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湯灌とエンバーミングと遺体修復「死体とご遺体(夫婦湯灌師と4000体の出会い)」平凡社新書 熊田紺也

著者は異色の経歴で、CM製作会社としても成功を収めていた。しかし、不況のアオリを受け、会社は倒産。大きな借金を背負う身となる。なんとか生きていくために、入浴サービスの仕事を始め、やがてもっと実入りの良い仕事として、遺体の入浴、つまり「湯灌」を始める。

「遺体は、文句を言わないし、もう死ぬこともない」

若干不気味とも思えるくらいの、ビジネスライクな考えで湯灌業者となる著者。独立をするタイミングで、奥様をパートナーとし、本のタイトルにもあるように「夫婦湯灌師」となる。あまりにもドライな文体が際立っているが、その分、ジワジワと面白さが伝わる一冊だ。

湯灌業に誇りを持つ

「湯灌」が現在の葬儀業界に持ち込まれた歴史はそれほど古くはなく、1980年代のこと。その頃にはすでに、宗教的な「湯灌」は廃れていたものの、もともと、入浴介護サービスを行っていた人が、葬儀業界にこのサービスを持ち込んだのだ。

著者も、最初は稼げるから始めた湯灌業。ところが、この著者も遺体に毎日触れ、遺族と接しているうちに、何らか不思議な感覚を身につけるようになるのだ。これは葬儀に携わる人の多くが、抱くようになる感情のようだ。

「ご遺族が出てきて、私たちに駆け足で近寄ってこられることがよくある。湯灌の一部始終に感激されたのだろう。なかには私たちの手をとって涙ぐまれる方もある。自分がいい仕事に就いているという満足感が湧いてくるのは、こんなときである。人さまの評価とはありがたいものだ。・・・私はこの仕事に就いてよかったと、近頃ますます思うようになった。世の中にある仕事は無数だが、人に手を握られて感謝される仕事は、そうそうあるまい。」(P87)

著者は、今では湯灌の仕事に熱い思いを持っており、後継者を探しているほどだ。最初は、死体の入浴サービスという意識で始めた湯灌業だったが、だんだん、顧客のニーズにこたえて、遺体修復業になっていく。痛んだ遺体の描写は鮮烈で、なかなか読み進めるのは辛いが、こういう仕事をしてくれる人がいることをありがたいと思った。

遺体修復業としての「湯灌」

最初は、単に「儲かるから」「借金を返すため」始めた「湯灌」だったが、だんだん、故人を見送る儀式としての「湯灌」、遺族の心を癒やす「湯灌」に目覚めて行く。やがて、湯灌から遺体修復へと仕事の幅は広がる。

「私にとっての湯灌は、自分の仕事であると同時に、「遺体を最大限大切に扱う」ための作業である。たとえば、事故で傷んだ遺体が、告別式のそのときまでそのままであっていいはずがない。できるだけ生前の姿に近づけてあげることが、死者を悼む礼儀ではないのか。私はそう思っている。」(P71)

自殺死体、変死死体などを家族の目に触れさせてあげられるほどに回復させるそれも著者の仕事だ。本書では、なかなか厳しい実例が載せられている。

case1:飛び降り自殺で、頭から脳みそが飛び出てしまった70代の男性。飛び出た目玉を押し込め、頭蓋骨をパズルのように組み合わせ、包帯で押さえつけて、ひと通り、人間の頭の形を整えて、家族が面会できるように、遺体を整える。
case2:首吊り自殺をした遺体の首には、太いロープの後が残る。枕を高くして、顎を引き、できるだけ後が目立たないようにする。それでも見えてしまうところには飾り綿をU字型に巻きつけて、葬儀の儀礼のようにして、できるだけ凄惨な現場を想像させないようにする。首吊りをするなら、家族のことを考えて、太いロープではなく、細いロープにしなさいと著者は提言している。淡々と書いているので、冗談なのか本気なのか、全くわからない。
case3:焼死体の場合は、皮膚が焼け焦げて、いるので、一枚ずつピンセットでつまみ剥がし、その後にファンデーションを塗るという。毒ガス・農薬自殺なら、皮膚は青黒く変色するというのだから怖い。

少しでも遺族の負担を和らげるために、著者は日々奮闘するのだ。この辺。
これでもか、というほど、凄惨な遺体の描写が続き・・・。これ、なかなかキツイ。

先の東日本大震災でも、おもかげ復元師なる人物が話題を集めた。これから必要になるのは、この種のプロなのかもしれない。そういう予感がする。最後のお別れのイメージはとても重要だ。

私も今年、事故で突然死した友人の顔を見る機会があった。事故死だったので、顔面がひどく損傷していて、何とか復元していたのだけれど、全然違う顔だった。そんなことを思い出していた。

エンバーミングの可能性

遺体修復といえばエンバーミングだ。著者は、エンバーミングの技術にも興味を持っている。ちなみに、著者は、自分が経験した依頼者でエンバーミングを選択した方がどのように処置を施されるのかを観察しレポートしている。湯灌は、防腐液などは使わないので、あまり遺体は長く持たない。しかし、エンバーミングすると、何年も腐敗せずに遺体を保管できる。

「エンバーミングでは単なる化粧を超えて、顔の成形が行われることがある。というより、エンバーミングの真価の一つはそこにある。成形によって、故人の顔が生前の状態にかぎりなく近づけられるからである。・・・・防腐処置による遺体の保存期間の延長を別にすれば、その目的は湯灌と同じ所にあるというのが、私の率直な感想だった。遺体を自然な形に戻して遺族に引き合わせ、旅立ちしていっていただく。それがすべてである。」(130)

死は辛く悲しいものだが、少しでもその衝撃を和らげることが出来る。そういう術は、お金にかえがたい価値がある。戒名や、お布施にお金を使うなら、こういうところにお金を使いたい。とはいえ、エンバーミングは20~30万するそうですから、なかなかお気軽に実施とはいけなさそう。

日本では、まだ、あまり普及していないけれど、エンバーミングの第一人者の橋爪氏の本もおすすめ。

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大人のADHDグレーゾーンの片隅でひっそりと生活しています。メンタルを強くするために、睡眠至上主義・糖質制限プロテイン生活で生きています。プチkindle作家です(出品一覧:https://amzn.to/3oOl8tq