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ひきこもり図書館

本の中に図書館を建てる。ありそうでなかったアイデアだ。そんな架空の場所『ひきこもり図書館』を読む。副題は『部屋から出られない人のための12の物語』。冒頭のページに書かれた、館長からの挨拶はこんな感じだ。

 この図書館の目的は、ひきこもりを肯定することでも、否定することでもありません。ただ、ひきこもることで、人はさまざまなことに気づきます。心にも身体にもさまざまな変化が起きます。
 そのことを文学は見逃さずに描いています。その成果をひとつにまとめたいと思いました。

並べられた作品は幅広い。ドイツ文学の名手フランツ・カフカ、ショートショートの天才・星新一、韓国の人気作家ハン・ガンのものまで。そのほか洋の東西と時代を問わず短編が並び、最後を飾るのは萩尾望都の漫画になっている。楽しくて不思議な図書館だ。あとがきにはこう書かれている。

 「ひきこもり図書館」は、現実に建てたとしても、ひきこもっている人は家から出ないわけで、訪れる人はあまりいないかもしれません。
 そこで、本で作ってみました。ひきこもっていても手にとれるように。(…)
 もちろん、ひきこもっている人だけでなく、ひきこもっていない人にも、広くお読みいただきたいです。

本当に家から出られない人も、このご時世だから出たくない人も、家での読書におすすめしたい『ひきこもり図書館』。それぞれの作品の前には館長からの紹介文が添えられていて、なんだか美術館で作品解説を読んでいる気になる。そういう意味で、本でありながらすごく「○○館」っぽくなっている。

例えば、星新一の「凍った時間」にはこんな文章が添えられる。

 他人の視線というのは怖ろしいものです。
 どこか他の人とちがっていると、それだけで、じろじろ見られたり、目をそらされたり。
 気にしなければいいと思っても、なかなかそうはいきません。
 いたたまれなくなり、視線の矢に追われて、ひきこもるしかなくなる場合もあります。
 ひきこもりたくてひきこもるのではなく、他の人たちの差別的な意識によって、ひきこもらされるのです。その孤独とかなしみ……。

件のショートショートがどんなものかは、ぜひ実際に読んでいただきたい。自分は家にこもったことこそないけれど、他人の視線の残酷さがわからないわけじゃない。視線はそれだけで、非難や軽蔑を伝える。何も物理的な危害を加えていないから罪にはならない。その陰湿さが読後の余韻に漂う、そんな作品だ。

もう一冊、並行して読んでいる本の中にもひきこもりの子が出てくる。こちらは小説ではなく、カウンセラーの書いた実用書で、クライアントは「外に出るのが怖い」と言う。自己肯定感が低く、自分をバカにしたように見る人の目が怖い、と。

結局カウンセラーは、他人とのつながりを感じてもらうことでそれを解決していくのだけど、ここでも「人の視線」が出てくる。「目は心の窓」と言われる通り、何かを見る行為はそれだけで攻撃になったり、意味を持ってしまったりするんだよな、と思う。ガラの悪い人が喧嘩を始めるときも「ガンつけただろ!」とか言う。あれも視線の力のなせる業だ。

部屋の中にいることは、他人の目から守られることでもある。そういう意味では、いまの外に出られない状態が楽、という人は多いだろう。それはわかる。自分も、人が増え始めた大学に顔を出して、耳では聞き取れないざわめきを感じることがある。あれはいい、これは悪いと互いにジャッジし合うたくさんの目。視線のうっとうしいざわめき。

誰とも会えないのは物足りないけれど、会えるようになったらなったで、うっとうしいと感じることもある。そんなときはやっぱり、お茶を持って部屋にこもって、本を読むのがいい。

https://honto.jp/netstore/pd-book_30688176.html


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