救世主としての実績が認められ、オイディプスは国王に就任する

「いや、でも今は国難が去ったわけで」
「今は平和ですね。オイディプス王、あなたのおかげで」
「じゃあ、犯人を捜索する余裕があるじゃないの。探そうよ」
「どうでしょう。何年も前の事件ですからね。果たして犯人が見つかるかしら」
「先代の王を殺した犯人を捕まえないと、国としてマズいんじゃないか。先代の王に申し訳が立たないよ。また正直に言うと私のためでもある。今の王は私なので、王を殺すような奴を野放しにしておくと、今度は私の命が狙われるもしれない。私が殺されると、再び国が傾くかもしれない。そうだろう?いいか。これは王の命令だ。その犯人を見つけ出し、大地の果てに追放するんだ」

ナレーション(以下、ナレ):そんなわけで先王襲撃事件が再調査されることになったのである。

「わあ~。びっくりした。なんなのNHK大河ドラマみたいな突然のナレーション」

ナレ:果たして先代の王ライオスを殺したのは一体誰なのか。昔の事件なので手掛かりに乏しい。唯一の目撃者として、当時、王の護衛を勤めていた男(羊飼い)がいる。しかしその男はオイディプス即位後、「やべぇことになった」と言い残して行方不明となったらしい。彼を見つけ出して話を聞くことができれば、何らかの情報が得られるかもしれない。事件調査のために、羊飼いの居場所を突き止める必要があった。

※目撃者の羊飼いポスター

③息子と兄弟による後継者争い

ナレ:また同時に預言者にアドバイスを求めることになった。預言を待っている間、オイディプスは考える。

「だいたい犯人が考えそうなことくらい私には想像がつく。昔から殺人の動機は、権力争いか、痴情のもつれと相場が決まっているからね。どうせ王を殺して自分がその後釜に座り、権力と女を同時に手に入れようと企んだのさ。つまり殺害の動機を考えると、王の存在を目障りに感じていた人物がもっとも疑わしいといえる。
怪しいのは…。
王に手が届く地位にいながら、惜しくも王になれなかった人。
もう少しで王になれそうだったのに、惜しくも王になれなかった人。
それは一体誰だろうね。

※画面:
王、お妃の横を、犯人(背景透過)が立ち絵エリアではなく、画像内をウロウロ。

うん。やはり犯人は非常に浅はかな考えの持ち主だ。たとえ恋敵がいなくなったとしても、本人に魅力がなければ愛する人に振り向いてもらえないし、皆に実力を認められなければリーダーになれるはずない。『あの目障りな部長が辞めれば、自分が次の部長になれるのに』とか、『あの旦那さえいなければ、自分が奥さんとムフフできるのにな』とか、寝言もほどほどにしてほしい。嫉妬心丸出しで短絡的な思考が私は気にくわない。ある意味で殺人より罪が重い。モテたいとか出世したいとか愚痴る前に、まず自分磨きの努力をすべきだ。そうだろう、クレオン?」
「……」
「そうだろう、クレオン?」
「え?今度は私がクレオンを演じるの?」
「漫才ってそういうものでしょうが。演者二人が演技力や声の抑揚によって、さまざまな人物を演じ分ける。それが漫才でしょうが」
「この人は棒読み人工音声になにを求めてるんでしょう。っていうか、他にもキャラクターがいるんだから使い分けた方が…」

※他のキャラクター映像

「そうだろう、クレオン?(スロー)」
「……」
「ねえ、クレオン。先王ライオスの義理の弟であるクレオンちゃん。ライオスの死からオイディプス即位までの期間、暫定的な王として指揮を執っていた。が、リーダーシップに欠け、国難を鎮めることができなかったので、余所者の私(オイディプス)に正式な王の座を奪われた無能のクレオンちゃ~ん」
「分かったよやりますよ。やれば良いんでしょ。え~と今は、オイディプスがクレオンを牽制しているシーンだね。オイディプスとクレオンの二人は、王の座を巡って、いわばライバル関係にある」

