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【ゴミ屋敷とトイプードルと私#ラブと癒しとホントの私】~虚飾の人生を生き続ける女達~

#マンガ感想文 #池田ユキオ #ゴミ屋敷とトイプードルと私シリーズ完結編 #スピリチュアル #ヒーリングサロン #霊感商法 #エコ #断捨離 #DIY #オーガニック #全3話

「ゴミ屋敷とトイプードルと私」第3シリーズにして、三部作完結編。ただ、第1作と第2シリーズ全7話を読んでいないと背景がわかりにくいため、遠まわりながら前作、前々作を読んでおく必要がある。

第2シリーズの主人公、西村沙耶は同僚の婚約者、徳井との結婚もなくなり、勤務先の大手広告代理店もクビになり、六本木にある木造の古いアパートに住みながら港区内のスーパーのレジ係でパートとして働くことでかろうじて「港区女子」の肩書きを維持しているが、もはや彼女は完全に落ちぶれていた。

そんな折り、前々作の主人公にして元勤務先の先輩であった山上明日香から連絡を受け、沙耶は明日香と久しぶりの再会を果たす。

「落ちぶれていると思ってたーー?」

再会した明日香は、沙耶が想像していたのとはまったく別の姿になっていた。自分と同じく会社をクビになり、親の介護で引き込もっていると風の噂に聞いていた沙耶は、彼女が大劣化しているとばかり思っていたのだが、                

(だから(会いに)来たのに。あたしより下が見たかったから)

そんな卑屈極まりない心中で、沙耶は別の意味で大変貌を遂げていた明日香の姿に戸惑うしかない。

ナチュラルメイク、無地の白シャツ、ノーアクセで左手首にパワーストーンのブレスレットのみ、アースカラー(ベージュ、ブラウン、カーキ等の自然色)のロングスカート、ぺたんこパンプスという、

(少しも変わってな……いや……なんか違う……地味……というか、シンプルになってる……/ブランド大好きハデ女の明日香がなんで……!?ノーヒールノーアクセありえない!!)

心の中で叫ぶ沙耶に、明日香は語りかける。

「こう見えて色々あって大変だったのよ」

と、明日香は語り出す。去年介護の父を看取り、続けて愛犬のトイプードル、ソラを亡くした結果不眠と拒食に陥り、10キロも激痩せし、心身を病んだ果てに、そこで出会ったのが、

「ハイアーセルフヒーリングサロン、アンジェリングルに」

と。実は今ふたりがいる場所こそが、そのアンジェリングルのサロン内である。沙耶は明日香の内面までの変貌ぶりにさらにとまどい、仕事があるので失礼します……と席を立つが、そのとき、沙耶の肩に手をかける者があった。

「はじめまして。サヤさんですね、明日香リーダーから聞いてます」

さわやかなイケメンを絵に描いたような、若い男だった。男は自己紹介する。

「僕は、リングル東京支部サロンコーチ、Ryoyaです。よかったら聞かせてください、あなたの迷いや悩みを。話すだけで大分楽になりますよ」

「……話だけなら……」

と、男ーーRyoyaの笑顔に沙耶はあっさり落ちる。

サロンと言っても普通のマンションの一室で、そこでは定期的に無料セミナーが開かれており、訪れる人は後を絶たない。今回明日香が担当するのは、ペットロスの人々。明日香は亡くなったペットの魂を引き寄せるかのようなヒーラーとしての能力を集まった人々に見せるが、コマの細部をよく見れば、そこにはれっきとした仕掛けがある。

そこへ、アンジェリングル東京支部長にして明日香の師である純深叶(すみか)なる美女が現れ、スピリチュアルヒーラー養成講座の申し込み書を配布する。スタンダードコース25万円、プレミアムコース60万円という法外な値段に、思わず、

「た……高ッ!!!」

と、声を上げてしまった参加者の一人が、周囲の参加者から白い眼を向けられる。赤面して謝罪し、また別の無料セミナーに参加させてもらってもいいですか……?と申し出るその女性に、明日香は笑顔で快諾する。

ーー数日後、その女性は、今度は過食症、拒食症の無料セミナーに参加する。もちろん今回の主催者も明日香で、壮絶な介護を経験した後、猛烈な喪失感から過食に至り、そこからさらに嘔吐を繰り返す拒食に至った摂食障害だった過去を、涙ぐむ参加者達に語っていた。

「なんでも共感かよ……」

セミナー終了後の帰り道、完全に明日香に疑いを持ったあの女性がタバコに火を点け、咥えタバコで明日香のブログを閲覧している。ショートカットでボーイッシュな服装のその女性の名は佐藤玲子。実は彼女は参加者を装って、潜入取材をしているライターだった。

