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「『幕張市』をSFするーCivic Vision SF Workshop Series」第一回アーカイヴレポート

実在しない行政区「幕張市」を題材に、豊かな文化を育む新たな自治のあり方やオンライン上の祝祭性を⾼める⽅法など、都市に必要となる基本機能のアップデートや代替案を模索するMETACITYが主催するアートプロジェクト「多層都市『幕張市』プロジェクト」。

そのプロジェクトの⽴ち上げを記念して先日、市民参加型のワークショッププログラム「『幕張市』をSFするーCivic Vision SF Workshop Series」が開催された。

千葉市に縁のあるSF作家によって設立された「千葉市SF作家の会Dead Channel JP」のメンバーを招いて行われた同ワークショップの様子をレポートする。

なお幕張市Webサイトでは、本ワークショップからうまれたSF小説を無料公開中。本レポートと合わせてぜひご覧いただきたい。

本記事は「幕張市創立記念展」マガジンの連載企画の一環です。その他連載記事はこちらから。
・TEXT BY / EDIT BY: Naruki Akiyoshi, Natsumi Wada, Shin Aoyama

市民自ら世界を想像する能力

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今回メンターとしてワークショップに参加したDead Channel JPは、千葉市出身者や在住者によって構成されたSF小説作家集団。「千葉市に縁のある作家の互助組織となること」「千葉市におけるSFコミュニティになる」「千葉市に縁のある作家を国内外にプロモーションする」の3つのミッションを掲げており、当日はDead Channel JPメンバーの高橋文樹をはじめ小川哲、石川宗生、名倉編らSF作家4名が参加した。

今回のワークショップでは、レクチャーを受けた参加者自らが架空の都市である幕張市を舞台にしたSF作品のアイデアを考案、そのアイデアをもとに高橋文樹・名倉編両名が短編小説化し、なんらかの方法でそれを都市のなかにインストールすることを目的としている。

昨今、アーティストらのSF的発想を実装に移すSFプロトタイピングが様々な企業から注目を集めているが、今回は市民自らがSF的想像力を発揮すること=「Civic Vsion」に主眼が置かれている。これには主催の高橋の問題意識が背景にあった。

「新技術やサービス・製品の実装に活かすために、SF作家やアーティスト一個人の発想をある種の御託宣のように扱うのはあまりにトップダウン式すぎると思います。もっとボトムアップ式に市民からできなかと思い、市民自らがSF的アイデアを発想する『Civic Vsion』の考え方を思いつきました」(高橋)。

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最終的な作品としてのアウトプットに関しては作家が担当するものの、その過程に深く関わることが重要であると続ける高橋。確かに何らかのアイデアを実際に作品化するためにはある程度の職能が求められるが、アイデアを発想すること自体は切り離して考えるべきだろう。あらゆる創作活動において技能不足を理由に発信されることがなかった市民の想像力に価値を見出すことがこのワークショップの最終的な目標と言えるのかもしれない。

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突き詰めてロジックで支える行為

イベント冒頭では参加者に向けたレクチャーを実施。SF小説を構成する基本要素、SF的発想を生み出す具体的な方法論の解説や実際の海浜幕張エリアの紹介と共に、他者のアイデアを否定しないこと、そしてアウトプットを優先することなどのワークショップを円滑に進行するための心構えが共有された。

レクチャー後半からは石川、小川、名倉ら3名も参加したトークセッション形式に。高橋がSF小説を書く際に心がけていくことを各作家に問いかけると、小川は世界設定やガジェットなどの一つのアイデアを現在から地続きで考えていくことだと話す。


「例えば自転が止まってしまった地球を舞台にした作品を書く際は、何が原因で自転が止まったのか、どのような経緯がありその後どのようなことが起こったのかなど、現実世界と作品世界の間を埋めていくように論理立てて読者を説得しようとすることを意識しています。論理的に考えていくためにも、そもそもの自転という現象が発生する原理や停止した際に起きうる事象などを調べていくことも作品を書く際には重要かもしれません」(小川)。