※人物
クレオン……先王ライオスの義弟。先王の死後、暫定的な王として指揮を執っていたが、今はオイディプスに正式な王の座を奪われている。

ナレ:王様が死んだ場合、次の王に就く資格をもつのは、慣例的には先王の兄弟か息子である。今回のケースでは、先王の息子は赤子の頃に死亡しているらしく、跡継ぎ争いではクレオンが圧倒的に有利であったはずだ。にもかかわらず、ひょっこり現れた外様のオイディプスに王位を奪われるとは…。要するにクレオンはボンクラである。

「このナレーション、毒舌すぎね?」

ナレ:跡継ぎ争いに負けたクレオンにとって、オイディプスの存在は目障りのはずである。

オイディ:「ところでクレオンちゃん、君は何しに来たのだね。もしかして、預言の結果を私に教えに来てくれたのかな~?あまりにも事件の手掛かりに乏しいので、預言者にでも聞けばなにかヒントを得られるかもしれないからね」
「預言結果を報告します。申し上げにくいのですが、預言によれば、犯人はオイディプス王、あなたであると…」
「そんなはずないよ。事件当時、私はまだこの国にいなかったのだから」

※暗転。オイディプスのみ表示

「はは~ん、クレオンめ、預言者を買収しやがったな。私をはめるつもりだ。先王を消し、私にその罪をかぶせる。そしたら、自分がその後釜に座れる。いかにも偏差値20以下の頭で、がんばって考えた浅知恵って感じですね。さすが嫉妬心だけは一人前のクレオンちゃん。しかし私に濡れ衣を着せようたって、そうは行きませんよ。
では、別の預言者を用意させ、皆の前でもう一度、預言してもらおう。そして預言者は公募抽選で決めるものとする」
「了解です」

ナレ:公募抽選によって選ばれた預言者は、クレオンの息がかかっていない。もちろんオイディプスの身内でもない。いわば中立的な立場から発言できるはずだ。これならイカサマできないだろう、とオイディプスは思った。

※妖夢(預言者)登場

ナレ:こうして預言者が選ばれたのである。

霊夢(かぶせ気味に)「結局、別キャラ使うんかーい」

ナレ:公衆が見守るなか、オイディプスは質問した。

「預言者さん。預言者さん。教えてください。先代の王ライオスを殺した犯人は誰ですか?」
「オイディプス~!お前だから~!!」
「なにぃぃぃぃぃ!!」
「オイディプス~!お前は父親を殺し、母親とファックするクズ野郎だ~!」
「ふざけるな!質問と答えが噛み合ってない!このイカサマ預言者が!」

ナレ:オイディプスは逆上し、預言者の胸ぐらを掴んで殴りつけた。

ナレ:そこにオイディプスの妻・イオカステ妃が登場、オイディプスを制止した。

「あなた、やめて。たかが占いごときにムキになってどうするの」
「いや、ついカッとなってしまって」

※ナレ:2人は舞台の裏手に移動した。

※背景を横スライド

④オカルトと合理主義のせめぎ合い

「占い師の発言など気にする必要ありません。私も昔、こんなお告げを受けたことがありました。『先王ライオスは、私と先王との間にできた子供によって殺されるだろう』って。先王ライオスは、私の元旦那でもありますが、占いを気にする人でした。あの人は、くだらない占いを信じ、『いずれ我が息子によって私の地位が脅かされるかもしれない』とか言って、生まれたての我が子を山奥に捨てさせたのですよ。私がおなかを痛めて生んだ赤子の足首を傷つけて歩けないようにして、山奥に…。なんと惨い仕打ちを…。
それから何年も経ち、私の元旦那ライオスは三叉路で、山賊どもに殺されたっていうじゃないですか。要するに預言は外れたのです。預言者など、ほぼ全員インチキ。どうせ適当なこと言ってるだけですよ」

※イオカステ妃の過去
イオカステ妃はバツイチである。先夫はライオス。現夫はオイディプス。
先夫ライオスとの間にできた息子は、生まれてすぐに山奥に捨てられた。
→イオカステ妃はインチキ預言によって息子を失ったといえる。