明日香のブログは玄米に無農薬野菜の菜食、草木染め、断捨離、DIY、フェアトレードコーヒーを豆から挽いて飲むという、いわゆる「丁寧な生活」の日々が綴られていた。

「つめこむねえ……これだけワードいれといたらなんかしらひっかかるだろうな。それに加えて……」

次に玲子が見た明日香のブログ内人気トピックスは、

【SNS依存症だった私】         【介護でウツに……地獄の日々】     【ペットロス】            【過食】               【婚約破棄 自殺未遂】

といったサムネが表示されている。このシリーズを通して読んできた読者ならわかるが、最後の婚約破棄と自殺未遂は明らかに嘘だ。

「不幸自慢?あらゆる悩みのオンパレード……誰の悩みにも共感できるってか……」

そして、こっそり明日香の後を尾行していた玲子は明日香の後ろ姿を盗撮する。

明日香は帰宅途中、行きつけの有機野菜専門店でオーガニックのトマトとバジルを購入する。バッグはもちろんエコバッグ。そして帰宅後、購入したトマトとバジルを撮影し、

[オーガニックなトマトとバジル。ピザを生地から作ってマルゲリータにしようかな♪]

と、いつも通りの「丁寧な生活」をブログにアップする。だがその直後、明日香は思いも寄らない行動に出る。買ったばかりのトマトをすべて素手で握り潰し、「断捨離、断捨離」と言いながら、それをすべて台所のゴミ箱に投げ捨てたのだ。

トマトの果汁で、返り血を浴びたようになった明日香のスマホが鳴る。画面には「姉」とあり、明日香はだいぶ遅れて電話に出る。姉の第一声は、

「何度電話したと思ってるのよ!!このバカッ。あんた、お父さんの一周忌出ないつもり!?」

姉の口から語られる、明日香の真実。明日香は確かに父の介護をしていたものの、父の老衰が進むに連れ、父に対して虐待同然の扱いをするようになり、苛立ちからスナック菓子のやけ食いに走り激太りしたこと、父の死で保険金で遺産が出た途端、行方をくらませたこと。その背後で、犬の鳴き声が聞こえる。

ブログやセミナー参加者達の間では、ペットロスの原因となった、死んだはずのソラは生きていた。事実なのは過食だったことだけで、父の介護は途中から完全にヘルパー任せにして放棄し、ソラの死も嘘だった。電話口で怒鳴り続ける姉に対し終始無言のまま、明日香は電話を切った。

そして、DIYの棚と一輪の花を飾った簡素なテーブルしかない部屋にある引き戸を開ける明日香。そこは段ボール箱とともに積み上げられた、大量の派手な衣服が積み上げられた、ウォークインクローゼットだった。

無地の白シャツとアースカラーのロングスカートを脱ぎ捨てた明日香の下着は、黒。行儀悪く爪先で引っ張り上げた肩が剥き出しの、背中の部分がコルセット状の花柄の派手なワンピースに身を包み、派手な化粧をほどこした明日香は、ヴィトンのバッグを手に、白のファーコートを片腕に、ピンヒールを履いて自宅を飛び出した。

ーー明日香の行き先は、定期的に行われるアンジェリングル会員限定の貸し切りパーティ会場。「カルマの解放」を目的とし、客は「欲望に忠実な会員限定」で呼ばれる。今回は【アンジェウォーター】なる、南フランスのパワースポットで汲んできた水に純深叶が1本1本ヒーリングパワーを封じ込めた、1本1万円もする特別な水が販売され、1本1万円のアンジェウォーターはその場で1ダース10万円に値上がりし、10人もの購入者が出た。合わせて100万円もの売り上げだ。30代前半にしか見えない純深叶の実年齢は50歳過ぎであり、その若い容姿と美貌はこのアンジェウォーターの効果だという。

さらに純深叶はパーティ会場に複数のホストを呼び、「お金がお金を連れてくるのよ。お金にお友達をたくさん作りなさい、と言って手放すの!」両手に帯び付きの札束を手にした純深叶は、それを会場にばらまき、ホスト達はその大金を奪い合う。一瞬引く会員達だが、女王の玉座のごとき椅子に座り、ホスト達に取り囲まれた純深叶は堂々たる姿で、

「お金はハッピーで満たされることに、惜しむことなく使いなさい。お金ちゃんは楽しいことが大好き。あなたが満たされれば、何百倍のお友だちを連れて帰ってきてくれるわ。お金を使いなさい!」

