広告コピーのミスに思う~「一文字ずつ指でたどって」読もう

オペラの車内広告キャッチコピー

 このところ校閲界隈で、野外オペラの車内中吊り広告が話題になっていた。主催は鉄道会社だ。「トロヴァトーレ」を法隆寺で演じるという意欲的な企画。通常なら立ち入ることのできない夜の法隆寺境内で、「炎の復讐劇」が演じられる。レオノーラ、ルーナ伯爵、アズチェーナに豪華な海外キャストをそろえ(マンリーコ役は未定という)、演奏はイタリアのモデナ歌劇場フィルハーモニーだ。オペラ好き、ヴェルディ好きなら「観てみたい」と思うだろう。
 このオペラのキャッチコピーが「法隆寺で私たちは何を目にするだろうのか」となっている。

タイポグリセミア現象

  おそらく、元のコピーは「法隆寺で私たちは何を目にするだろうか」だったのだろう。最後の最後に「の」を入れて「法隆寺で私たちは何を目にするのだろうか」にしたかったはず。実際にはおそらくデザイナーが作業したのではないか。
 だが、間違っていても一見正しく読めてしまう「タイポグリセミア現象」のせいで、誰も気づかず車内に吊り下げられることになったのだ。
 タイポグリセミア現象とは錯覚のひとつ。文章の単語の文字を入れ替えても、人間の脳はそれを「正しい文字」に読み替えてしまうというものだ。「するだろうのか」とあっても「するのだろうか」と自然に読めてしまう。
 校正者・校閲者であればこの錯覚がいかにおそろしいか身に沁みている。だからこそ「文字はその文字として」しか捉えないよう、日々鍛錬を続けているのだ。

出版人なら「最後に入れ替えるおそろしさ」を知っているが……

 最後の最後にテキストを変更して、それに間違いがあって印刷されてしまった。出版界にいれば、こうした誤植のおそろしさは校閲者でなくとも知っているはず。営業担当や編集者はもちろんだが、デザイナーや他の担当者であっても経験したか、見聞きしたことがあるだろう。
 だが、これは「広告」の誤りである。出版界とはプロセスも異なるだろう。最後に校正刷りをチェックした担当者(ひとりではなく複数人存在するはず)は、「印刷に間に合わない」と焦るあまり、脳が勝手に文字を入れ替えて「正しく」読んでしまった。制作担当者も、クライアント担当者も、その上司も、間に入った何人もの関係者が。

訓練を受けていなくても、「一文字ずつ」読めば拾える

 テキストを入れ替えたコピーライター本人が見れば拾えただろうが、おそらくその工程はなかっただろう。校閲者も入っていなかったのだと思う。
 だが、こうした間違いを防ぐのはさほど難しくはない。まず「目の錯覚」があることを知っておく。これだけでも大分違うはず。そして最後に直した箇所だけ、そしてキャッチコピーなどの大きい文字だけを「指でたどって一文字ずつ」読めばよいのだ。
 先月、百貨店の広告ミスが話題になった(そのときの投稿を下に貼っておく)。今度は鉄道会社だ。広告にこうしたミスが多いのは残念だ。
 「最終チェックで何をどう見ればよいか」が現場に、そして上の人にわかっていれば、こうした誤りは激減すると思う。大事なポイントを外さない読み方を、ぜひ広めてほしい。
 百貨店のときの投稿も、この投稿も、広告業界人だけでなく、広告会社に発注する担当者の目に留まりますように。


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