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潰瘍性大腸炎の僕が医師から大腸全摘を告げられた日

こんにちは、ソクラテスしょうたです。

今日は僕が潰瘍性大腸炎になって医師から大腸全摘を告げたれた時のお話を書きたいと思います。

2018年3月に潰瘍性大腸炎を発症して、2019年9月15日に5回目の入院をしました。

5回目の入院は1番辛かった

2019年9月15日

休日(日曜日)でした。

朝(5時頃)起きると身体が動きません。

身体を動かすと全身に痛みが走りました。

これはやばいと思い動かずそのままの姿勢で、

少しでも痛みが引くのを待ちました。

1時間ほど経つと少しは痛みは引いたのと、

お手洗いに行きたくなったので、

痛みを堪えながら周りの壁を使いお手洗いへ。

お手洗いに行くといつも以上に下血が多い。

昼になるにつれてまた痛みが増してきました。

熱を測ると39.2度。

これはまずいと彼女と一緒に病院へ行きました。

いつもなら病院へ行くのに1時間かからないぐらいですが、

この日は全身の痛みがすごくて駅までの道のり、

駅での登り降りが苦痛でした。

2時間ぐらいかかった気がします。

そして緊急で診察を受けました。

採血結果でCRP(炎症濃度)が12.7と表示。

(軽い風邪で0.6~0.9ぐらいらしいです。)

この数値を見ると死にかけですよね。

即入院になりました。

絶食期間の始まり

2019年9月17日

大腸内視鏡検査をしました。

医師は「大腸の炎症がだいぶ強く奥まで内視鏡が見れなかったと、、。」言っていました

2019年9月18日

大腸の悪化により腕からカテーテルを通して栄養剤で対応。

カテーテルを通すのは、2018年3月の入院以来でした。

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そして、絶食が開始しました。

絶食は前にも(2018年3月に1ヶ月間)経験はしていましたが、

やはり辛いです。

なぜかわからないですが、大食いYouTuberの動画ばかり見てしまいます。

エレンタールの開始、即中止

2019年10月1日

絶食から2週間経ち医師から「エレンタール開始します」と言われました。

※エレンタールは食事がとれないときに飲む総合栄養剤のことです。

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エレンタールは2018年3月以来。

味はやはり「甘かった」

でも絶食期間2週間と「退院ができるかも」って思うと、

とても美味しく感じたし嬉しかった。

2019年10月4日

この日は2度目の大腸内視鏡検査。

前日に医師から「明日の内視鏡の結果が良ければ流動食から始めていこう」と言われめちゃくちゃ嬉しかったです。

入院中2度目の大腸内視鏡検査

結果は3週間絶食したにもかかわらず大腸の炎症は全くおさまっていなかったと医師から言われました。

この絶食期間はタクロリムス、エンタイビオ、プレドニンを使って炎症を抑えてきたにもかかわらず、炎症が変わらず。

あとから聞いたのですが、タクロリムス、エンタイビオ、プレドニンは副作用がとても強いので、あまり一緒に内服しないらしいです、、

潰瘍性大腸炎の怖さ、大腸全摘の告知

2019年10月5日

エレンタールは即中止。

お昼、担当医師「〇〇部屋にきて」と声がかかりました。

そこは個室でした。

医師と2人になり言われた言葉が、「今の状態だと今後の私生活に影響してくる。

薬もこれだけ副作用が強いものを使用していて効果がないのであれば大腸全摘しか方法がありません。

その言葉を聞いて医師がなにを言っているのか理解できませんでしあ。

大腸全摘?人工肛門?僕には関係ない世界だとずっと思っていました。

僕は医師に「少し考えさせてください。明日にはどうするか答えます」と伝え病棟に戻りました。

大腸全摘は絶対に嫌でした。

まだ治療で使用できる薬はあるはずと思い色々調べました。

何時間も調べました。

まだ治療方法はあったのですが、

どれも今まで使用していた薬よりも効果が薄いことがわかりました。

彼女の言葉に救われて繋がった未来

3週間の絶食で頭も回らず「どうしよう」と落ち込んでいたら、

彼女から「セカンドオピニオンを受けよ。それがダメなら広島漢方試そ。

まだやる事はあるから諦めるのはよくないよ。それにSNSでも繋がりがあるんだからみんなに聞いてみな!やれることはまだあるよ!」って言われました。

僕は彼女の言葉を聞いて気づかされました。

今の病院で治療ができなくても他の病院だったら!!と希望が出てきました。

なんだか気持ちもすごく楽になりました。

Twitter、Instagramでセカンドオピニオンを受けにどこの病院に行けばいいのか投稿しました。

そしたら嬉しいことにTwitterではコメント、DM含め42人、

Instagramではコメント、DM45人

(DMは日にちが経つと消えてしまったのがあるのでもう少し多かった気がします。)

