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物書きの頭の中~山ほどあること、星の数だけあること

 物書きの頭の中はどのようになっているのか。
 ようく小説を書いているというとそれだけですごいと言われる。それはとても雑な褒め方というか、区切り方といっていいように思える。別に偉くなりたくて物語を書いているのではなく、頭の中の妄想をただ、文章に残しているだけである。

 日記を書いていた時期がある。中学生から大学生くらいまでの間に不定期に書いていた。そういえば引っ越しをする際に、それらの日記帳を処分するかどうか迷って、結局段ボールの中に忍ばせてそのままにしてある。
 別に過去を捨てるのが嫌というわけではなく、もしかしたら創作の役に立つかもしれないと、そう思ったからだ。

 物書きにとって他人の人生はもっともネタにしやすく、自分の経験と絡めて物語の登場人物やシチュエーションを創作する。そこになんら罪悪感も恥ずかしさもない。もし自伝や誰かの武勇伝を書くのであれば、いろいろと考えなければならないこともあるかもしれないが、ことフィクションを書くにあたっては、どんなことでもネタとして利用する。それが物書きのサガなのだと思う。無論、例外事項もあるが、例外はあくまでも例外である。

 昨晩、ある人の相談話に耳を傾けていた。彼女は新しい職場でのストレスについて語っている。続けるかやめるか、それを僕に相談という名の愚痴をこぼしに隣駅からやってきて、明け方近くまでバーで過ごした。

 彼女は何がストレスであるかについて語る上で、当然そこに関わる何人かの関係者について説明をする。僕はあまりディティールを聞きなおすようなことをせず、出来るだけ彼女に一人語りをさせる。
 僕の頭の中では彼女ではなく、職場の人間が新人である彼女をどのように見ていたのかを想像する。そこはほぼ女性の職場。場所は都内でも有数のビジネス街であり、それに見合った飲食店が近代的な建築が施されたビル群にひしめき合っている街である。
 勤務歴が10年前後というベテランで構成されている。離職率が高い中で生き残った面々。やさしく声をかけてくれる人もいれば、邪魔者扱いする人もいる。

 僕はカメラを彼女の視点とそれらベテランの中でもいくつかの立場の人間の視点と両方で今の状況を分析する。物語の序章、それぞれの人物像の表面的な部分が紹介されるのと同じである。物書きの頭の中では脳内の小道具、大道具を使ってあっという間にビルの一室にあるロッカールームを作り上げ、そこにひそひそと彼女の噂話をするベテラン二人を登場させる。その会話が聞こえてしまった彼女。どんな内容にしても不穏でしかない。

 僕は彼女に助言を送る。その際にちょっとした小話を仕立て上げる。それはベテラン側の視点で語られる物語。ある朝新人が入ってきた。彼女は独り者、年齢は自分たちよりも少し若いが、それ以上にまだ女の部分をしっかりと残している。私たちとは少し違っている。どうせ長くは続くはずもないが、悪い人でもなさそうだから適当にあしらっておこう。前に来た女もなんだかんだ文句を言いながら、結局のところ二か月も持たずに辞めてしまった。仕事を教えるだけ損だ。

 そして男性責任者の立場で物語を語る。今度の新人は果たしてどれだけ持つだろう。ベテラン組をうまく折り合いをつけてくれればいい。前に来た人はさんざん自分に泣きついてきて、あれこれ改善を要求していったが、今までうまく言っていたものを変えるつもりはない。人手は十分ではないが、面倒はごめんだから、今回もあまり深入りしないようにしよう。特に新人が若々しい雰囲気を持っている場合は注意が必要だ。ベテラン勢はすぐにひいきばかりしてと、下手をするとボイコットを始める。それだけは避けなければな習い。

 彼女は大いに納得をしてくれた。だから頑張って続けろと言う話ではなく、物事を悪く考えすぎることはないが、スタートというのはそうそう順風満帆なものでものない。とくにおばさんベテラン勢が牛耳る職場ではよくあることなのだから、しれーっと働きながらよく観察してみればいい。
 ちゃんと仕事をこなして相手の地雷さえ踏まなければ嵐は二月も続かない。もしそれでも嵐が止まないのなら、そこからは避難したほうがいい。

 最後の結論を最初に言ってもよかったが、人が納得するにはそれなりの理屈とストーリーが必要なのだ。小説や物語というものは、そのためにこそ存在する。

 物書きの頭の中は、今日も様々な舞台が演じられている。そんなものになりたいという人が居るのであれば、あまりお勧めはしない。現実と虚構の区別をつけることができるかどうかは、素質と素養ではないかと思う。僕は妄想癖を幼少から持っていて、それをアウトプットしているに過ぎない。絞り出す必要がほとんどないのだ。

 だからスランプがあるとすれば、数字を気にしたときだけ。書きたいことは山ほどあるが、ネタになる可能性のある誰かの人生は宇宙の星々の数ほどあるのだから。

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