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本読む理由

「#推薦図書」で書いた記事が、いくつか「先週特にスキを集めました」の通知をいただいた。どの書籍も面白く、本のタイトルだけでも見ていってほしい。扱った本の題名と、その記事を置いておく。

『ないようである、かもしれない』
『ひきこもり図書館』
『カレル・チャペック旅行記コレクション 北欧の旅』

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「どうしてそんなに本が好きなの」と聞かれると、うまく答えられない。昔から日常の風景の中に溶け込んでいて、だからよく読むようになった。だけどこれでは答えにはなってないから、もうちょっと考えてみる。どうして本が好きなのか。

原体験は、小さいころ家に届く本だったと思う。宛名のラベルに自分の名前が印刷された小包が、毎月届く。いま思えば、それは本のサブスクリプションサービスとでも言うべきものだったのだけど、そのときはそれが普通だと思っていた。誰かから本が届く。だから読む。

実家がある地域に本屋は数えるほどしかなく、どこも決して大きくはなかった。図書館は、頻繁に通うのは億劫になるくらいには離れていて、学校の図書室は六学年に対して一部屋だけ。母親はそんな環境を危惧して、本が届くサービスを使ってくれたのかもしれない。取っていたのは、童話館の「ブックくらぶ」だった。

http://www.douwakan.co.jp/courselist/

家には兄と私がいたので、兄には兄の名前で、私には私の名前で小包が届いた。年齢に応じた本が送られてくることにはなっていたが、私は4歳差の兄の本にもよく手を出した。自分には難しいのを背伸びして読むこともあれば、放り出すこともあり、たまにすらすら読めたりした。そんなことを毎月していた。

だから、というわけではないけど、いまでは一週間に何度も、本屋と図書館に通う人間になった。定期的に新しい書籍に触れていないと落ち着かない、その習慣は小さいころ身に着いたものだと思う。

「ブックくらぶ」をいつまで取っていたかは覚えていない。中学生になった頃には、もう本屋で自分の読みたいものを選べるようになっていて、持ち歩きしやすいから文庫本が好きだった。重松清、恩田陸、夏目漱石、古事記、サミュエル・スマイルズ、レイ・ブラッドベリ。友達が押し付けるようにして貸してくれた『赤毛のアン』に『ハリーポッター』。

その頃は「誰がこんなもの読むのかな」と思っていた岩波文庫も、高校に入ってからは本棚の常連になった。『徒然草』、『枕草子』、『論語』、『生の短さについて』などなど、哲学に縁ある本を読み始めたのもこの頃。

「どうして本が好きなの」の問いに戻ると、部屋を本だらけにしても許してもらえる環境も大きかったかもしれない。本棚に納まりきらないで床に積まれた本があっても、家族は特に何も言わなかった。時々「邪魔だから片付けろ」と不満は言われたけれど。

あるいは、学校で読書をしていても、何も言われなかったからかもしれない。私が本を開いていても「陰キャのガリ勉」と笑われることは特になかった。むしろ、ちょっと変わったものを読んでいると「○○、それ何?貸してよ」と、男女を問わず物見高い生徒たちが私の手から持って行った。

アイドル好きの女子は、無印良品の本を読んで「○○さん、これ商品の紹介してくれるのはいいんだけど、値段が書いてない」となぜか私に文句を言った。野球部の男子からは「変な本選ぶセンスも抜群だな」と言われ、褒められたのか、けなされたのか、いまだにわからない。テニス部の部長だった子は「これ、3分の1くらい写真じゃない?分厚いけどわりとすぐ読める」とコメント付きで、ナガオカケンメイの本を返してくれた。

本を貸し借りすると、そんなこともある。貸してよ、と持って行った子たちは、幸いきれいなまま返してくれたので、あまり嫌な記憶はない。そんな些細な出来事が積み重なって、いまも机の上には本が山積みになっている。

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