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幸せとは何か、人生に迷った精神科医が伝えたいこと

医者になり、それなりにお金を稼ぎ、何不自由ない生活を手に入れても、その時僕は「幸せとは何か」がわからなくなってしまいました。

今回は、そんな自身の体験談を交えて、幸せとは何かについてお話ししてみたいと思います。

医者になりお金持ちになっても、幸せになれなかった

物心ついたころから要領が良かった僕は、いつしか医者を目指しました。
たくさん勉強して国家試験に合格し、上京して大学病院の医師になる―――そこまでは順風満帆な人生を送っていたのです。

ところが、大学病院の医師としてのキャリアプランに興味を持てず、目標を見失ってしまいました。

周りの同僚達の様に無我夢中で仕事に没頭できず、どこか物事を俯瞰してみてしまう自分は、

「自分がいる場所はここじゃないのかもしれない」
「自分のような異物がここにいてはいけない」
と次第に感じる様になりました。

何の問題もなく人生の階段を駆け上がってきた僕にとっては、初めて味わった挫折でした。

「医者になって人から認められ、たくさん稼げば幸せになる」
と信じて努力してきたので、

「医者になったのに幸せを感じていない」

という事実に直面し、懸命に駆け上がってきた梯子を急に外された様な気分になったのです。

そこで宙ぶらりんになった僕は、そこから、もがくことになります。

まずは、「大学病院を辞めて、フリーの医師になって、とことん稼いでみよう」と思い立ちます。

もっと沢山のお金を稼げば、自分の心が満たされるのではないか
そう考えたのです。

医局を飛び出し、土日もほとんどを医師のバイトで埋め、極限まで働きました。あれよあれよという間に大学病院時代の3倍は稼げるようになり、都内の一等地に住んで何不自由ない生活が手に入りました。

煩わしい組織の人間関係からも解放され、自由に生きられる日々を手に入れた。最初はそう感じていました。
これこそが自分の求めていた「成功」であり、「幸せ」のはずでした。

しかし、そんな生活を1年、2年と続けても、僕は一向に、幸せという実感が持てませんでした。

むしろ、常に心はどんよりとして、いつも何かにイライラしている。当時は、そんな状態だった気がします。

幸せの条件は「成功」ではなかった

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そんな日々のなかで悩みもがきながら
「自分にとっての幸せは何か?」
をさらに自問自答するようになります。

たくさんお金を稼ぐ、好きなものが好きに買える。
こうした物質的な充足を手に入れても、その幸せは長く続かない、それを身を持って知ることが出来たのです。

そもそも幸せの根源にあるのは何か?

人の心を満たすもの、その要素をとことん突き詰めると、「快楽」か「安心」、このどちらかに行き着きます。

英語だと快楽に基づく幸せが「Happy(Happiness)」、安心に基づく幸せが「Well-being」と訳されます。

それまで、僕がずっと追い求めてきたのは、どちらか言えばHappyでした。Happyは楽しいけれど持続性がなく、常に次のHappyを得るための行動をし続けないといけないので、だんだん苦しくなります。

それを初めて理解した時、それまでの自分自身が、沢山のHappyを得るために、回し車の上でひたすらゴールの無い目標に向かって走り続けるネズミの様に思えてきたのです。

一方、Well-beingは、包まれるような安心に基づく幸せです。何かを頑張って得ようとしなくても自然に湧き上がるような充足感です。

Happiness、つまり快楽を人生の中心に据えると何が問題なのでしょうか?

たとえば、依存症になってしまう人たちは、普通の人より快楽を感じにくい傾向があると言われます。
だから、快楽を感じるために、より多くの量を求める必要があり、何度も何度も繰り返しているうちに、次第に依存状態に陥ってしまうと言われます。

また、「何かを忘れるための回避行動」として依存に走っている場合も少なくありません。本当にギャンブルやお酒が好きなわけではなく、何かしら、考えたくない事から逃げる為に依存してしまう。
これは、自分を保つ為に悪い対処行動をとってしまう、いわゆる、バッドセルフメディケーションと呼ばれる状態です。

満たされないものを別の何かで満たそうとするのは人間にとって自然な行動ですが、自分のバランスを保つためには「本当は何が満たされていないのか」、つまり「自分にとっての幸せは何か」、自分と真に向き合っていく作業が必要なのだと思います。

