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朝おやつって、すてきな響き

 朝ごはんが食べられないなら、朝おやつを食べたらいい。なんだかマリー・アントワネットみたいな出だしになったけど、起き抜けにご飯が食べられないっていう人は、けっこういると思うんだ。
 
 それでも朝を抜くと、午前中いっぱい頭が働かない。こういうときは、甘味がいい。ご飯やパンは入らない人でも、チョコレートなら口にできたりする。これだけでも食べられれば、午前の動きやすさは格段に違ってくる。
 
 いま読んでいる本の著者もそういう人で、朝食が食べられないのをきっかけに、起き抜けに甘味をとるようになった。最初にさらっと書いた「朝おやつ」という言葉は、彼女の命名だ。そのままタイトルにもなっている。

 
 自分も妊娠してから、朝お米のご飯が食べられなくなった。それでいつも、温かい牛乳とシリアルをお腹に入れていく。これだけでは足りない気がするから、小さな餡ドーナッツもつける。糖分が入ると、頭が起きる感じがしていい。
 
 「朝の糖分」は、意外といいものなのかもしれない。
 
 『朝おやつ』には、日本各地の甘味が紹介されていて、どれもいーなーと思って眺めている。本で見るだけだからもちろん味はわからないのだけど、どれもこれも見た目がいい。美しかったりかわいかったり、妙に無骨だったりして。
 
 関西の定番、赤福に、東京・近江屋洋菓子店のフルーツポンチ、みんな大好きミスタードーナツまで。著者のお気に入りはフレンチクルーラーらしい。わたしはポン・デ・リングが好きです。ミスドに行くとだいたい食べてる。
 
 誰にでもそういう「これがわたしの定番」みたいなおやつがあるんじゃないか。思い出と結びついている甘いもの。幸福なおやつ時間の記憶。
 
 思い出のおやつを一個あげるなら、小さいころ食べた焼き菓子だと思う。「ガレット」という名前で売られていた。通っていた幼稚園がカトリックで、シスターたちが焼いて売るのがこのお菓子だった。茶色くて丸くてサクサクしている、素朴なおやつ。
 
 シスターのつくるものは営利目的ではなく、あくまで生きる糧を稼ぐためのものだから、値段もお手ごろだったと思う。買っていたのが自分ではなく母なので、その正確な値段は知らないけど、その素朴さに見合う価格なのだろう。
 
 高くて美しいものも、それはそれでいいものだけど。やっぱりおやつと言えば、ふだん使いで日常に溶けてくれるようなのがいい。ガレットしかり、ミスドのポン・デ・リングしかり。
 
 本の中で「美しいな」と思ったお菓子はいくつもあるのだけど、一番はこれだった。福島県いわき市、震災の影響を受けながらも生き残った、宝石のようなゼリー。ホームページリンクを貼っておくので、一度その美しさを見てほしい。

https://www.zerry-house.com/

  残念ながら、いまは新しい注文を受け付けてない。食べられないのは惜しい気もするけど、見た目がこれだけきれいだと、それだけでお腹いっぱいだなあ。自分用に買うより、贈答品に向いている。だれかにあげたくなる、そんな感じ。
 
 『朝おやつ』には、おやつと一緒にそのパッケージも載せられていて、それを見るのも楽しい。こういうのをずっと見ていると「わたしもこれやりたいな~……」と身の程知らずな気持ちになるのでよくない。
 
 自分でお菓子をつくって、それをオリジナルのロゴが入ったナプキンで包んで、だれかにどうぞってできたらいいだろうな、なんて。お菓子づくりなんかほとんどしたことないっていうのに。でもそういう憧れは、持てるだけ美しい。
 
 試しに無料のロゴメーカーで「メルシーベビー」と入れてロゴを作成してみる。たいへんダサいデザインが仕上がってきたので萎えてしまった。こういうのは、まだまだ人間のデザイナーがやったほうがいいのかもしれない。

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