石川もその世界の過去と未来に整合性を持たせるようなロジックで支える行為が大切であると小川の意見に同調。加えて、現実とはかけ離れた世界を提示する設定の飛躍度もSF小説には欠かせないと続けた。


「『ドリフ大爆笑』のもしもシリーズのように、日常の延長上にある事象を極端にフリ切ってみると面白くなるかもしれません。その方が単純に読者の関心を引き、キャッチーなものが生まれやすい。あとは読者を納得させれば勝ちみたいなところもあるので、残りはロジックで何とかするくらいの気持ちで考えればいいと思います」(石川)。

SF的アイデアの発想法について話が展開すると、名倉は普段から抱いていた疑問を題材にすることが多いと言う。

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「以前執筆した『異セカイ系』という作品では作中キャラクターに対する作者側の倫理観について書きましたが、他の人が考えていないような個人的な問題意識を真面目に考えていくと自然にロジックが組み上がっていくかなと。他の人には言ってはいけないだろうと思うようなことは議論が深まっていない領域なので、そこを突き詰めていくと作品として出すに値する価値が生まれると思います」(名倉)。

他作家からも、小さい頃に想像していた世界を思い出してテーマにしてみる方法や、社会実験的に現代社会の規範や倫理観にアレンジを加えてみる書き方、タイムトラベルなどのSF作品の定番を取り入れるパターンなどいくつものアドバイスが飛び、作家間の議論は大いに盛り上がりを見せた。

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さつまいもから海洋公民館まで

レクチャーを経て、いよいよ参加者によるワークショップ開始。参加者は「幕張メッセ」「ZOZO」「イオン」「渋幕」の千葉市に縁のある建造物や地名が名付けられた4つのグループに分けられ、それぞれのグループごとにディスカッションを実施した。

Dead Channel JPメンバーがアドバイスをして回りながら、千葉市内外から集まった幅広い出自の参加者が互いにアイデアを出し合いながら作品案を検討していく。各チームごとにフォーカスするポイントや発展のさせ方は大きく異なり、オリジナリティの高い4つの作品案が中間発表で並んだ。

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最初に発表したチーム幕張メッセは、埋立地である海浜幕張の人工性と他地域との経済的格差に着目し、人工島と化した幕張エリアに住まう富裕層とスラム化した総武線沿線の住民との抗争をテーマにした作品案を提案した。さらに、江戸時代中期に国内のさつまいも栽培普及に貢献した青木昆陽が現在の幕張周辺の地域で活動していたことをヒントに、さつまいもを作中のキーアイテムとして取り上げていた。概ね世界観設定の評価は高く、作家陣からはさつまいもの取り扱い方やキャラクターの立ち位置に関するアドバイスが送られた。

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続けてチームZOZOが発表。市外在住者が多いチームZOZOでは幕張エリアのリサーチに時間を割き、地図上から見えた高速道路による地理的分断と小学校の多さに着目して分断と教育をテーマに据えるという。教育を題材とした点で関心を引き、渋谷教育学園幕張出身の小川らが千葉市内での学校教育の実体験をヒントとして提示した。

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チームイオンも他チームと同様に海浜幕張の地理的分断や経済的格差に注目。実社会の土地区分・管理の現状や経済との相関関係をヒントに、大災害を機に生じた土地区分の混乱により経済崩壊が起きた世界において、独自の土地測量・管理技術の活用で経済的優位を獲得した企業を中心に地理上外界と隔絶された幕張市が独立国家化を目指すという世界設定を披露した。さらに、土地の液状化による犠牲者が不死の存在になり幕張市内の富裕層に使役されてバビロンの塔を建設しているなど、細かな設定も複数提案し、その着眼点とアイデアは作家陣から高く評価された。

