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 夕暮れどき、足立区上空に金星が輝き出した。バックにはファイナルファンタジーX「ザナルカンドにて」が流れていく。そうそう、こんな曲だったとFFテーマ曲に思いを馳せている間に、西の空に赤く目立つ星が3つ出現する。輝きも一際の火星、オリオン座ベテルギウス、おうし座アルデバラン。3点を線で結ぶと、「赤い大三角形」だ。今夜の夜空の主役である。
 ベテルギウスを頂点とした三角形はもうひとつある。おおいぬ座シリウス、こいぬ座プロキオンとベテルギウスが作るのがいわゆる「冬の大三角形」。ベテルギウスを結び目として、2つの三角形が蝶ネクタイのよう。
 ピアノの紹介が入る。今日の弾き手はRhythm Trickという連弾ユニットだ。リアルなコンサートで連弾を聴くのは初めて。連弾というと昔のピアノ発表会で、小さい子と先生がするイメージから抜けていないのだが、プロのユニットってどんな感じなのだろう。
 King Gnuの「白日」が始まった。軽やかなリズムの曲だが、四手で弾いているので音の層が重なり合い、彩りが広がる。アプライトとは思えない重厚な響き。それでいて、ユニット名どおり「リズム」が「トリック」のように華やかに刻まれて、踊る。二人のリズムはまったく乱れない。鍵盤を舞う四つの手はときどき交差し、また平行になり、一瞬も同じ角度をなすことはない。
 連弾って、こんなことができるんだ……。有名ピアニストがソロでコンサートグランドを弾くのももちろん素晴らしいが、それとはまた違った世界が綺羅星のように展開されていく。ピアノではなくて、違う楽器のようだ。
 付点の連続からクライマックスを迎え、静かに曲が終わる。次は、カプースチン「シンフォニエッタ」第2楽章、スローワルツだ。
 都会的なジャズワルツと思っていたが、とても寛げる演奏だ。ワインを飲んだかのような身体の揺らぎを感じ、リラックス効果抜群。そしてOfficial髭男dism「サブタイトル」を聴いているうちに、ほんとうに酔った感覚のように身体が温まってきた。
 ここで「今夜の星空」解説が入る。そう、現在地は足立区立のプラネタリウム「ギャラクシティ」。時間を止めるのも早回しも自由自在なタイムマシンが生み出す「現在時刻」は、3次元世界よりも2時間ほど進んだ夜10時。冬の星座が残っている一方で、春・夏の星座が見えてくる。オレンジ色の目立つ星、うしかい座アークトゥルスと、おとめ座スピカ、しし座のデネボラを結ぶと、春の大三角形だ。西には冬の大三角、東には春の大三角。今日の空は三角形が大活躍である。
 驚いたのは、解説ではなくピアノ演奏のときには、ドームの背景が別のものに変わること。放射状に星が飛び交ったり、海のなか、たゆたう植物と共に水面の光を眺めることができたり、五弁の桜が走り抜けていったり。演出もかなりの工夫の後が見える。プラネタリウムでOfficial髭男dismの「サブタイトル」を聴きながらお花見ができるなんて、足立区もなかなかやってくれるじゃないの。
 さて、星空解説のあとにエンディングが舞っていた。オープニングのFFが再度奏でられる中、ドームに映し出されているのは東京の夜景、六本木あたりだろうか。オレンジに輝く東京タワーを黄道の6星座が見下ろしている。
 空がもう少しきれいで街明かりも少なかった50年前、六本木で空を見上げたら、「東京タワーと黄道星座の豪華競演」に近いものが見えたのだろうか。
 現実にありそうだが現在はありえない。これが、ほんとうの幻想世界なのかもしれない。
 アンコールはピアソラ「リベルタンゴ」。お洒落な曲の総仕上げだ。電車に乗ったあとも、メロディとドームの光景が脳内にずうっとめぐり続けていた。お酒ではなく演奏で酔った感覚も、家に着くまでずうっとまわり続いていた。八十八の鍵盤を四手で弾くと、こんな世界に浸れるんだね。ギャラクシティにRhythm Trick、素敵な一夜をありがとう。

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