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村上春樹「沈黙」 ― 深みを理解して生きるとは?

物事に取り組む姿勢、生きる姿勢について、この作品が教えてくれることは深いです。

そして、そんな姿勢でいる時に降りかかることについても、教えてくれます。


メンタリスト 彩 -sai-(@psychicsorcerer)です。

今回は読書感想の記事です。
先月末に続き2記事目ですね。

最近、小説を色々読み返しているんですが、再読すると初読時より気付かされることが多いです。

そんな中でもハッとさせられた作品がありました。


それが、今回取り上げる村上春樹の短編「沈黙」です。

これは、同著者の短編集『レキシントンの幽霊』に収められているものです。

内容:
中学からボクシングを続けている大沢は物静かで温厚な男だが、過去に一度だけ人を殴ったことがあるという。それはまだボクシングを習いたてで、技術を学ぶ前の出来事だった。これは人に話したくないような経験、忘れたい経験だと前置きして、大沢はその経緯を話し始める。


まずこの話、ボクシングについて語られる感覚がすごくいいんですね。

大沢は、殴り殴られや勝ち負けなんかより、ボクシングにある深みを理解することが大事だと言います。

グラブをつけて、リングに立っていると、ときどき自分が深い穴の底にいるみたいな気がします。ものすごい深い穴なんです。誰も見えないし、誰からも見えないくらい深いんです。その中で僕は暗闇を相手に戦っているんです。孤独です。でも悲しくないんです。
(「沈黙」)

ここで述べられている感覚はボクシングに限らず、人が取り組むことの多くに言えると私は思いました。

村上春樹はフルマラソンを走るようなランナーでもありますが、ランニングから感じた深みをここに記してもいると見るのは深読みでしょうか。

(そして、それが確かなら小説家としての経験からも語っているはずです。)

一見競争と思える物事でも、深みがあり、それに取り組むことは暗闇と戦うような孤独な作業だ

村上春樹は、物事に取り組むことに関してそう言っているのだと感じました。


その後大沢は、青木という男を殴るに至ったことを話すのですが、殴った際に大沢は次のように感じます。

僕は青木を殴ったことを後悔してはいましたが、青木に対して悪いことをしたとは露ほども思いませんでした。こんな奴は殴られて当然なんだと思いました。この男は害虫のような人間なのです。本当はこんなやつは誰かに踏み潰されて当然なんです。でも僕は彼を殴るべきではなかった、これは直感的な真理でした。
(「沈黙」)

この「殴るべきではなかった」というのはどういうことなのでしょう。

その後大沢には不幸が引き起こされますが、その原因になったから?

そういう「今後起きうることを直感したから」という読みは一つあるでしょう。

もしくは……たとえ相手が殴られて当然の奴でも、自分は殴るという行為に加担してはならないから?

その加担は深みを損なう行為だから?

私はこの路線の読みに魅力を感じます。

殴った時点ではまだ、大沢はボクシングを始めたてで、そこにある深みをそこまで理解してはいないでしょう。

ならば、もともとあった大沢の人柄が、その後知ることになる深みを予め直感していて、それゆえ、殴った瞬間にこれが深みを損なう行為だと直感した、といったことではないでしょうか。

少なくとも私には、殴ることと深みが関連すると思わされてならないのです。

そして、この作品全体が、この深みを理解して生きる者に降りかかることを描いていると思います。

(青木の存在が、降りかかることの一つですね。)

またこの感覚については、再読してさらに掘り下げたいものです。


何より、今回この作品を読んで「村上春樹よ、よくぞ言い表してくれた!」と思ったのが、次の箇所だったんです。

(これは短編のほとんど最後の部分であるため、引用するにとどめコメントはしません。知りたくない方は引用を読み飛ばしてくださいね。)

でも僕が本当に怖いと思うのは、青木のような人間の言いぶんを無批判に受け入れて、そのまま信じてしまう連中です。自分では何も生み出さず、何も理解してないくせに、口当たりの良い、受け入れやすい他人の意見に踊らされて集団で行動する連中です。彼らは自分が何か間違ったことをしているんじゃないかなんて、これっぽっちも、ちらっとでも考えたりはしないんです。自分が誰かを無意味に、決定的に傷つけているかもしれないなんていうことに思い当たりもしない連中です。彼らはそういう自分たちの行動がどんな結果をもたらそうと、何の責任も取りやしないんです。本当に怖いのはそういう連中です。
(「沈黙」)


この作品は今後も読み返して、その都度の読書中の感覚を大事にしていきたい、そう思わされるものでした。

文庫本で35ページほどの読みやすい短編ですので、気になった方は是非読んでみてくださいね!


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