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最後に発表したチーム渋幕は他チームとうって変わり、1998年まで千葉市美浜区内にあった千葉市海洋公民館こじまをフィーチャー。千葉市海洋公民館こじまは第二次世界大戦時に使用された海防艦をそのまま転用した船型公民館であり、その海洋公民館を再建、軍事施設化した幕張市が海防艦の誘致競売で争った呉市と敵対する世界を描く「海洋公民館町内会戦記(仮)」というユニークな作品案を発表した。作家陣からのウケは良く、そのままフリ切りつつ細かく掘り下げていくべきとの助言が送られていた。

市民自ら書きインストールする作品

再度チームごとに分かれてワークショップは大詰めに。作家陣からのアドバイスを受けそれぞれのアイデアをブラッシュアップする参加者たち。設けられた休憩時間の間にも作品設定についてディスカッションするチームもあり参加者の盛り上がりが感じられた。

最終発表では、中間発表の作品案を発展させたチームや設定の裏付けを細かく整理したチーム、新たに社会実験的なテーマを追加チームなど、アドバイスを経てそれぞれのアイデアを大きく発展されていた作品案が提示された。

それぞれの最終発表を受けて、名倉は幕張の格差・二面性を注目していたチーム幕張メッセとチームイオンの提案をミックスした作品を、高橋はチームZOZOが提案した教育をテーマにした作品を執筆することが決定。また、チーム渋幕の提案は作家らがサポートするかたちで参加者自らが執筆することが決まった。

当初はアウトプットは作家側のみで対応する予定であったが、市民が想像力を発揮するだけに止まらず実装に移すフェーズまで関わる形になったのは、想定されていた以上の成果だと言えるだろう。3名が執筆した作品は幕張市のウェブページにて無料公開されている。最終発表案は中間発表案からどのように発展したのか、作家陣が各作品案をどのようにアレンジしたのかを楽しんでいただきたい。

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5時間に及んだワークショップの最後に作家陣が総括を述べてイベントは幕を閉めた。

小川:僕自身読みたいと思える提案から、自分では発想できなかったであろう提案が多くとても楽しめました。作品が完成したときにどのアイデアがどのように生かされたのかを見てみるのも完成後の楽しみ方の1つだと思います。自分自身他人のアイデアで小説を書くことは少ないので、高橋さんと名倉さんがどのような作品を仕上げるのか楽しみですね。

石川:短時間でたくさんのアイデアが出てくる様子に感動しました。どういう作品になるのか僕も楽しみです。

名倉:多岐にわたるアイデアばかりで面白い試みだったと思います。どのように作品にまとめ上げるか検討しつつ、いい作品にできればと思います。

このプログラムでは参加者自らが都市空間へのインストールを最終目的としている。駅内広告への掲示や書店への持ち込み、幕張エリア内のマンションへのポスティングなど方法を検討しつつ、ワークショップの参加者自らが携わりながら作品を拡散していく予定だ。

同ワークショップを通して、市民が自身の想像力を発揮させることの重要性が再確認された。都市は都市計画家ら専門家の計画・開発からのみ生み出されるものではなく、都市の中に住まう人々による主体的な実践や発想との相互作用によって立ち上がるものであると過去の都市論研究者らによって語られてきたが、今回のワークショップで重視された市民自ら世界を想像する能力=「Civic Vsion」は、これからの都市に住まう市民が獲得すべきアティチュードを考えるための大切なヒントになるかもしれない。

イベント情報

●イベント名:「幕張市」をSFするーCivic Vision SF Workshop Series
●日時:2021年1月17日(日)13:00〜18:00
●会場:オンライン(ビデオチャットサービス「zoom」を使用)
●概要:伝説的SF小説『ニューロマンサー』に登場する千葉市。その千葉市に縁のあるSF小説家集団「Dead Channel JP」が講師となり、市民のビジョン"Civic Vision"を発掘するWSを開催。掘り下げられたそれぞれのCivic Visionsは、Dead Channel JPのSF作家たちによってSF短編化され、幕張市ウェブサイトに掲載。想像力を鍛え、広げる運動を共に起こそう。