何をすれば自分は満たされるのか、本当は何がしたいのか。

僕自身、もがきながらもじっくり幸せについて向き合って考えた結果、仕事においては「価値に沿って、やりたいことをする」ことが、自分にとってのWell-beingだと気づきました。

僕は、仮に沢山のお金をもらえたとしても、やりたくないこと、興味の無いことを継続していると、次第にメンタル不調を来たしてしまう人間だと解りました。

たとえ、他者の評価やお金という、わかりやすい成功につながらなくても、その仕事に自分自身が価値を感じ、素直に楽しいと思える方向に進んでいる状態こそが、僕にとっての幸せなのです。

本当に意味があると思うこと、価値があると思うこと、やりたいことに一生懸命に取り組んでいる自分になりたい。

そう思った僕は、効率重視でお金を稼ぐ働き方から、やりたいことを実現して世に生かす働き方へシフトしました。

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精神科医に転身したうえで起業し、VRの仮想空間で心に関する悩みを共有できる『メタバースクリニック』を立ち上げます。
※メタバースクリニックの内容や起業エピソードはこちらの記事に書きました

勿論、自分の置かれている現状を変えていくことは、不安や苦しみを伴う場合も多々あると思います。

そんな時は、もし上手くいかなくても、途中で目指す場所からズレてしまっても、その都度、軌道修正すればいい。自分の経験に勝る教科書はないのだから、恥ずかしい失敗も糧にして、何度でもやり直せばいい。

大切なのは何かを達成することではなく、自分の向かうべきものに向かって走り続けていること、それ自体が「幸せ」な状態なのです。

「自分の幸せ」がわからないあなたへ

あなたが今「幸せじゃない」と感じているなら、その不安や違和感を無視せず、じっくり向き合ってみてください。

なぜ「幸せじゃない」と感じているのか?
何がどうなれば、幸せだと思えるのか?
何が満たされていて、何が満たされていないのか?
自分は心の奥底では、本当は何を求めているのか?

そうやって深掘りして自分を分析すれば「何が欲しいか」だけでなく「何がいらないか」も少しずつ整理できる様になります。
物事の取捨選択ができれば、本当に欲しいものにも手を伸ばしやすくなります。

考えているだけでは「自分の幸せ」がわからないことも多いでしょう。
そんな時は、とりあえず気になったものにどんどん手を出してください。

「お金=幸せ」だと思うなら、とりあえず、とことん稼いでみる。
それで幸せを感じる人もいるでしょうし、そこまで感じない人もいるでしょう。僕がそうだったように、実際にやってみないと自分の本音はわからないものです。

「とりあえずやってみる」の精神で可能性をひとつずつ試してみて、トライ&エラーを重ねていってください。

あえて放置する技術

それでも見つからなかったら、あえて放置するのもひとつの方法です。

人生には、自分の力ではどうしようもないこと、どうにもならないことも多々あります。

それを無理に変えようとしたり、遠ざけようとせずにそのままにしておく。ただそこに置いておき、あえて答えを出さない。そして苦悩が通り過ぎていくのをただ眺める。

東洋的な思想で、今風に言えば、マインドフルネスに通じる考え方です。

これはスキルであり、瞑想によって鍛えることが出来る技術です。

「あえて放置する技術」を身につけることで、現実を受け入れる力がつきます。いい意味で一歩引き、落ち着いて現状と向き合えるようになるのです。

不安をあおられる時代

最近はSNSで他人の情報(しかもキラキラした素敵な情報ばかり)がたくさん入ってくるので、とかく不安をあおられやすい時代だと思います。

ただ、僕は「不安こそが人間らしさ」でもあると思うのです。

人生はあなたが主人公の長編小説だとすると、
もし、あなたが読者なら、全部楽しいや良いことばかりのストーリーだったら、変化がなくて全然面白くないですよね?

紆余曲折したり、不安を感じたり、大変なことがあるから、楽しいことも引き立つのです。

だから嫌なことがあっても、挫折や遠回りをしても、人生の深みや味わいに変えてしまいましょう。

そうして、「また一つ、人生という小説に読み応えが加わった」と捉えましょう。

「人生は、現実や事実よりも、捉え方によって作られている」
と言っても過言ではありません。

現実は網膜に映る像に過ぎません。

あなたが世界を明るい場所だと捉えれば、世界は明るくなっていきます。

そして、ダメもとでどんどんチャレンジして、自分の幸せを見つけてください。
近い将来、きっと充実した日々が訪れるはずです。

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(編集協力:秋カヲリ

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