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病理解剖結果報告の旅(2)

脳腫瘍で亡くなった夫は、没後に身体を未来に役立ててもらうために、身体の寄附をした。というとキレイに聞こえるかもしれないが、それだけが理由ではなく、やはり脳腫瘍がどんなものだったのか、遺伝性があるのか、等々、色々知りたかったこともあった。

その経緯はこちら。

今回は、その病理解剖の結果を見せに、最後に主治医となってくれた病院の先生のところに伺った日の話。

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先生はお忙しいと思ったので、アポイントも取らず、受付に病理解剖の資料のコピーとお手紙を添えて渡してもらう予定だった。
なんてったって、生きてる人が優先。生きてる人の診療の邪魔はしたくない。
でも、万が一、ちょっと隙間があって先生にご挨拶が出来たら嬉しいな。

そんな気分だった。

半年以上ぶりに訪れた病院は改修工事が行われていて、駐車場の場所が変わっていた。
週に何度も通っていたところが久々に行くと変わっていたことに、時間の経過を感じた。

一方で、久しぶりに行った脳外科の外来は全くそのままだった。
受付にもいつもお世話になっていた方がいて、忘れているだろうなと思いつつ声をかけると、「もちろん覚えてます!!あの時はお手紙をありがとうございました。髪の毛切られたのですね。お元気でしたか?」と変わらない笑顔で、とても嬉しそうにしてくれた。

めちゃ感動した。

この病院での治療が最後の治療だと思いながら転院してきた時、一番感動したのが、こうやって看護師さんも受付さんも、患者や家族のことを覚えていてくれることだった。
その感動を思い出した。

そして、「資料をお預けするだけでも構いません」という私に、「いえいえ、先生も大丈夫と思うので、座って待っていてください」と言われ、待合室に座った途端に涙が出た。

受付さんの対応、彼のことを覚えていてくださっていること。
この椅子、雰囲気。呼び出しの声。
看護師さんが忙しく待合室の患者さんに話しかけに来てくれる様子。
私たちもそうだったよな。待合室でのあれこれを思い出した。
変わらないこの景色。彼の断片がここに散らかってるなぁー。

そんなことを思い出しながら、泣けてきた。
最初に病院に来た日のこと。
その後、最後は車椅子になっていたこと。

そして、先生にもお時間を頂けた。
久しぶりなのだけれど、先週会ったばかりのような、彼のことを良く知る仲間のような、そんな空気感でいきなり先生が本題に突入した。
あー、そうそう、これがこの先生らしいところ(笑)

そして、病理解剖の結果を見ながら、先生の解釈や、彼の話を沢山した。
解剖をしない限り、腫瘍がどうだったのかの実際の様子は分からない。
先生も興味深く解剖結果を見てくださっていたことが嬉しかった。
先生からも「いやー、最後にこうやってどうだったのかを知れるのは重要ですよね」と言ってもらい、彼が褒められた気がした。

帰り際には受付さんに「また病院に来られることがあったら、顔出してくださいね!」と心底の言葉と分かる笑顔で言って頂き、とても嬉しかった。
「病院に来る機会は本来少ない方が良いと思うんだけど・・・」と内心思いつつ。

何だか、彼の断片が散らかっていた。
そして、彼は亡くなってしまったけれど、彼にまつわる時間はまだ進むんだな。
亡くなっても人は生き続ける、というのはこのことかな。
なんて思った。




最後に、頑張って転院して正解だったね。
病院通いは、振り返れば外出のきっかけもくれて、楽しかったね。
往復の車の中で、発声練習もしたよね。
スーパーでちょっと良いもの買ったりもしたよね。
懐かしいね。覚えてる?

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