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孤独を繋がりでやっつける

「あなたにとって、人生において最も辛いことは何ですか」と聞かれたら、私は「孤独」と答える。

今この記事を読んでくれている方々の中で、これまで生きてきた中で私は孤独を感じたことはありませんという人は皆無だろうと思っている。noteには繋がりを求めてきているはずだからだ。

「別に繋がりなんか求めちゃいない。書きたいことを書いているだけ」「分かってもらわなくて結構。誰に読まれなくても構わない」これは強がりだ。本当にそう思うなら、PCのアクセサリーからメモ帳でも開いて、ローカルで文章を書いていればいい話だろう。それこそチラシの裏に書き殴って、部屋で1人で読んでいればいい。でも、そんなことはしない。

noteに来て記事を書いている以上、みんな誰かに読んでほしい。分かってもらいたい。noteの利用が営利目的だろうがただの趣味だろうが、根本で求めているのは「繋がり」だ。そこに大した差なんてないと思っている。


繋がりの濃度や温度が合わなかっただけ

とはいえ、根本は同じでも、求める繋がりの「濃度」や「温度」の好みは人によって違う。それが原因で疎遠や仲違い、諍いが起きることもある。

ただ、繋がりを求めて来ている以上、ある程度こういったことも許容(というか覚悟)しておかないといけない部分だと私は考えている。万人に好かれるなんて不可能だ。サンドウィッチマンや浅田真央ちゃんにだって、アンチはいる。その相手と、繋がりの濃度や温度が合わなかっただけ。サラッと離れた方が賢明な時もある。


異文化や反対意見に敢えて触れることで得られるものもあるだろうが、刺激を求めることが、人生においていついかなる時も絶対的正解ではないはずだ。限りなく少人数であっても、求める繋がりの「濃度」や「温度」の好みが合う人との時間を大切にしたい。私はそう考えている。馴れ合い?生ぬるい?言わせておけばいい。これは自分の人生だ。誰かに押し付けられた幸せなんて、不幸そのものだ。


0と1はあまりにも違う

上で「限りなく少人数であっても」と書いたが、極端な話1人でも良いと思っている。記事を書いて、誰もコメントをくれないな・・・と思っていた時、誰か1人でも「分かります!」って書いてくれたら。大げさでも何でもなく、救いになる。

そう。1人でもいいんだ。それが伝わってくれれば。

でも、これが0になったらどうだろうか。

noteに限ったことではない。
あなたの話が、誰にも伝わらなかったら。
あなたの話を、誰も聞いてくれなくなったら。
それが瞬間的なものではなく、一定期間続いたら。
0と1は、あまりにも違う。

ここで、広辞苑で「孤独」ということばを調べてみる。
「仲間や身寄りがなく、ひとりぼっちであること。思うことを語ったり、心を通い合わせたりする人が一人もなく寂しいこと」

やはり私には、これが人生で最もツラいことに思える。1人の時間が好きな私でも、孤独は嫌だ。


孤独を繋がりでやっつけられる世界

私がnoteでメインで書いている長編小説の「アヘアヘキングダム」。読んで下さった方はご存じだろうが、主人公・ネーソーの最大の特徴は「仲間想い」であることだ。孤独を感じていそうなヤツが近くにいたら、絶対に放っておかないキャラクターである。

私がnoteで書いたショートショート。「おでんのつゆ20円 お気軽にどうぞ」や「シナモンさんとグラタンと俺」。孤独を繋がりでやっつける。そんな世界であってほしい。自分もその一助となりたい。そういう思いで書いている。

孤独を繋がりでやっつけたい。私がnoteを書く理由だ。カッコつけてるようで恥ずかしいが、これは本心だ。


孤独との闘いは、己の恐怖心との闘い

「独居老人」や「孤独死」のニュースを見るたびに、心を痛める人たちも多いだろう。そこには「いつか自分もこうなるかも知れない」「自分がそうなってもおかしくない」という恐怖心も少なからず存在している。現に私はそうだ。孤独との闘いは、己の恐怖心との闘いでもある。

見守り活動。ボランティア。寄付。積極的かつ具体的なアクションをしている方々は素晴らしいと思うし、リスペクトしかない。翻って自分を見るに、大したこと出来てないな・・・と恥じ入ることもあるが、今の私に出来ることをコツコツとやるしかない。

たとえば、声を掛ける。あいさつをする。家庭でも、職場でも、地域の集まりでも、ネット上のコミュニティでも。

たとえば、手助けをする。一緒にやろうか?って笑いかける。時に鬱陶しいなって顔をされても、孤独に負けるよりはマシだ。めげずにいられる。


小さなことからコツコツと

こんなことを書いていると、「孤独の問題はそんな単純なことじゃないんだよ子猫ちゃん」と、専門家の方々には窘められるかも知れない。それでも、単純なことの積み重ねでやっつけられる孤独なら、やっつけた方がいいじゃん。孤独は研究室で起きてるんじゃないんだよ。

時間でも、場所でも、物資でも、記事でも。きっと何だっていい。その人が、ひとりじゃないと思えるきっかけを作れるなら。塵も積もれば何とやら。小さなことからコツコツと。西川きよしでございます。




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