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お母さんは英雄

 「母親は英雄である」という話を読む。細かい理屈は本に書いてあるが、このくだりを読んだとき、理屈抜きに「わかる」と思った。「英雄(ヒーロー)」といえば男性が想像されがちだけど、女性にしかなれない「母親」もまた英雄的だ。
 
 いま開いている神話の本は、対話形式になっている。まず「誰でも生まれてくるときには、大きな冒険を遂げてくるヒーローだ」という話がされた。
 

キャンベル (…)人は生まれるとき、心理的にも肉体的にも大きな変化を遂げる。羊水の中に住んでいた小さな水生生物が、空気を呼吸し、やがては立ち上がる哺乳動物になるんですからね。これはすごい変化です。
 
もしこれが意識的になされるのだったら、まさしく英雄の行為です。同時に、これらすべてを実現させる母親の側にも英雄的な行為が認められます。
 
モイヤーズ 英雄は男とは限らない?
 
キャンベル もちろんです。(中略)
 
例えばアステカ族にはいくつもの天国があって、死に方によってその人の魂が行く天国が違うんですけれども、戦いで殺された戦士の行く天国と、お産で死んだ母親の行く天国とは同じです。
 
子供を産むということは、間違いなく英雄的な行為です。他者の生命に自己を捧げるんですから。
 
モイヤーズ 世の中へ出て金をたくさんもうけるほうが、子供を育てるよりも英雄的だと考えられているわれわれの社会では、いまおっしゃった真実が忘れられているんじゃないでしょうか。
 
キャンベル 金もうけのほうがもてはやされますからね。

ジョーゼフ・キャンベル ビル・モイヤーズ『神話の力』早川書房、2021年、266-267頁。


 他者のために自己を捧げる。確かに「出産」はそういう行為だ。まだ見ぬ誰かのために、みずからの身体を差し出すこと。母親のその犠牲のもとに自分も生まれてきたわけで、その一点において、母には頭が上がらない。
 

モイヤーズ それは旅ですね──出産を成し遂げるために、慣れ親しんだ、安全な生活の外へ出て行く。
 
キャンベル 娘から母親に変身しなくてはならない。多くの危険を伴った、大きな変化です。
 
モイヤーズ そして、子供を連れて旅から帰ってくるとき、彼女は世界になにかをもたらしたことになる。

同上、267頁。


 「旅」という単語が心に残る。いま自分は妊娠しているけれど、妊娠・出産をこういう風に捉えたことはなかった。英雄のする冒険のような旅。だれかの娘、産み落とされた側から、だれかの母親になる。そして英雄は、子供を連れて旅から帰る。
 
 そんなイメージを持ったことはなかったな……。ちょっとだけお産が楽しみになりました。ありがとう神話。
 
 自分が「母体」になる前は、自分が胎児だったときをぼんやり、何か悪い、生々しいことと思っていた。母親の栄養を吸ってむくむくと大きくなる自分。母体から血を吸い上げ、栄養を削り取って生命に変える。なんだか怖い。
 
 もっとも、自分が吸われる側になってみると「まあこんなもんでしょ」みたいな心がまえで、別に怖くない。「ううう血を吸われている」なんて思わないし、「ああ私の体を削り取る人間がお腹の中に」とも思わない。こんなもんなんだろう、よくわかんないけど。
 
 男の人は大変だな、と思う。出産という形で英雄になる道は、男の子には残されていない。なにかを残そうと思えば、世界に出て闘うしかなくて……。
 
 この本の中では、ということはつまり神話の世界では、男女の区別が頻繁に語られる。女性は否応なしに大人になる。本人の自覚のあるなしに関わらず、月経がきて「もう子どもじゃないのよ」と教えられる。男性には、そういった通過儀礼がない。
 
 だから、男子にのみ成人の儀式が行われる部族も多い。たいていは痛みをともなうものだけど、それが大人になるってことだと男の子たちは教えられる。儀式のない世界では、どうやって大人になるんだろうか。


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