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朱と雪の中で
これは一人の少女の愛の終わり、そして証明
「やってしまった」
最初に抱いた感情だ。何故かこうやって俯瞰できるくらいには心が落ち着いている。
生ぬるい液体に浸かっているかのような感覚。呼吸は荒く、息がうまく吸えないせいで肺にまで酸素は回らず、脳は痺れて…心臓が煩い。
なるべくしてなった、という感情と同時に、先程まで私に笑顔を向けてくれていた目の前のモノは、もう二度と動くことはないという現実感のなさ、もしくは罪悪感から逃げようとしての客観視か。目の前が見えているのはずなのに見えていないという矛盾している言葉が、一番適しているように感じた。
こういった思考や感情全てが綯い交ぜになり、このぬるい浮遊感をも生み出しているのだろうと勝手に結論付けた。
何にせよ不義理であると感じるが、事を起こした人間がいまさら義理人情を語る資格はないことにまで思考が回り、深く息が吸えるようになってきた頃にようやく目の前のものを見られた。見られたというよりも視界に入り込んできたというのが正しいだろうか。思考で埋まった脳の隙間に染み込むように、それには主張がないはずなのに、存在は一際目立っていた。
暗がりに力を失くしてくたりと横たわっているそれは、普段から血の気が薄く白いものだったが、私が知っているそれよりもさらに純白といえるものになっていた。周りに散らばり、溜まりとなっている赤との対比になっているように見えて、私の中に小さく「綺麗だ」という感情が芽生えた。
私はそれの口元が赤色で汚れているのに気がつき、ハンカチで優しく拭ってあげたあと、割れ物を扱うかのように静かに抱き抱えた。
そうでもしないと耐え切れそうになかった。自分でやったことだというのに、湧き上がる感情に呑まれて溶けてなくなってしまいそうだった。
――――――
好きなものを好きなままでいたかった、好かれたままでいたかった、それが理由。
彼女はお人好しだった。
家が隣同士の幼馴染だからって、私なんかとずっと一緒にいてくれた。
どうしようもなく駄目で、価値のない私でも、一緒にいてくれた。
何も彼女にしてあげられてないのに、一緒にいてくれた。
もう一緒にいなくてもいいよって言ったのに、それでも一緒にいてくれた。
私は、一人じゃ、何もできないから……。
……彼女が私の、全てになってしまった。
彼女の存在がないと生きていけないと。
彼女に嫌われたら生きていけないと。
彼女に好かれたままでいたいと。
私がいていい理由が欲しいと。
私を見ていて欲しいと。
わたしが……私が生きていても良いんだよって……私のことを……必要だと……いって…………おね……が…………い………………。
………………………………。
…………大好き……だ…よ…。
――――――
いつの間にか眠っていたようだ。
夢を見た気がした。
彼女が笑って許してくれる夢、私の欲望が見せたであろう自分自身を肯定する夢。
彼女は私を許してくれないだろう。
こんな自分勝手な人間を許す必要なんてない、許されたいとも思わない。
彼女の頬をそっと撫でる、いつもの温かさは失われてまるで雪に触れているかのようだった。
ごめんね…と小さく呟く。
謝る言葉にありがとうと感謝の感情をのせた、自分勝手な最期の言葉だ。
私ももう行かなくてはいけない、彼女と同じ行き先には行けそうにないのが残念だが仕方ない。
私の手で最期を見れた、というだけで満足しよう。
ひとつ深呼吸をした後、勢いをつけて胸を突く。
終わり際に彼女の顔を眺める。
……ああ、貴方の白に私の朱が――
最後の瞬間、寄り添ってあげることができなかった。あなたに拒絶されることがこの世の何よりも怖くて。
次こそは抱きしめよう、後悔のないように。次があるかは、分からないけど。
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