※キャラモーション:オイディプスはドキッとする。

「お前、今、何て言った?」
三叉路で殺された、と言いました」

※画像(しばし無音):
先王ライオスは「山奥の三叉路」で殺された。
オイディプスは「山奥の三叉路」で見知らぬ男たちとケンカしたことがある。
あのとき、相手を殺したかもしれない。ていうか多分殺したと思う。

ナレ:オイディプスは若い頃、三叉路で見知らぬ男たちとケンカしたのを思い出した。オイディプスにとっては、山奥で向こうから襲撃されたので正当防衛のつもりだった。また相手は正規の市民ではない奴隷身分だったので、法律的には暴行罪に問われず、大して気にも留めていなかった。しかし、もし相手が先代の王だったとなると、話は違ってくる。オイディプスはがたがた震え出した。

「あなた、しっかりしてください!最近のあなたは変ですよ。占い師の戯言を真に受けて逆上するし。この国を救った頃の勇敢なあなたはどこに行ったんですか?」
「いや、占い師を殴りつけたのは申し訳ないと思っている。でも言い訳させてほしい。まったく同じ預言を過去に受けたことがあるんだよ」

ナレ:オイディプスは自らの過去を打ち明けた。

「知っての通り、私はこの国の生まれではない。私はコリントス国の王家に生まれた。私はコリントス国の王子だった」

「あらためて説明してくれなくても、我がテーベ国民ほぼ全員知ってます」
「このテーベ国にやってくる前、まだ若い頃の話だけど、私は故郷コリントスで酔っ払いに絡まれたことがあるんだ。『この拾い子野郎』って。そう言われたときは『お前の母ちゃん、で~べそ』的な、意味のない悪口だと思ったのだが、でも意外とショックだった。両親(コリントスの国王と王妃)に聞いてみたところ、『そんなわけあるかい』と否定してくれた。が、やっぱり気になって近所の占い屋に聞いてみたんだ。『私は拾い子なのか?』って。すると質問とは全く関係ない答えが返ってきた。『お前は父親を殺し、母親とファックするだろう』って。私は両親と一緒に暮らすのが怖くなった。本当に預言を実行してしまうんじゃないかという気がした。ちょうど思春期で多感な時期だった。私は家出した。見知らぬ土地をさまよううち、三叉路に出くわした。そこで私は、男たちの集団を殺した。あのとき私が殺した相手が、先王であり、君の元旦那・ライオスだったに違いない。
その後はご存じの通り、テーベ入国、国難解決、君に出会って国王就任、こうして今に至るのです。
イオカステ、君の元旦那を殺して後釜に座り、地位と女を手に入れた浅はかな人間とは私のことでした。先王を殺してごめんなさい。君の元旦那を殺してごめんなさい。こんなクズ野郎と再婚する不名誉を君に負わせてごめんなさい。いくら謝罪の言葉を尽しても足りません。冒頭で私が命じた通り、ライオス殺害犯である私は追放されます。王も辞任します。はいフラグ回収です。さようなら」
「あなた落ち着いてください。『私の元旦那ライオスは、私の子供によって殺される』、そう預言は告げたのよ。しかし私の子供は山奥に捨てられ、赤子のまま死んだ。つまりほとんどの預言は外れるわけ」
「でも、数十年前のコリントスでの預言と、今回のテーベでの預言が、示し合わせたかのように完全に一致するなんて偶然にしては出来過ぎている。私の故郷コリントスから、このテーベまで100キロ近く離れてるというのに。預言は真実を告げているとしか思えない」

※画像:
数十年前、コリントス国の預言者「オイディプスは父親を殺し、母親とファックするだろう」
今回、テーベ国の預言者「オイディプスは父親を殺し、母親とファックするだろう」
数十年の時を経て、オイディプスはまったく同じ預言を受けた。

「預言に振り回されてはいけない。第一、あなたが殺したというその男が本当に私の元旦那ライオスであったかどうか、確かなことは目撃者の証言を聞くまで分からないはずでしょう?」

