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「はざまの子供たち」の就職と受難【書評】発達障害 境界に立つ若者たち 山下成司

著者の山下さんは、A学院という高卒資格を得られる「サポート校」で、「はざまの子供たち」(特別支援学校に行くことは難しく、普通高校に入学する学力もない子供たち)を世話してきた。それも18年間もだ。

当初はA学院も小規模で、高卒資格も得られなかったが、どこにも行くことができない子供たちが集まってきた。イラストレーターだった山下さんは、ちょっとしたバイト(美術講師)のつもりで、A学院に関わり始める。しかし、たちまち、「はざまの子供たち」の教育を天職とし、それに打ち込み始める。

「はざまの子供たち」の就職

今では「発達障害」と診断されるような子供たち。当時は、ただ、どこにも行き場のない子供たちだった。山下さんは、教員資格はないが、長年、A学院で講師や校舎責任者を務めた。発達障害児と触れ合い続けた生の経験から、彼らの真の個性を、そして社会に出た時の生きづらさを知っている。この本も独特な視点は、A学院を卒業して、社会に出た6人のインタビューが掲載されているところだ。

社会は、A学院のような「はざまの子供」を受け入れる余地を持たない。卒業生は、それぞれ苦闘しながら、社会の中で生きていこうと奮闘する。一見普通に見える「軽度」発達障害だからこその困難があることを思い知った。いわゆる「専門家」ではないからこそ、書ける生の声だ。

普通のようで普通ではない

インタビューされる6人は、みな性格もよく、山下さんにとってはかわいい生徒だ。しかし、社会に出ると、彼らも何度も挫折を経験することになる。LDがある子たちは、どうしても読み書きや計算ができない。運転免許を取りたくても、ペーパーテストに合格できずに期間を超過してしまう。普通の人ができて当然と思うことができないので、そのうち解雇されることになる。

一生懸命やっているのに、要領が悪く数えきれないほど、クビになっている男性もいる。それでも、くじけずに、新しい仕事にチャレンジし続けるのだけれど、やはり数か月働いては解雇されるのだ。きっと「どんくさい」と見えているのだろうと、山下さんは分析する。この男性は、とても性格がよく、A学院というコミュニティの中ではムードメーカーで愛されている子だったのだが、いざ社会に出ると「使い物」にならない・・。

多様な個性を認めるダイバーシティーという考え方も、社会の現場では通用しない。より高い生産性や効率を追求すると、まっさきに切られるのは「はざまの子供(大人)たち」だ。普通の人とは違う人。いわゆる「普通」ではない人は、どうしても、この社会の中では「普通」に生きて生きづらいのだ。

手の届かない「普通」の幸せ

6人のインタビューの最後に、山下さんは「神様が3つの願いをかなえてくれるとしたら、何を願う?」と尋ねている。ほとんど全員が「彼(彼女)が欲しい」とか「一人暮らしがしたい」とか、普通の人が普通に達成していることを願うのだ。

「「普通の人間」にとってはごく控えめで他愛のない、何もわざわざ神様にお願いする必要もないようなものでした。「もっと、大きな希望に満ちた夢はないのか?」とちょっと叱咤したくなるくらいのささやかな願い。しかし、こうしたつつましいとも言える彼らの願いは、現実の社会ではなかなかかなえられることがありません。」(発達障害 境界に立つ若者たち 山下成司 平凡社新書 P241)

明らかに「障害のある人」ではないのかもしれないけれど、いわゆる「普通」ではない。そういう人が、この社会の中で生きていく場所っていうのは、驚くほど少ないのだと実感させられる。

「発達障害は「個性」に過ぎない」と言われることが多いが、いざ社会で働き始めた「はざまの子供(大人)たち」の受難を知ると、そんな甘っちょろい言葉も、軽く聞こえてしまう。

「強み」を活かし天職を見つけられるなら・・

しかし、読み書き計算が苦手だということは、どんな仕事もできないということではないだろう。

インタビュー内に登場するある女性は、何度も何度も様々な職種を解雇された後、保育士のいらない保育園でのパート職を見つけ、それが天職であることを知るようになる。事務仕事はからっきしできないけれど、子どもたちと一緒に遊ぶことなら、誰よりも得意だったのだ。ただ、保育士の資格は取れない(通信講座を受講しようとしたけれど、ハードルが高すぎた)

「はざまの子供(大人)たち」が、何とか自分の「強み」を活かせる場所で働くことができるなら、それに勝るものはない。彼らは残念ながら、自分で「強み」を探し出すことはできない。ぶつかっては傷つき、ぶつかっては傷つきの繰り返しで、折れない心を持った人だけが前に進んでいる(折れ切ってしまっている人は、とても多いのではないだろうか)

彼らが、自分の「強み」を活かせるように。その個性を最大限に伸ばしてあげられるような、環境が作られたらいい。(参考:発達障害に「エール」を。その「強み」を見つける方法を考える)。もうちょっと、社会がスローダウンしなければならないのかなって思うけども。せめて、個人的には、そんな見方ができればいいなと。

「本来この世界には「境界」など存在しないのではないか、と私は思うのです。ジョン・レノンは名曲「イマジン」の中で、国境がなくなった世界を想像してみてごらん。という意味のことを歌っていますが、すべては連綿とつながっている、だから、実は「境界児」など存在しない、とも。」(発達障害 境界に立つ若者たち 山下成司 平凡社新書 P242)

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大人のADHDグレーゾーンの片隅でひっそりと生活しています。メンタルを強くするために、睡眠至上主義・糖質制限プロテイン生活で生きています。プチkindle作家です(出品一覧:https://amzn.to/3oOl8tq