みんさんからのDMを見た時、涙がでてきました。

こんなにも僕のことを心配してくれる人がいて、

僕のために時間を使ってくれていて....。

入院中には感じることができなかった幸せを感じることができました。

「このインターネット時代に生まれてきて良かった」と心の底から思いました。

セカンドオピニオンはDMで1番名前が多かった病院へいきました。

人生初めてのセカンドオピニオン

2019年10月21日

セカンドオピニオンを受けに行きました。

(セカンドオピニオンの予約から受けに行くまで約2週間ほどかかりました。

書類を集めたり向こうの病院の担当医が決まるまでなど)

セカンドオピニオンでお会いした医師の方は

とても優しく今の状態のことや今後のことをお話ししてくれました。

入院中の大腸内視鏡検査の写真を見せても

全然驚いていませんでした。

医師からは「この炎症なら、まだ治療方法は残っているので、

手術はせずに内的治療でいけますよ。

まずはご飯を食べましょう」と言っていただきました。

2019年9月15日入院して、10月21日まで絶食で食べれなかったのに、

いきなりご飯が食べれる。ほんとにびっくりしました。

正直その時は食べれるようになるとは信じていませんでした(笑)

医師によると「食べて腸を動かしてあげることも重要。それとプレドニンもやめましょう。

プレドニンは炎症が大きい時にはとても効果があります。

ですが、症状がそこまでひどくない時に使用すると、

大腸の回復を遅延させてしまいます。

後はタクロリムスとエンタイビオの効果がなくなってきてるのであれば、

レミケード、ヒュミラ、シンポニーを試しましょう。

それでも効果がないのであれば治験も試してもいいと思いますよ。」

医師からは解決策が次から次へと出てきてぼくは転院を決意しました。

転院で変わった僕の人生

2019年10月25日

僕は転院しました。

転院した当日にいきなり大腸内視鏡検査をしました。

10月4日におこなった時よりかは大腸の症状もよくなっていると言われました。

そして転院当日、大腸内視鏡検査が終わりその夜から三分粥がスタート。

本当に医師が言っていた通りだ。と驚きと嬉しさで感動しました。(だって1ヶ月半以上ぶりのご飯だったので。)

本当に美味しくて、病棟で涙を流しながら食べました。

心の中では「美味しい、美味しい」と一人で言いながら食べていました。

食事と薬を変えてからお手洗い回数や腹痛も減りました。(転院前は10回以上、転院後は4回〜6回)

下血はでてたのですが、そこまで多くはありませんでした。

そして、常食になると潰瘍性大腸炎発症後から食べていなかったエビフライやカレーピラフ、

なども出てきてほんとにほんとに食べれる幸せを実感しました。

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絶食期間を得て食べれるようになった時の写真です。

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52日間の入院生活に終止符

2019年11月5日

そして11月5日退院することが決まりました。

彼女の支え、SNSで情報を送ってくれた方々にほんとに助けていただきました。

ほんとうほんとうに、ありがとうございました。

あとがき
今、この記事を書こうと思ったのは、

【同じ難病の方に勇気を与えたい】からです。

今、僕は治験をしています。

体調もすごくいいです。

夜中、腹痛で起きることもなくなりました。

しっかり週5で働いています。

アルコールもたまに飲みます。

油物や刺激物もたまに食べます。

外食ができるようになりました。

医師に大腸全摘を告げられても、こうやって大腸を全摘せずに毎日を生きています。

1人でも多く、僕の記事を読んで「難病でも生きていけるんだ」って思っていただけたらとても嬉しいです。

読んでいただきありがとうございました

本日はソクラテスしょうたの記事を読んでいただきありがとうございました。

今後ともどうぞ宜しくお願いします。

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