⑤イオカステの打算

※キャラ側近(さくや)登場

側近「コン、コン。(ノックの音)。あの~。お取り込み中すいません。目撃者の羊飼いが見つかりました」
オイディ「……」
側近「こちらに連れて参りましょうか?」
オイディ「そうしてください。もっとも、彼に証言を求めずとも、ライオス殺害犯は判明しましたけどね」
イオカステ「側近の人、ちょっと待ってください」
「なんでございましょう」
「ひとつ確認したいことがあるんだけど。『私の元旦那ライオスは山奥の三叉路で、山賊ども(複数形)に殺された』。この情報は信頼していいのかしら?」
「はい。これからやって来る羊飼いが、事件当時、そう証言しております。ライオス王が山賊どもによって殺害されたとき、3人のボディガードが同行しておりました。羊飼いはそのボディガードの1人として事件現場に立ち会い、唯一生き残ったのですね」
「山賊ども。つまり、複数人による犯行だった」
「彼の証言を信じるなら、そうなりますね。もちろん、この後、羊飼いが当時の目撃証言を訂正する可能性はありますが」

※イラストで再現シーン

「オイディプス。あなたが山奥の三叉路でケンカしたとき…」
「三叉路でケンカしたとき、私は1人だったよ。相手は4人くらいいたかな~」
「じゃあ、あなたが若い頃に起こしたケンカ沙汰と、ライオス王殺害事件は全くの無関係ですよ。ライオスは山賊ども(複数形)に殺された。一方、あなたはたった1人(単数形)で4人をボコボコにした。きっと2つの事件は別物ですよ」
「ささいな言葉の綾にこだわり過ぎじゃね?私のケンカと、ライオス王殺害事件が別物である可能性など1%以下にすぎない」
「たとえ1%以下であっても、わずかな可能性に賭けるべきですよ」
「どうせ羊飼いはまともな教育を受けておらず、単数形と複数形を使い分けられなかっただけなのでは?よって、ライオスを殺した犯人は…そうです、私です♪」
「まだ、そうと決まったわけじゃ」
「私はこの後、預言通りに父親を殺すことになっているのです。もはや一人殺すも二人殺すも同じですからね、ええ。そしてですね。母親と寝室で二人きり。ムフフの時間でございますね、ええ」
「ちょっとオイディプス!」
「あ、そ~れ、父親殺し、母ファック、あ、よいしょ~♪」
「ダメだこいつ完全に心折れてるわ」

※イオカステ以外は暗転。イメージ画像(黒背景に丸抜き)

イオカステ「いや、待てよ…。羊飼いの気もちになって考えてみると…。羊飼いが保身のため、大げさに報告しただけなのでは?
事件当時、ライオスのボディガードは羊飼いを含めて3人。羊飼い以外の2人のボディガードは殺された。ライオスも殺された。羊飼いだけが、命からがら生き延びた。もし正直に、『犯人は山賊です。山賊1人にやられました』って報告すると、『え。たった1人の人間にやられたの?3人も護衛が付いていながら?…で?他の2人は勇敢に戦って命を落としたわけだ。それに引きかえ、羊飼い君はライオス様を置き去りにして逃げ出してきたんだ。いったい何のためのボディガードなのかな~?』って、職務放棄の罪を責められる。そこで、『いや、敵は大勢いたんです。山賊どもに囲まれ、為す術がなかったのです。無事逃げ切れただけでも奇跡なのです~』とかなんとか、とっさに口から出まかせ言っただけなんじゃ…。
そうすると、オイディプスの即位直後、羊飼いが失踪したのも頷ける。王位就任お披露目式でオイディプスの顔を見た羊飼いは、『やべぇ。あのときの怪力山賊男が、なぜか王様になってる~。犯人は複数名でしたという嘘の証言がバレちゃうかも…』…で、行方をくらましたと思われる。
…あ。謎が全て解けちゃった。やはり、こいつが犯人だわ」

