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旅とインターネット

「ミンガラーバー」
ミャンマー語で「こんにちは」の意。

「チェーズーティンバーデー」
ミャンマー語で「ありがとう」の意。

インターネットで検索すれば、言葉は一発で出てくる。この世のことは、なんでも知ることができる気分になる。

旅行が好きで、仕事の長期休みを利用して年に1度は海外へ出かけていた。気の合う友人と2人でミャンマーに旅行に行ったのは、2年前のことだ。

いつも、出かける前には必ず現地の言葉を調べる。

とにかくまずは「こんにちは」と「ありがとう」だ。とりあえず連呼することで、身体にこの言葉を馴染ませていく。いかんせん、記憶力が悪いので身体で覚えないとすぐに忘れてしまう。

大体の旅はいつも現地に着いてからプランを考える。その旅もまた、ノープランだった。事前に調べるのは、挨拶と、1日目に宿泊する宿くらい。何があるのかよくわからない、その「わからない」が楽しい。

現地では、土地の人や旅行者の口コミを頼りにネット検索を駆使し、旅の予定を決める。「わからない」が楽しいと言いつつ、結局ネットに頼っているところがいかにもである。かっこつけてノープランと言ってみたものの、単に無計画なだけなのかもしれない。

その旅でも、初日に泊まったホステルで現地の人や同じ旅行者に口コミを聞き、行きたいところに目星をつけてネットで情報収集し、都市から少し離れた目的地まで、ローカルの長距離バスで移動した。

バスの車内は、そこそこ混んでいた。現地の方も多く、旅行者と半々くらいか。

ふと視線を感じて横を見ると、通路を挟んで隣に現地の女性が座っていた。歳は、50〜60歳くらい。こちらを見てニコニコと微笑んでいる。

「ミンガラーバー」

私も友人も、このときのために練習してきたと言わんばかりに、渾身の挨拶をした。
女性はにこっとしたまま答えてくれる。

「●△※◇☆」


え?
全然、なんて言っているかわからなかった。
でもニコニコしている、きっと敵意はなさそう。なんて言ってるか、知りたい。ローカルなボロボロのバスの車中なので、wifiは繋がらない。

私たちは、旅行者のバイブル「地球の歩き方」巻末にある「旅の会話」のページを開いた。とりあえず指を指す。しかし、字が小さすぎて見えないのか、目を細めて「?」の表情をしている。

どうしよう。友人と目を見合わせ、持っていたチラシの余白に、ミャンマー語を大きめに書き写した。ふにゃふにゃの丸みを帯びた文字は規則性があるのかどうかも分からず、書き順もよく分からない。なるべく印刷されている文字と同じ形になるように、書き表す。

「お会いできてうれしいです」

女性に見せると、しげしげと読んでうなづきニコニコしていた。通じたように思い、嬉しくて相手にペンを渡そうとしたが、首を横にふられた。文字がわからない女性だったのかもしれない。(あとから調べたら、ミャンマーの識字率は86.9%と比較的高いが、地域により差があるとのことだった)

そのあとも、ニコニコしながらいろいろと話してくれたが、相手が何を話していたかはさっぱりわからなかった。

しばらく経ってから、おもむろに、荷物の中から袋を取り出してきた。
中には、黄色っぽいフルーツのようなものが入っていた。どうぞ、という仕草をしている。

……?

なんだこれは。今まで見たことがない形をしている。

なによりアジアの旅では特に、口に入れるものに注意している。過去他の国で、加熱しきれていなかった卵を食べて痛い目にあったので、なおのこと警戒心を高くしている。

一瞬、迷った。とはいえ好意を無下にするのもなんだか失礼な気がして、たまたま訪れたこの機会に、身を委ねることにした。

お、甘酸っぱくて、おいしい。


私はガイドブックの「おいしい」の箇所を探したが、載っていなかった。「おいしい」と日本語で何度か伝えた。伝わるようにOKサインのジェスチャーを付けた。女性は目を細めて笑った。


インターネットは便利だ。言葉をひとつ調べたら、なんでも情報が出てくる。Google Earthを使えば、世界中のさまざまな場所をみることができる。わざわざ旅行に行かなくても、見ているだけで行った気分にもなれる。

でも、私たちには検索するための、言葉が必要である。

世界は広くて、思った以上に知らない言葉で溢れている。

考えてみれば、私の好む旅はネットサーフィンに似ている気がする。目的はなく、そこには好奇心があるのみ。初めて見るものばかりの土地で、次から次へと気の向くままに。敢えて波に流れ流され、そのとき出会ったものとの出会いを楽しみ、時に新たな語彙を得る。インターネットにも載っていない「わからないこと」が、そこには広がっていたりする。

いつかまた、旅に出られる日がきたら。

私は、わからないことに出会うために、また目的なく出かけるだろう。


ちなみに、お腹は壊さなかった。「おいしい」は「サーローカウンデー」だった。


フルーツの名前は、調べてもわからなかった。

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