純深叶の言葉を聞いた会員達は、熱に浮かされたようにボーー……となる。一種の集団催眠だ。

そしてパーティ会場の片隅で、Ryoyaは明日香が幹部になるための純深叶からの命題を記したメッセージカードを渡される。命題は、

【アンジェウォーター1000本を売ること】

しかも1000本のアンジェウォーターは買い取りで、明日香は300万円もの借金を抱えることになるが、定価で売りさばき切れば700万円が明日香の利益になる。

そこで明日香はかつて寝取った姉の夫にこっそり連絡を取り、お義兄ちゃん☆と甘い声色を使って彼を最初のターゲットに選んだ。

次に標的にしたのは、デブスのお手本のような樹里。彼女は美容整形のために貯金していた大金を、すべてアンジェウォーター購入のために支払った。しかしそれでも、明日香の自宅マンションはアンジェウォーターの入った段ボール箱であふれ返っている。明日香はアンジェウォーターの効能をないことないことブログにアップし、宣伝しまくるが、ほとんどのコメントは、

《な訳ないだろ》            《ウソつき》              《詐欺師集団》            《買うやつバカ》

というものばかりだったが、それでも明日香は、

(あたしはのぼりつめてみせる。スーパーヒーラーでも、スピリチュアルカウンセラーでも、エコでもロハスでも断捨離でも。とにかく有名になって人の上に立って、あたしを堕とした奴らも見返して、今度こそ成功する)    (病気の父親も放り投げた。それでも生きたいように生きたいの)

と、確固たる決意を崩さない。

しかし、思いがけないとこれから明日香は足元を掬われる。ある日、重度のアレルギー持ちの幼い娘を連れた、ワンオペ育児で心身ともに追い込まれた母親の弱みにつけ込み、100本ものアンジェウォーターを売りつけたものの、薬を飲ませなかったことでショック症状を起こし、全身に激しい痙攣を起こした娘を連れた母親が、アンジェリングルサロンに怒鳴り込んで来たのだ。

「治らないじゃないの!娘が死ぬわっ、娘が!!あんな水飲んだせいよッ人殺しいい!!」

と、明日香を指差し罵る。玲子は、影からその様子をスマホで録画していた。

しかしその危機的状況に、明日香はアンジェウォーターをただの水、と思わず反論してしまう。そこへ現れた純深叶はこれは好転反応だと母親を丸め込み、会員達とともに手かざしをすると、娘は気を失う。その状況の中でも、玲子は録画を続け、

「……な訳ねーだろ」

と、つふやいたその瞬間、救急隊員達がその場に駆けつける。純深叶は「病院はダメよ!パワーで治るの!薬はダメ!!信じないの!?」と叫ぶが、救急隊員達はあくまで冷静に「緊急の措置が必要です。運びますよ!」と対応する。

「お母さん!」

隊員の呼びかけに我に返り、正気を取り戻した母は自分の愚行に気づき、娘に付き添って救急隊員ととともに救急車に向かって走り出す。

騒ぎを聞きつけたマンションの住人達は、怪しいと思ってたのよ、やあねえ怖いわあ、と影口を叩き、サロン内にいた会員達も1本1万円もするアンジェウォーターの効能に不信感を抱き、去ってしまう。大失態を犯した明日香は、純深叶の怒りを買い、在庫のアンジェウォーター5000本のノルマを課される。       絶望する明日香の元に、Ryoyaが現れた。

「きっとこれから望み通りになると思うよ♪」

と、明日香に謎の一言を残し、彼はそのままアンジェリングルから姿を消す。       それからほどなくして、週刊誌にアンジェリングルを【闇のスピリチュアルビジネス】と大々的な見出しが付き、例の母親の証言とともに、純深叶への取材によって、すべての責任と罪は明日香に被せられていた。

しかしアンジェリングルにしがみつくしかない明日香に対し、純深叶は、

「これもあなたに与えられた命題よ。乗りこえたとき、あなたはヒーラーとして本物になれる」

ーー結果、明日香には水5000本販売のノルマ追加。抱えた借金は1千万円以上となった。

天井近くまで積み重なった段ボール箱に囲まれ、呆然とするしかない明日香。義兄に売りつけたアンジェウォーターはクーリングオフするという姉からの電話が入り、

「このままじゃあんた本当に幸せになれないよ。本当に馬鹿な子」

と忠告された瞬間、玄関のチャイムが鳴り、着払いで30箱ものアンジェウォーターが返品されて来た。その箱には、

【だまされたサギ女!】         【うそつき】             【死ね!】

と殴り書きされていた。ブログを見ると、そこには120895件のコメントすべてが、

【最低 身も心もくさってる】      【子供の命を危険にさらすなんて許せない!罰則希望】               【金の亡者】              【ウソっぽいと思ってた】        【エコとかスピリチュアルとか知識浅いなーと思ってたんだよねーやっぱりwwニセモノ】【もうまともな生活おくれなくね?全部さらされてるし】               【社会のゴミ女】