※暗転から復帰。オイディプスは静止中。

イオカステ「側近の人。今すぐ3億円相当の金品を用意してください」
「今、何とおっしゃいましたか?」
「ですから、今すぐ3億円相当の金品を用意してください。目撃者である羊飼いを買収するためです」
「??」
「まもなく羊飼いがやってくるでしょう。彼の目撃証言によって一国の王が殺人犯かつ不倫男であったことが世間に知られ辞任となると、世紀のスキャンダル。再び国難に見舞われることは確実です。これを未然に防ぎ、オイディプス側に有利な証言をさせなければなりません。また先程の占いイベントの参加者には預言の内容やオイディプスのリアクションなど一部始終を知られたので、口止め料として彼らの生活を生涯保障し、王家の人間として懐柔する必要があります。また金で動かないタイプの人間には直接出向いて説得しなくてはなりません」
「了解です。羊飼いをこちらに連れてくるときに、話をつけておきましょう。ライオス殺害事件に関して、『犯人は複数名』という当時の証言を覆さないように、と」

ナレ:イオカステの頭はフル回転していた。側近はイオカステの気丈な振る舞いに感心した。

側近:「感心した」

ナレ:おそらく元旦那のライオスを殺した犯人がオイディプスであるとほぼ確信したであろうに、動揺した素振りを一切見せず、国の準リーダーとして冷静に指示を下すイオカステの振る舞いは、まさしく政治家のそれであった。

⑥使者は第一の真実を告げる

※使者キャラ(レミリア)登場、側近の人(さくや)退場

使者「オイディプスちゃん、お久しぶりです。あなたが家出したとき、王家中が大騒ぎでした。おお、立派な姿に成長されて、見違えるようだ…。失礼、今はテーベ国王に即位されたのですよね。やはりオイディプス様には高貴な血が流れているのでしょう」

イオカステ、画面左上に復帰「あんた誰?」

使者「申し遅れました。わたくし、コリントス国から派遣されてやって来た使者です。重要なメッセージをお届けに参りました。実はですね、この度、我がコリントス国王、つまりオイディプス様のお父様が病死しました。つきましては国葬を行うので、オイディプス様にもテーベ国王としてご出席して頂きたいのです。これは凱旋帰国でもあります。あなたの立派に成長されたお姿を拝見したいと我が国民は望んでいるのです。表の門に馬車を用意しているので、ぜひ」
イオカステ「うひゃひゃひゃ。うひゃひゃひゃ。うひゃひゃのひゃ。………お父様が死んで良かったじゃない。オイディプス、あなたのお父様が病死したってことは、父殺しの預言から解放されたってことでしょう?ほれ見なさい、預言なんて外れるのよ。さあ行きましょう、あなたの故郷に」
使者「なんだこの女…」
オイディ「ダメだ。もう一つの預言が残っている。私の故郷には母親がいる」
イオカステ「あんたね、母親とファックするかもって、あんたのお母さんいくつなの?しわくちゃのババアでしょ?ババアに勃つんけ、ワレ?じゃあ私が一人で葬儀に出席するの?『テーベ国王は占いが怖いので欠席です』って、外交問題に発展するよ」
使者「奥様、一体さっきから何の話を…。我が国王の死亡報告で喜ぶし、我が妃をババア呼ばわりするし。いくら何でも失礼すぎます」
「あらごめんなさい。使者さん、あなたからも言ってやってくださいな。実はうちの旦那は母親と性交するかもしれないと恐れており、かくかくしかじかで…」
「ははーなるほど、そういうことでしたか。オイディプス様に配慮して今まで秘密にしていましたが、やむを得ない。真実を申しましょう。オイディプス様、あなたは」
全員「……」
「オイディプス様、あなたは…」
全員「……」
「オイディプス様、あなたは拾い子です」

