【ショートショート】シナモンさんとグラタンと俺
21時になった。今夜も俺は、ヘッドセットを付ける。
意気揚々と大学デビューを目論んで半年。気が付けば大学から足は遠のき、今はこの部屋が俺の王国だ。元々友だちは少ないタイプだが、今は0だ。「全然友だちいないんですよ~w」って自虐するヤツはふざけんなって思う。こっちはガチで0なんだよ。ここ最近LINEを送ってくるのは母親だけなんだよ。
ケンジおはよう。今からパート行ってきます。
ご飯ちゃんと食べないと元気出ないよ!
おかず作ってあるから食べてね^_^
09:30
基本、俺は家族と会話をすることがない。俺は王国にいて、家族は王国の外で暮らしているからだ。元々父親や妹とは殆ど口を利かない関係性だった。唯一母親とはよく話していたが、最近それもめっきり減った。
「ケンジ。ご飯できてるよ。たまには皆で食べない?」
「・・・・・・」
王国の向こう側から、母親が呼びかけてくる。俺は聞こえないフリをする。自分ではどうしようもならない。嫌なものは嫌なんだ。
「ご飯食べないと元気出ないよ。ね?皆と食べるのが嫌なら、部屋持ってこようか?」
「・・・・・・」
俺は耳を塞ぎ、ベッドの上で壁を見つめる。これをやり過ごす時間は、異様に長く感じる。頭がおかしくなりそうだ。暫くして、母親が階段を下りていく軋む音がした。耳から指を離して、一呼吸すると、今度は罪悪感との戦いが始まる。
王国の向こう側から話しかけても反応がないからか、最近母親はLINEで呼びかけてくるようになった。もちろん、全部既読スルーしている。既読を付けるのは、一応生きてますよって知らせる意味で。
家族がいる時間帯に、俺が王国から出ることはない。家族が出払ったAM10時頃に1Fに降り、その日分の食料や飲み物を調達して、王国に戻る。翌日AM10時までの24時間、それで過ごす。だから、俺の飲むお茶は基本的にぬるい。もう慣れた。
トイレもなるべく我慢する。どうしてもいきたくなったら、1Fの様子を伺いながら静かに降りていくが、誰かが近づいてくる気配がしたら、すぐに2Fに戻る。膀胱が破裂しても良いと思っている。自分でもバカだと思うが仕方ない。
王国を一歩出たら、俺はゴミだしカスだしクズだ。そういう目を見たくないんだ。膀胱の1つや2つ、くれてやるわ。
・・・10分経過。アクティブは0。誰も聞いてないのに1人で喋っている。ま、こんな愚痴ばっかの男の一人語りに需要なんかねえわな。開始5分に一瞬アクティブが1になったが、すぐに0になった。「何だ男かよ・・・」とでも思ったか。んなヤツ、こっちから願い下げだわ。
真っ暗な部屋で嘲笑していると、再びアクティブが0→1になった。いいって。どうせまたすぐ0になるんでしょ。期待させなくていいから。一応呼びかけとくけどさ。
「・・・初見さんすかね。ま、何もないっすけど、良かったらゆっくりしていってください」
Sinamon
「ミナガワさんこんばんは(^^) また来ちゃいました」
「あ・・・シナモンさん。いらっしゃい」
真っ暗な王国に、光が差した。俺の超過疎放送に、前回突如舞い降りた天使、シナモンさんが今夜も来てくれた。
「いま私ひとり?」
「はい。まー超過疎放送なんでw」
「やった!ミナガワさんひとりじめだ!笑」
こんなコメントだけで、涙ぐみそうになる。どんだけ弱ってるの、俺。
シナモンさんは、都内のアパレル関係で働いている20代の女性らしい。まあネットだし、こんなのウソでもおかしくない。シナモンと名乗る人のPCの裏側には、50代のオッサンがいるのかも知れない。でも、俺にとってはどうでもいい。俺の放送に来てくれて、話を聞いてくれて、笑ってくれて、優しい言葉をかけてくれるシナモンさんは天使だ。その事実が全てだ。
シナモンさんの「さっき晩ご飯食べ終わった」というコメントから、好きな食べ物の話になった。
「俺、なにげにきんぴらごぼうが好きなんすよねw」
「ミナガワさん渋い笑」
こんな他愛の無い会話でも、今の俺にとってはとても楽しい。俺の話を否定せず、笑って聞いてくれるだけで、本当に嬉しい。泣きそうになる。気が付けば1時間が経過していた。
「また来ますね!^_^ノ」
22時。シナモンさんがお風呂に入って寝ますとのことで放送から離脱。数秒後、アクティヴは1から0になり、再び王国は暗闇に包まれた。5分ほど余韻に浸った後、アクティヴが0から変わらないのを確認して、俺は放送終了のボタンを押した。
翌日10時。食料調達のため、誰もいない1Fに降りて冷蔵庫を開けた。母親の作ったきんぴらごぼうがあった。昨夜の晩ご飯のおかずで作ったようだ。シナモンさんと話すネタが出来た。思わずほくそ笑む。久々に食べたきんぴらごぼうは美味しかった。
21時。俺はヘッドセットを付けた。形式的に初見歓迎とタグはつけているが、ぶっちゃけ俺はシナモンさんしか待ってない。珍しく開始1分でアクティブが1になったが、俺が話しかけた瞬間0になった。雑談放送なのに、主が話し始めたらいなくなるって何なんだ。黙ってた方がいいってか。いっそのことミュート放送にしてやろうか。
最初から来るなよだったら・・・と暫くグチグチ言ってると、コメントが飛んできた。
Sinamon
ミナガワさんこんばんは(^_^) 今夜は怒りモードですか?笑
「あ、ごめんなさいw シナモンさんいらっしゃい」
気付かぬ間にアクティブが1になっていたようだ。
今夜もオアシスタイム開始。
「昨日きんぴらごぼうの話したじゃないですか?そしたら、たまたまきんぴらごぼうがおかずに出てきたんすよw」
「えーそうなんだ!美味しかった?」
「美味かったっす」
「男性って、おふくろの味ってヤツが好きですよね笑」
「あーどうなんすかねw まー食べ慣れてるってのはあるかも知れないですけど」
「ミナガワさんにとって、おふくろの味って何ですか?」
「いや・・・特には・・・・・・あーでも、昔グラタン好きでしたけどね」
「何系のグラタン?」
「クリームソースの普通のマカロニグラタンなんすけど、何か好きで。子供の頃、良く作ってくれーって言ってましたね」
「へぇ。今度お母様にリクエストしてみたら?」
「いや、いいっすよw」
「グラタンはきんぴらごぼうみたいに、偶然出てこないよ笑」
「まあそうっすねwww」
22時。シナモンさんはお風呂タイムだ。同時に王国のオアシスタイムも終わりを告げる。また明日と言って、シナモンさんと別れた。3分後、アクティヴ0を確認して、俺は放送終了のボタンを押した。
俺はバカじゃない。いやバカだけど、救いようのないバカではないと、自分では思っている。
翌日10時。誰もいない1Fに降りて、冷蔵庫を開けた。最も目につきやすい上から2段目に、グラタンが鎮座している。だよな。きんぴらごぼうの時点でおかしいと思ってた。ほらね。俺はバカじゃない。
温めたグラタンを食べた。涙が出てきた。俺はやっぱりバカだ。
16時。俺は着替えを済ませると、半年ぶりに王国を出た。パート終わりのシナモンさんを、迎えにいくために。
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