ゲスト講師プロフィール

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高橋 文樹|FUMIKI TAKAHASHI(作家)
web開発者にして4児の父。1979年8月16日に千葉市に生まれる。大江健三郎の後を追って東京大学に入学し、フランス文学を専攻。2001年、『途中下車』で小説家デビュー。2007年、『アウレリャーノがやってくる』で新潮新人賞を受賞する。また、同年よりオンライン文芸誌破滅派を主催し、電子書籍を中心としたインディーズ出版に注力。佐川恭一、斧田小夜などの新しい才能の発掘を行なっている。
2016年よりSFへ進出。ゲンロン大森望SF創作講座に参加し、飛浩隆特別賞を受賞。同講座の受講生を中心としたグループSci-Fireの運営やSFポッドキャスト番組ダールグレンラジオのパーソナリティも務めた。再び商業出版での活動も再開し、「pとqには気をつけて」が2018年短編ベストコレクションに掲載されるなどの実績を残している。

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小川 哲 |SATOSHI OGAWA(小説家)
1986年12月25日に千葉県千葉市に生まれる。戦後民主主義の典型である近代的集合住宅「団地」に育ち、読書家である父の書斎にあったハヤカワ文庫のSF作品を読破。俊英の集う渋谷区教育学園幕張中学に進学し、その後東京大学に入学。当初は理系に進学したが、その後文学に転向。中上健次をはじめとする現代文学作家の研究を行なう。大学院博士課程では総合文化研究科に在籍し、アラン・チューリングについて研究する。Fortniteなどのオンライン対戦ゲームを愛好し、SNSは使わない。
大学院在学中の2015年、「ユートロニカのこちらがわ」で第三回ハヤカワSFコンテストを受賞し、作家としてのキャリアをスタート。二冊目となる『ゲームの王国』では日本SF大賞と山本周五郎賞を受賞、現在最も注目される若手作家の1人である。デビューから続けて2作のSFを発表し、本人もSFをその出自と認めているが、現在は満州を舞台にした『地図と拳』を手がけ、その活動の幅は複数のジャンルを横断するものと目されている。

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石川 宗生|MUNEO ISHIKAWA(SF作家/旅行作家/翻訳家)
1984年11月11日生まれ、千葉県出身。米Ohio Wesleyan大学で天体物理学を専攻、卒業後は日英の翻訳家として働きはじめる。主な書籍翻訳に『INSIDE FERRARI』や『記憶脳革命』など。翻訳業のかたわら約4 年間にわたり世界各地を放浪。モロッコで3カ月間のフランス語留学、メキシコとグアテマラでは1年間スペイン語留学をし、ラテンアメリカ文学に傾倒した。2016年に短編「吉田同名」で第7回創元SF短編賞を受賞し、作家デビュー。2018年に短編集『半分世界』を刊行した。現在は東京創元社ウェブ雑誌「Webミステリーズ!」で中央アジア―東欧の旅行記を、集英社「小説すばる」でSFショートショートを連載中。得意ジャンルは幻想文学、SF、不条理文学。ヴォネガット、ルルフォ、ブローディガンのファン。

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名倉 編|AMU NAGURA(作家)
メタフィクション、SF、ミステリーを得意とする作家。1989年7月23日京都生まれ。千葉市在住。東京都立大学で物理学を学ぶ。「アナグラム」のアナグラムであるペンネームからも分かる通り、言葉遊びが得意。
2016年、大森望ゲンロンSF創作講座に参加し、毎月短編小説を書く。卒業後、第58回メフィスト賞を受賞。処女作『異セカイ系』は日本の二大フィクションジャンルをであるセカイ系となろう系のマッシュアップである。同作では作者とキャラクターにおける倫理という哲学的な命題に取り組んでいる。

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