(どん底から復活、もう少しだったのに……もう少しでみんな引っくり返せた……見返してやるとこだったのに)

「ふざけんじゃないわよおお」

ぶちキレた明日香のスマホに、一通のメールが届いた。それは知らないアドレスからだったが、明日香はその内容に驚愕する。

ーー週刊誌報道後のアンジェリングルサロン内。純深叶は会員達に頭を深々と下げ、謝罪しているが、純深叶を崇める会員達の心は変わらない。そこへ、明日香が現れた。

「私ひとりに罪を被せて元通りって訳……冗談じゃないわよ」

そこで明日香は純深叶の正体を、言い逃れの出来ない数々の証拠の写真をバラまき、送信元不明のメールからリークされた真実を会員達に暴露する。そこで本性を露にしてしまった純深叶は、会員達から大ブーイングを受け、アンジェリングルサロンは大混乱に陥った。

ーーアンジェリングルのインチキを記事にした週刊誌のネットニュースは、大きな反響を見せていた。子どもが被害に合った際の一部始終を収めた動画の力は強く、記事の情報だけでは逃げ切っていた純深叶は逃亡の末、逮捕されたことが玲子の口から語られる。

そして玲子はアンジェリングル繋がりで得た新たな続報をつかみ、取材に出かけた。玲子の元には件の母親から礼のメールが届き、娘はその後無事回復し、今は元気に保育園に通っているという。

しかし、玲子にはひとつの疑問が残っていた。あの時救急車を呼んだのは誰なのか?    それは、その時点で純深叶に疑いを持ち始めた明日香であったことなど、玲子は知る由もない。

【ヒーリングサロンルミリサヤ/新サロン開店パーティ】

ーー白百合の花で飾られた、どこかの会場の入り口に飾られたウェルカムボード。

これから始められようとしている盛大な御披露目パーティを前に、アンジェリングルから姿を消したRyoyaはその豪奢な控え室にいた。

純深叶逮捕のネットニュースを見ながら、Ryoyaは「あっすー、僕の送ったメールうまく使ったみたいだねーー。よしよし。いい子いい子♥️」とつぶやく。

本物の黒幕は、Ryoyaだった。純深叶は自分の正体を彼にすべて知られて証拠を掴まれていたことなど、一切気づかないままだろう。

「さて……僕はもうちょっと稼がせてもらいますか。彼女で」

《それではご紹介いたしましょう。ヒーリングサロン、ルミリサヤ代表、スーパースピリチュアルカウンセラー。SAYA!!》

ステージ上のゴージャスな椅子に座る沙耶は、スポットライトを浴び、満面の笑顔で観客達に向かって、手を上げる。

「サヤちゃんキレイだよ」        「リョウヤ♥️」            「どう気分は?」            「んもう、サイッコーー」

沙耶は背中をゾクゾクさせ、観客は沸き立っている。しかし、その観客の中には玲子がいる。

いずれ沙耶も玲子によって化けの皮を剥がされるときが来るのは間違いないが、その時Ryoyaはまた一足早く逃げ仰せるのだろうか。それとも、その時はRyoyaも年貢の納め時となるのだろうか?

その頃、マンションの家賃を滞納していた明日香の部屋に大家が取り立てに来ていた。それと同時に、警察が明日香の元を訪れた。

大家から渡された鍵でふたりの刑事が明日香の部屋に踏み込むと同時に、明日香は2階のベランダから飛び降りた。刑事ふたりは明日香の後を追うが、残された大家の前にひとりの女性が現れる。

その女性は、明日香がアンジェウォーターを売りつけたデブスの樹里だった。かつてのデブスの面影はどこにもなく、すっかり痩せた彼女は美しく変貌し、結婚の報告に来たのだという。

恐らく樹里はただの水でしかないアンジェウォーターを大量に飲むことによって老廃物を排出し、代謝をよくする水のダイエットに成功したのだ。プラシーボ効果もあったのだろう。

2階から飛び降りた明日香は、裸足のまま全速力でひた走る。

(おねえちゃん見て、みんな見てよ)

(これがあたしの幸せな人生)

ラストは、不敵な笑みを浮かべた明日香の顔一面の大ゴマで終わる。

正直、この第3シリーズはあらかじめ全3話で終わる予定だったのか、それとも作者の方が途中でネタ切れになって投げ出す形で終わらせてしまったのかと思ってしまうような幕切れだ。

その後「ゴミ屋敷とトイプードルと私」シリーズは主人公と設定を新たにして2作の長編が発表されたが、私はその新シリーズにあまり興味が持てず、読んでいない。

しかし第1作目と第2シリーズの港区会デビュー編全7話は文句なく面白いので、未読の方は男女問わず是非とも読んで欲しい!

©️小学館/電子書籍のみ/全③話


























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