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ちぐはぐエルメス

駅のホームで見かけた人は、スーツケースの上にエルメスのバッグを乗せていた。
大切に仕舞っておいた勝負バッグという感じはない。
バッグの口をきっちり閉めることもなく、どこか無造作に置かれたそれは、少しくたびれた感じもあり、よく使い込まれているのが一目でわかった。

きっちりスーツやおしゃれ服に合わせたコーディネートなら街中で見かけることはあっても、かなりカジュアル格好で持ち歩いているのはちょっと珍しい。
中年の私よりも年齢はずっと上に見えるが、マスクで隠れていない目元や、頬の上部の肌はとてもきれいに整っている。
髪を結い上げ、ぱちっと愛らしい目元が印象的だ。
連れ添っているのはこの人の母親だろうか。
同じような背格好で、こちらも身軽な格好ながら、それでもどこか上品さが出ている。

電車移動は慣れていないのか、ホームから下りる階段を前にしてどこに行けばいいのかと迷い、きょろきょろと辺りを見回す。
大きな駅の休日は人が格段に多く、また平日のような秩序ある流れがない。
洗練されたバッグに似合わぬ動きは、周りに邪魔にされ、人にぶつかられ、ホーム上を流されて行く。
明らかに場違い。

人前に出る仕事をしているひとなのだろう。
ふたりが観光目的でないのは明らかだった。
隠していても華やかさが溢れ、例え彼女たちが芸能人だったとしても納得できる雰囲気を持っている。
車で移動すれば簡単なのに、自分の足で電車移動する様は親近感を覚える。
彼女たちの正体がなんなのかわからなくとも、不思議と応援したい気持ちになった。

自分があれくらいの年齢になったとき、自分の足でそこここへと出掛けられるような人生を歩んでいたい。
世間知らずな愛らしさと、どこかへ向かう責任感と、見た目と持ち物とのアンマッチさと、色んなちぐはぐをエルメスに詰めて、彼女たちはどこへ辿り着いたのだろうか。

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