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「ポスト民主主義に必要な技術とは?ーCivicTech Lecture Series」第一回アーカイヴレポート

実在しない行政区「幕張市」を題材に、豊かな文化を育む新たな自治のあり方やオンライン上の祝祭性を⾼める⽅法など、都市に必要となる基本機能のアップデートや代替案を模索するMETACITYが主催するアートプロジェクト「多層都市『幕張市』プロジェクト」。

その⽴ち上げを記念して、市民参加型のワークショッププログラム「ポスト民主主義に必要な技術とは?ーCivicTech Lecture Series」が開催された。

市民がテクノロジーを活用して草の根的に自ら社会をつくる行為=「Civic Tech」をメインテーマに、デジタル民主主義やなどの領域で活動する専門家らが、これからの都市に求められる投票システムや市民参加のあり方について議論するレクチャーシリーズ「CivicTech Lecture Series」。その第1回の様子をレポートする。

本記事は「幕張市創立記念展」マガジンの連載企画の一環です。その他連載記事はこちらから。
・TEXT BY / EDIT BY: Naruki Akiyoshi, Natsumi Wada, Shin Aoyama

これからの都市に要求されるテクノロジー

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「CivicTech Lecture Series」には、MIT Media Lab博士課程兼リサーチアシスタントの酒井康史、株式会社Liquitous CEOの栗本拓幸、CollaboGate Japan株式会社共同創業者の三井正義ら3名がゲスト講師として、METACITY共同代表の青木が聞き役として登壇。

イベント冒頭のセッションは「CivicTech最前線」と銘打って、ゲスト講師らの問題意識を通して、CivicTech関連の最新技術がもたらす新しい社会の可能性や実現に向けての課題を抽出していく。

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Image Credit: DroneBoy for Sidewalk Labs

三井:まずは、グーグル傘下のサイドウォークがカナダ・トロントで行ったスマートシティプロジェクトから考えてみたいと思います。これは個人情報が吸い取られることへの不安から市民の反発が起きてしまいプロジェクト自体破綻してしまったのですが、現在はテクノロジードリブン型のスマートシティプロジェクトがこけているタイミングだと思うんです。今回はこれからの都市に要求されるテクノロジーを検討していけたらなと。
例えば、我々CollaboGate Japanが開発しているような自己主権型IDなどもその1つかと思います。自己主権型IDとは中央集権的な仲介がなくとも、個人がそれぞれのサービスとP2Pで情報を開示する相手を選択できるテクノロジーです。W3Cなどのインターネットプロトコルの標準規格を策定する団体もそれらの新しいID管理を前提に社会実装を目指して模索しているのがいわば人類の最前線と言えます。

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ほかにも都市のバージョン管理技術があれば、個人の日常的な行動の履歴や情報の集合によって、その街の意思決定が行われるようなことも実現できるかもしれない。あとはデータコモンズなどの各種データを市民の共有財産とするような仕組みや栗本さんが取り組まれている新しいコンセンサスアルゴリズムも求められるテクノロジーかもしれません。

栗本:慣例を重視する前例主義や、公共サービスの利用に際して都度各種申請を市民に求める申請主義、全国全自治体が同じ枠組みで運用されることを美とする一律主義など、行政が漫然と抱える都市政策的な課題の大半は、すでにあるテクノロジーをもってすれば解決できるはずです。

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例えば選挙制度。現在は数年に1度の選挙で選ばれた首長や議員が議会で政策を決定していますが、それでは世の中の変化のスピードから取り残されてしまうため、現行の仕組みには限界があるはずです。それに完全に自分の思想信条と候補者の考え方が一致することはありえません。人々の生き方が多様になる現代において、限られた市民参加の方法しかないことは非常に重大な問題であると考えています。
その問題意識から、Liquitousでは民主主義のDXを実現するためにオンライン上の合意形成プラットフォームを開発しています。もちろんコンセンサスアルゴリズムの形成に関して本来であれば、民間のベンチャーではなく行政自身がアップデートしていくべきなのですが、行政側に技術的知見を持つ人が多くないため追いつけていないのが現状です。

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テクノロジーへの恐れ

栗本:このコロナ禍をきっかけに行政のDXに関する議論はこの1年間で想定を超えるほど大きく進展しましたが、今度は市民のテクノフォビアが新たな課題として浮かび上がってきました。市民のテクノロジーに対する恐れをいかに乗り越えられるのか、この幕張市プロジェクトでそのコンセプトを提示できればと考えています。

三井:市民のテクノロジーに対する恐れはこの議論において大切な視点です。行政機関や公共システムに安心できていればそれらの恐れは生まれないはずですが、近年はその信頼の対象が行政ではなくテクノロジーに置き換わっているような感覚があります。