※オイディプス、驚く

「え、私は拾い子だったの?」
「実はですね、その昔、山奥に私の旧友の羊飼いがおりました。彼は連れていた赤子の貰い手を探しており、私がその赤子を引き取ったのです。そして不妊で悩んでいた妃様の目に留まり、王家の人間として貰われ、大事に育てられたのです。その赤子がオイディプス様、あなたです。つまりコリントスの国王と妃は、あなたの育ての親ということになる。だから近親相姦の心配は無用です。我が妃とオイディプス様は血が繋がっていないので、万が一ことに及んだとしても問題ありません。さあ、行きましょう」
オイディプス「私は上級国民じゃなかったのね。低俗な生まれの、地の果てからやって来た人間だったのね。なるほど、血は争えないということか。どうせ私は王を辞任する予定です。非正規の市民は非正規の市民らしく、再び地の果てに追放されます。しかし、その前に真実を知りたい。私の出生にまつわる真実を」
「辞任しなくていいから!あんた、どこまでウブなの?王を辞めて地の果てに去りますって、残される側の気もちになってよ。残された私や子供はどうなるわけ?百歩譲って私の家族はともかく、あんたに王を辞められるとリーダー不在で再び国家が傾き、あるいは後継者争いで政治は混乱し、国民の生活が不安定化するんですけど?あんたのちっぽけなプライドと、国民の暮らしと、どっちが大事なの?」
「王の命令は絶対です。かつて王であった私は、殺人犯を国外に追放せよと命じたのです。一度為された王の命令を取り下げることはできません」
「なにその謎の誠実さ。第一、あんたが殺人犯であるとまだ決まったわけじゃないでしょう?真実なんて、これからの証言次第で何とでも」
「そんな私の誠実さに惚れてくれてありがとう。短い間だったけど、楽しかったよ」
「きもっ」

ナレ:そこに目撃者の羊飼いがやってきた。

⑦羊飼いは第二の真実を告げる

※新キャラ(羊飼い)

羊飼い「久しぶりだべ、使者さんよ」
使者「おお、この男が、その羊飼いです。まさかこんなところで再会するとは…。わしらは奴隷仲間なのです」

ナレ:羊飼いは正規の市民ではなく、山地で羊を育てて暮らしていた。若い頃、テーベ国で王の護衛として雇われていたときにライオス殺人事件に遭遇し、他の護衛は全員殺され、彼は負傷を負ったものの一命をとりとめた。つまり彼は事件を知る唯一の生き残りであった。

羊飼い「えーと、オラはライオス殺人事件について証言をするように言われて連れてこられたのだが。だ、だが、オ、オ、オラはなにも見てないし、なにも喋らない。3億円が欲しいからね」
イオカステ(あのバカ。3億円とかいうと、私に買収されてることがバレるでしょうが)

羊飼い「今さら新しい情報を出せって言われても、すべては事件当時にお話した通りだよ。ライオス様を護衛中、オラたち一行は山賊に襲われて、ちがった、山賊どもに襲われて」
オイディ「その事件については解決しました。犯人は私です。私の顔を覚えているでしょう?」
「ひゃああ。そのおそろしい顔面を近づけないで~。怪力山賊男様、お願いです。私を殴らないでください~」
「三叉路でライオスを殺したのは私でしょう?」
「さて、どうだっけな。なにぶん暗かったものでさ」
「かばってくれなくて構いません。私は真実を知りたいのです。羊飼いさん、いや、お父さん」
「は?」
「羊飼いさん、あなたが私の本当のお父さんなのですね。そちらの使者さんに話は聞きました。私はコリントス王家の人間ではなかった。私は羊飼いの家に生まれて里子に出され、こちらにいる使者さんの手を経由して、最終的にコリントス王家に引き渡されたと」

※地図上にキャラ表示

「いや、それは…」
「私は真実を知りたいのです」
「ぶっちゃけ何のことだか、さっぱり分からんど…。オラはただ、ご両親から赤子を山奥に捨ててこいと命じられたのだよ。でも、生まれたばかりの赤子を捨てるのは忍びなくってさあ…。赤子のくるぶしに大きな釘を刺して、歩けないようにしてね。とても惨い仕打ちだったよ。赤子が大泣きして、お母さんも泣きながらその子を抱きかかえて、この子を山奥に捨てて来てほしい、よろしくお願いしますって…。でも赤子を捨てるなんて惨いこと、オラはできなかったよ。それで山奥で途方に暮れてたら、ここにいる使者が貰ってくれるっていうんで、手渡したんだ。その先はどうなったか、オラ知らねぇ」
イオカステ「その赤子って、もしかして…」

ナレ:オイディプスの顔から血の気が引いた。彼はゆっくりとズボンの裾をまくった。くるぶしに釘で刺した傷跡が露わとなった。

イオカステ「キェェェェェェ」

ナレ:イオカステは発狂した。

オイディプス「おぉぉぉぉぉぉ」

ナレ:オイディプスは両目を指でえぐり取った。彼の頬を血が流れ落ちた。そのとき隣の部屋から赤子の泣き声が響いた。

※音声のみ:おんぎゃあ。おんぎゃあ。

ナレ:それはイオカステとオイディプスとの間に生まれた子供の声だった。


●おまけ

クレオン「オイディプス王、ホントに行ってしまわれるのですか?」
オイディプス「ああ。イオカステ、後のことは…」
「私はクレオンです。それともイオカステを演じましょうか?」
「いや…」
「イオカステ姉さんは今、側近の人に介抱されて、部屋でぐっすり眠っています。容体はだいぶ落ち着いたようです」
「ああ…」
「オイディプス王。国外放浪するって、目が見えなくなったというのに、どうするおつもりですか?」
「上の娘が、私と一緒に行きたいと言っている。盲目である私のガイドヘルパーを務めてくれると言っている」
「そうですか。好きにすればいい」
「なあ、クレオン。……私のこと、嫌いだろう?」
「聞いてどうするんですか」
「いや、本来このシーンなど蛇足にすぎないのだけど、このまま物語を終了すると、クレオンの扱いがあまりにも雑すぎるかな~って思っちゃったりして、そんなわけで、要するに、ゴメン。私は君のこと、ずっと疑ってた」
「知ってます」
「クレオン。身勝手なお願いであると自分でも分かってるけど、最後に1つだけ頼みを聞いてほしい。この国のことをよろしく頼んだ。…あと、イオカステのことも。彼女が自殺しないように、支えてやってほしい。…あと、それから、下の娘のことも、よろしく頼む。彼女はまだ赤子だから」
「3つ、お願いしてるじゃないですか。後のことは心配いりません。私は主演の器ではないし、凡人かもしれない。しかし、凡人にも祭りの後片付けくらいはできます」
「すまない」

「オイディプス王、あなたは良くも悪くもカリスマでした。しかし私が唯一理解できないのは、あなたが他人の命を奪っておきながら、その事実をずっと忘れていたということです。たとえ奴隷身分であろうと、王であろうと、命の重さは等しいのではないですか?もしあなたの殺した相手がただの奴隷であったとすれば、あなたは一生、殺人の事実を忘れ、安穏と暮らし続けたのでしょうか?
イオカステ姉さんへの謝罪、私への謝罪はもちろんだけど、あなたは先代の王ライオスに謝罪しましたか?王とか奴隷とかに関係なく、殺してしまった相手を弔う気もちが、あなたからは微塵も感じられない」
「………」
「キレイごとかもしれないけど、いずれ遠い将来、命の重さが平等になるような社会が訪れてほしい。それが凡人宰相の願いです」
「………」
「さようなら、オイディプス」


●エンディング

§配役
オイディプス 魔理沙
イオカステ   霊夢
クレオン    霊夢
預言者     妖夢
側近の人   さくや
使者      レミリア
羊飼い     きめぇまる
大臣      霊夢
ナレーション  声のみ出演


※魔理沙・霊夢は黒子さん・ころボンさんゆっくり
 その他はきつねさんゆっくり
 配布元/nicotalk&キャラ素材配布所


§参考文献
・ソポクレス/オイディプス王
 藤沢令夫 訳、岩波文庫

・吉田敦彦/オイディプスの謎
 講談社学術文庫

§音楽
・ヘンデル/調子の良い鍛冶屋
 音源製作・配布元/クラシック名曲サウンドライブラリー

・スカルラッティ/ソナタ集より  Kk380 Kk87 Kk492 Kk268 Kk9(再生順) 演奏/アルド・チッコリーニ(1962年録音)
配布元/クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~


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