栗本:政府のデジタル化と市民の信頼度に関して、インターネット投票システムを導入しているエストニアが参考になると思います。2019年に実施されたOECDの政府信頼度調査によるとエストニアは42%とあまり高くありません。それでも電子政府的な施策が成功している背景には、政府に対する信頼と言うより、国内外のテックスタートアップの技術を活用しているアルゴリズムへの信頼がおそらくある。日本は38%とエストニアより低い結果が出ているため行政への信頼度の差ももちろんあるかもしれませんが、これから我々が向き合ってシステムを作り上げていく際に、そこに信頼性を持たせることは重要だと思います。

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酒井:懸念されているテクノロジーについてこの場で疑っている人はいないですよね。それらは基本的にプロトコルとしての要求は満たしているにも関わらず不安を抱く人はいる。これをどのように理解してもらうかはポイントだと思います。

三井:エンジニアバックグラウンドがないと理解しづらいのは確かです。まずはプロトコルにはいくつもの層があることを理解してもらいながら、市民側の解像度を上げていく必要があります。どのレイヤーの議論をしているのかを丁寧に説明していかないと前に進まないのではないでしょうか。

酒井:もちろんテクノロジー側も現状全ての課題を解決できる訳ではありません。例えば電子投票に関して言えば、1票の再現性と匿名性の両立という課題がある。これはゼロ知識証明などの暗号学理論に関する技術を応用できれば可能性はあるかもしれませんが、少なくともいきなり国家民主主義レベルで電子投票に置き換えようと言うことではないですよね。

栗本:おっしゃる通り、全て電子投票で全てを決めればいいとは思いません。必ずしも完全に置き換える必要はないと思います。課題はどの段階での意思決定をするためのメカニズムをつくるのか。民主主義をよりロバストなものにするためにはレイヤーを増やすことが肝心なので、今までのような投票方法があってもいいだろうし、投票所で実施する電子投票のような様々なスキームがあってもいいかもしれません。これらは背反することではないのでより多くの方法があるべきではないでしょうか。

酒井:電子投票かこれまでの方法かという二項対立の議論になってしまっていることが投票システムの改革を阻んでいます。それぞれ具体的なコンテクストに落とし込んで考えていくといいのかもしれませんね。

三井:中央集権的に成り立っている現行のエコシステムでも残さなくてはならない部分、守らなくてはならない部分はあるはずです。それこそ都市にはさまざまな視点があるので、全てを分散にしましょうとはならないはずですよね。それらの要素をつなぎ合わせるラストワンマイルのコストに苦しんでいる感覚はあります。

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株式会社幕張市

栗本:セッションの最後に市民参加のあり方について考えてみたいと思います。そもそも、日本では都市における市民参加のあり方や市民と行政の関係性のあり方についての議論が大きく抜けてしまっています。ヨーロッパなどの街づくりの事例を見ると、ハンナ・アーレントやユルゲン・ハーバーマスらのある種の公共性の哲学が引用されることが多いのですが、国内ではあまり参照されません。その街ならではの哲学や住民参加のあり方についての議論が行政側で欠けると、住民側でも同様に欠けてしまう。その負のサイクルを止めるためにも住民参加のデザインをテクノロジーを使ってしっかりと打ち出していく必要があるのではないでしょうか。

三井:市民参加についてはインセンティブをいかに設計するかが重要です。これは企業レベルの話ですが、自律分散型ベンチャーキャピタルファンドThe Daoでは参加した投資家たちから集めた資金の使途を投資家ら自身の投票で決めるという仕組みをとっていました。The Dao自体はシステムに脆弱性がありハッキングされてしまったのですが、参加者のインセンティブを調整できるアルゴリズムがあれば参加意欲に繋げられるかもしれません。

栗本:確かに自分にとってのインセンティブが明確に示されていないと人は参加してきません。参加の意味合いをデザインできれば面白いかもしれませんね。経済的な利益はわかりやすい例ですが、そこを価値観的に乗り越えていくことができれば市民参加はより一般的に広がっていくような気はします。

三井:幕張市プロジェクトで実験できるといい。例えば、株式会社幕張市のようなものを作ってみたら面白いかもしれませんね。

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液体民主主義とリミキシング

イベント後半からは酒井から液体民主主義に関するレクチャーが行われた。

ここでは酒井が制作したプロトタイプ版投票システムを主な事例に、レスリー・ランポートの「The Part-Time Parliament」などの参考論文や事例を紹介しつつ、液体民主主義の仕組みを解説。

参加者は公開された投票システムを実際に動かすことで、自身の票を具体的な政策と他の有権者それぞれに自由に分配できる様子とその意思決定のプロセスを体感した。

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酒井:数千年前にアリストテレスは、独裁制か民主制かのどちらがいいということではなく、その場その場で制度を選択できることが望ましいと言っていました。液体民主主義は独裁制にも完全分散民主主義、草の根民主主義のいずれにも対応します。この意思決定プロセスはいきなり国家規模に対応できるとは思いませんが、企業のオリエンテーションや市民参加型の都市開発プロジェクトにも応用可能です。
さらには、自らの票を分割して投票するという発想はリミキシングの文化にも通ずるかと思います。その分野こそスマートシティの議論で最も足りていません。野望に近い話ですが、この手法を突き詰めればそれぞれの都市の独自性を部分的に選択した新しい都市計画も実現できると考えています。

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レクチャーを終え、参加者との質疑応答に。「液体民主主義政治家に対してどのようにアプローチをするのか?」という質問に対して、酒井は、まずそのような考え方やテクノロジーを単純に紹介することが大切だと答えた。

また、液体民主主義における政策決定の責任の主体は誰になるのかという質問に対して栗本は「別のレイヤーで責任者を選ぶ行為は必要になる」と回答。続けて、液体民主主義的な意思決定プロセスはより多くの民主的な声を届けるスキームとして使えるのではないかと話した。

栗本の回答を受け、酒井は一見矛盾する政策に同時に投票できる点や政策に対する考え方が異なる人物にも票の一部を委譲できる点に触れつつ、「そのような分断を超えた歩み寄りができるだけでも、票を投じることの意味や認識を変えることができるかもしれない」と液体民主主義が持つ市民の考え方を変えうる可能性を最後に示した。

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共に社会実装を目指す仲間

同イベントは登壇者からの参加者へのメッセージで締めくくられた。

酒井:目下考えていることは、三井さんが開発されている分散型IDとどのように接続させるかです。議論のプラットフォームをどのように縫い合わせるのかについても継続して検討していきたいので、その後の動向に興味があればぜひご参加ください。

三井:興味がある人や実装レベルで手が動かせる人がいれば参加して欲しいなと。さまざまなスケールで世の中にうっていこうとしている段階なので、座学で終わるんではなく一緒に一歩踏み出せる仲間が増えるといいですね。

栗本:会社を立ち上げた当初は液体民主主義の社会実装がひとつのテーマでしたが、システムを実装しただけではものごとは進まないと感じてしまいました。いくつかのレイヤーで取り組まなくてはいけない課題はあります。今後のCivicTech Lecture Seriesでも、コモンズ的な発想でより多くの方を巻き込みながら皆さんと一緒に膨らますことができればいいですね。

これからの市民参加のあり方を検討していくためにはより幅広い知見が求められる。興味を持った方は今後のCivicTech Lecture Seriesに参加してみてほしい。


イベント情報

イベント名:ポスト民主主義に必要な技術とは?ーCivicTech Lecture Series
日時:2021年1月23日(土) 13:00 〜 15:00
会場:オンライン(ビデオチャットサービス「Zoom」を使用))

登壇者プロフィール

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酒井 康史 | YASUSHI SAKAI(MITメディアラボ・シティサイエンス 博士課程/情報建築学会理事)
1985 年生まれ。日建設計/デジタルデザインラボを経て、現在 MIT Media Lab 博士課程兼 リサーチアシスタント。人とテクノロジーの関係を探りつつ、なかでも"都市という機械” を対象に研究する。分散ヴァージョン管理システムや新しい民主プロセスを参照し、建築 や都市における集団的合意形成をサポートするシステムの開発に携わる。
業績としてクーパーヒューイット美術館(米国 NY 州, 2018)や Siggraph(カナダ, 2018)など展示や、文化庁 メディア芸術祭審査員推薦作品(2014)や Golden Art Hack Award(2014)などの受賞がある。

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栗本 拓幸 | HIROYUKI KURIMOTO(株式会社Liquitous CEO)
1999年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部在学。NPO法人Rightsをはじめとする複数の法人の理事として、政治参画に係る政策提言・調査研究などに携わる。2020年2月、Society5.0が喧伝される中で、民主主義のDXを進めるLiquitousを設立。オンライン上の合意形成プラットフォーム"Liqlid"の社会実装に取り組む。

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三井 正義 | MASAYOSHI MITSUI(CollaboGate Japan 株式会社 共同創業者)
2015年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科卒業。自己組織化をテーマに研究を行い、卒業後は分散システムの設計・開発に携わる。2019年5月にCollaboGateを創業、自己主権型ID基盤「UNiD」の社会実装を行い、デジタル社会の分断に挑む。

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青木 竜太 | RYUTA AOKI(コンセプトデザイナー/社会彫刻家)
ヴォロシティ株式会社 代表取締役社長、株式会社オルタナティヴ・マシン 共同創業者、株式会社 無茶苦茶 共同創業者、一般社団法人ALIFE Lab. 代表理事、一般社団法人METACITY COUNCIL 代表理事。「TEDxKids@Chiyoda」や「Art Hack Day」、そしてアート集団「The TEA-ROOM」の共同設立者兼ディレクターも兼ねる。新たな概念を生み出す目にみえない構造の設計に関心を持ち、主にアートやサイエンス分野でプロジェクトや展覧会のプロデュース、アート作品の制作を行う。


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